2ー37  豊穣の森の終焉

まおダラ the 2nd

第37話 豊穣の森の終焉



この森が、私たちの家がある大草原が一番美しいのは、夕暮れ時だと思う。

ほどよく育った草木が、色とりどりの花が、遠くに見える森に山々までも、例外なく全てが赤く染まる。


ひとたび風が吹くと、草木が喜んだようにサアァッと靡く。

この瞬間が昔から大好きだった。

世間様の喧騒さなんか届かない静寂な世界。

だけど、不思議と寂しさの入り込まない空間。

ケビンも気に入ってくれたら嬉しいな。



「魔王とその側近の住処……なんて口にするとおっかないッスけど、メタクソほんわかしてますよね」

「そうかもね? 私は慣れちゃったから分からないけど」



遠くで台車を牽いている農夫さんがいた。

荷台にはお化けサイズのスイカが満載されていて、車輪の音もかなりの重量感がある。

農夫さんは私に気づくとにこやかな顔で帽子をとり、こちらに挨拶してくれた。

私も手を振ってそれに応える。



「なんか、目の錯覚ッスかね? あの野菜がとんでもなくデカイように見える……」

「たぶん見間違いじゃないわ。ここで採れる作物はそりゃあもう大きいの」

「私の視力は正常ッスと。こりゃあ魔王様の力も底が知れないッスねぇ」



変わらないモノを見ると、不思議と嬉しくなってくる。

帰ってきた実感が湧くからかもしれない。

草原の道も、森の修練場も、不思議な畑もあの時のまま。

そして、私が住んでいた森の家も。



「ここが魔王様の住む小屋……お屋敷なんスね?」

「言い直さなくて良いよ。じゃあ入ろうか」

「ところで、帰るって連絡は入れてるんスか?」

「してないよ。なんで?」

「えっ。それはマズいんじゃ……」



自分の家に帰るのに連絡なんか要るのかな?

まぁいいや。


ーーガチャリ。


いつものようにドアを開けた。

すると、タイミング良くみんなが揃っているのが見える。



「ただいまー!」

「うん? シルヴィじゃないです?」

「あらあら、おかえりなさ……?」



みんなの視線が私に集まる。

いや……正確に言うと、ケビンに釘付けになっていた。



「ねぇ、その男の子はどなた?」

「この子は、ええと……」

「ママァ。おなかすいたー」

「まままママッ?!」



リタ姉さんが洗い物の皿を盛大に割る。

アシュリー姉さんが紅茶の注がれたカップをひっくり返す。

エレナ姉さんは手入れをしていたナイフを落とし、それがテーブルにピィンと突き立つ。

お父さんは椅子から転げ落ち、赤く染まった泡を吐きつつ痙攣し始める。


テレジアの言う通り、前もって連絡入れとけば良かった。

そうすれば驚かせる事も無かったのに。

そんな考えが浮かんでいたときだ。


ーーゴゴゴゴゴッ。


家が大きく揺れた。

地震じゃなくて、恐らく意図的に起こされたもの。

なぜなら、とんでもない量の魔力がここに集まっているから。

それを仕出かしたのは誰かと言うと……。



「どコの、ドいつだ。しるヴぃあに、てェつけヤがった、ゴみやろウは……!」

「お父さん?」

「ウガァァアアーーッ!!」



獣のような叫び声。

私の肌に衝撃が走る。

まるで雷にでも打たれたかのような痺れが襲う。



「アルフ、落ち着くんだ! このままじゃ家が壊れてしまうぞ!」

「なに暢気な事言ってんですか! この魔力が解放されたら辺り一面灰になっちゃいますよ!」

「そんな、どうしよう……。そうだ!」



一縷の望みというほどのか細い期待。

私はケビンに耳打ちをしてから、お父さんの前に突きだした。

地鳴りが少し治まった気がする。



「……じぃじ?」

「ガァァ……ォオオォ……」



効いてる!

荒神がちょっと大人しくなった!



「ケビン、もっかい!」

「じぃじー」

「ォ……オ……」



自我を失った眼に意思の光が戻ろうとしていた。

ーーそして。



「おじいちゃんだよぉーーお?」



そこには顔をだらしなく緩めた王が居た。

両手でケビンを抱き上げ、高々と掲げている。

それを見て私たちは腰が砕けてしまう。

テレジアなんかはお尻から崩れ落ちた。

これがお父さんの怒りなのか……凄まじいよね。


次からは迂闊な事をしないように気を付けよう。

そう決心する傍らで、別の不安が過った。


ーー私って結婚できるのかな?


そんな考えに囚われているなか、来客の準備がテキパキと整えられた。

そこでようやく腰を落ち着ける事ができた。

もちろん、矢継ぎ早の質問に答えながらだから、本当に落ち着けたのはもうしばらくしてからだ。



「ほぇー、それで子供を引き取ったんですか。アルフの人生をなぞってますねー」

「成り行きだけどね。どうしても他人に思えないの」

「次からはもう少し連絡を頂戴。あんなトラブルは勘弁願いたいもの」

「危うく世界が灰になりかけたな。親バカもここまで来ると勲章ものだ」

「うん。私の不注意だったよ。ごめんね?」



不名誉な称号を与えられたお父さんはケビンに夢中だ。

ケビンも悪い気はしていないようで、お父さんの背中から頭までを何度も登り降りしている。



「ところでシルヴィア。この子を旅に連れていくのか?」



お父さんが急に真面目な声で言った。

威厳のある声色だけど、首にケビンがぶら下がっているから半減だ。


正直言って、プリニシアを出たときはお父さんに預けようと思っていた。

でもほんの数日旅をする中で、徐々に気持ちは塗り替えられていった。


ーー私は、ケビンから離れてはいけない、と。


「うん。そのつもり。何故だか、そうしなきゃいけない気がするの」

「子連れで世直しってのは、かなり難易度が高いぞ? 自分はもちろん、守る対象が増えるんだ」

「わかってる。それに戦場には連れていかないし、やりようはあると思うの」

「確かに工夫次第かもな。じゃあ聞くが、この子を守るために一番大事なことって何だと思う?」



初めてかもしれない、お父さんからの問いだ。

一番大切なもの……、なんだろう。

武力とか、安全とかかな?



「王様とか、偉い人との繋がり?」

「うん、半分正解だ」

「半分? じゃあ本当の正解は?」

「答えは『信用』だ。どこで誰の助けが必要か、その場面によって違うんだ。ピンチに陥ったとき、評判の悪いヤツはつけこまれる。逆に良いヤツは助けてもらえるもんだ」

「信用……かぁ」

「だからシルヴィア。出来る範囲で良いから、誰かの手伝いをしてみろ。すぐに結果に現れなくても、いつの日かお前の力になる」



確かにストンと落ちるものがある。

流石にお父さんも偉いひとやってないんだなぁ。

ここ最近変な所しか見てなかったけど、やっぱり立派な人だと思う。

そして、いつか越えたいとも。


ジッとお父さんの視線が私を射た。

普段見かける表情とはかけ離れた、不思議な目で。

私はそれを真正面から見返す。

少しだけ怯みそうになるけど、せめて気持ちだけは負けたくない。

そのままで膠着していると、エレナ姉さんが間に割って入るようにして言った。



「戦力としては問題あるまい。シルヴィアはある程度剣が遣える。さらに、一族で最も優秀なテレジアも付いている。生半可な敵では相手にならんだろう」

「テレジアってのはお前の妹だったな。シルヴィアに付けた騎士の」

「そうだ。しばらく見ない内に成長したな。いや、変わったと言うべきか」

「エレナ姉ちゃん……」



テレジアが掠れた声を出した。

そう言えば姉妹の再会なのに、妙によそよそしい気がする。

彼女の性格なら『ご無沙汰してまッスー!』くらい言いそうだけど。



「優秀だなんて、やめて欲しいッス。アタシはそんな御大層なもんじゃ……自分をコントロールできない、だらしない女なんスから」

「お前は強力な魔法を扱えるだけでなく、剣も上手く遣う。麒麟児に恵まれたと父もよく自慢していたものだ」

「……アタシは姉ちゃんみたいになりたかったッス」

「私にか? それはやめておけ。私は出来損ないなのだ。魔法を使えない私は父を随分と失望させた。さらには出奔までしたのだから、もはや子とすら思われてはおるまい」

「そんな事ないッス!!」



ーーダァンッ!

テレジアが耐えきれないとばかりに立ち上がった。

両目に涙を溜め、唇はワナワナと震えている。



「姉ちゃんが居なくなってから、父様はメッチャクチゃ寂しそうにしてたッス! 今だって姉ちゃんの部屋に手を加えず、あの日のままにしてるんスから! いつ戻っても平気なように掃除だって一日たりとも欠かしてないんス! 父様も、母様も、使用人も、私も、みんなみんな姉ちゃんが帰ってくる日を待ってるんスよ!」

「テレジア……」

「たまにで良いんで、帰ってきてくださいッス……」



咳払いひとつ聞こえない静けさが部屋に漂った。

子供のケビンですら騒ぐのをやめて、成り行きをジッと見守っている。

そんな中、お父さんが間延びした声で言った。



「エレナ。妹を泣かすんじゃねぇよ。お姉ちゃんなんだろ?」

「いや、そんなつもりは無かったんだが」

「仲直りしろ。やり方はわかってるな?」

「う、うむ。仕方あるまい」



エレナ姉さんは多少気まずそうにしながら立ち上がった。

ズズズと引きずられた椅子の音が妙に耳につく。

そして、泣き続けているテレジアをエレナ姉さんがしっかりと抱き締めた。

我が家の仲直り法。

相手とハグをして許し合うものだ。



「すまなかった」

「会いたかった……ずっとずっと会いたかったッス。でも、嫌われてるんじゃとか思って、今まで会いにこれなくて……!」

「嫌うだなんて。故郷のみんなを悪く思ったことは一度としてない」

「なんで、黙って出ていったんスか……なんで急に居なくなっちゃったんスかぁ……!」

「さぁ、なんでだろうな。任務に失敗して脱け殻の様になった私を、誰にも見て欲しくなかったから……かな」



テレジアはそのまま泣き続けた。

まるで、何年もの空白部分を染めるかの様に。

これをきっかけに、再び交流が持たれれば良いと思う。

そのための手伝いは、私も惜しまないようにしよう。


数日実家に泊まった中で、2人はぎこちないながらも歩み寄ろうとしていた。

食事時に、ちょっと空いた時間に、修練の時間で。

これでわだかまりも、多少は解けたかな?

そうだったら嬉しいな。


そして、後々気付く。

お父さんに、プリニシアの浮浪児への対処について相談するのを忘れた事を。

その代償として、自分の頭を捻って考える必要に迫られるのだった。

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