2ー38  フォレスト・オーク

まおダラ the 2nd

第38話 フォレスト・オーク


ーー深夜。

大多数の人間が寝静まった頃合いだが、この場所ばかりは違う。

外部の条理に逆らわぬよう、微かな明かりをつけ、男2人が相対している。

月明かりの届かぬ地下室。

頼りとなるのは弱々しいランプの光だけだ。


室内に居る2人は、夜の静寂にすっかり溶け込んでいる。

方や椅子に腰掛けつつ酒を静かに口に運び、もう片方は無言で平伏して控えている。

その光景を邪魔しようとするものは無い。

それから年嵩の男は、勿体ぶるように杯から口を離し、しわがれた声を発した。



「随分と良いようにやられたようだな。20にも届かん小娘に」

「ハッ。面目ありません! ただちに体制を強化し、人員も増加させる予定です」

「やめておけ。目立ちすぎるのは危険だ。我らの存在は野望を果たす日まで伏せられるべきである」

「では、いかにすべきでしょうか?」



若い男の問いかけに、年嵩の男はしばし言葉を途切れさせた。

その両目は窪みに沈んだようであり、眼からは感情が読めない。



「聖痕の獣人を手中に収めたかったが、こうなっては仕方あるまい。手を引け」

「それは獣人の収集から、でよろしいですか?」

「そうだ。かき集めた水晶で進める方が良い。聖痕も保険でしかなかった。その保険を得るために危険にさらされては本末転倒であろう」

「仰せの通りにございましょう。魔道具の研究は引き続き進めて参ります」

「進展はどうだ?」

「まもなく基礎部分が完了し、間もなく実験段階となります」



若い男の声が少しばかり高くなる。

自分の仕事ぶりをそれとなく見せびらかすように。



「急げ。魔王を討つには尋常でない力が要る。我らの企みが発覚してからでは遅いのだ」

「重々承知しております」

「貴様は小娘に会え。それで警戒も薄れよう」

「では、そのように取り計らいます」

「そして、オークどもの巣を見つけたろう。奴らをけしかけよ」

「……周辺地域に多大な被害が出ますが」

「そんなものは些事よ、我らが大義の前ではな。しくじるなよ」



話は終わりだとばかりに、年嵩の男は体ごと横を向いた。

それを受けて、若い男は一度頭を下げてから地下室より立ち去った。

暗さも相まって重々しく見える扉が、見た目にそぐわぬ音と共に開かれる。


そして若い男は扉を閉め終わると、口許だけで笑った。

その顔を見たものは誰一人として居なかった。



ーーーーーーーー

ーーーー



豊穣の森で過ごすこと数日。

私たちは再びプリニシアに向かっていた。

お父さんに相談を持ちかけようと思ってたのに、テレジアの家庭事情に気をとられて叶わなかった。

まぁ……長年の苦悩が薄らいだなら良いけども。



「どうしようかなぁ、浮浪児たち。このまま放置ってのもダメたよねぇ?」

「どうッスかね。ひとまず安定してるし、別の問題に取りかかっても良いと思うッスけど」

「確かにね、緊急性は無いみたいだけど……誘拐騒動に巻き込まれないか心配で」

「ねぇ、ママァ」

「とうしたのケビン?」



普段ならコロちゃんの背中で遊んでいるケビンが、今日は大人しい。

今もお行儀よく背中に跨がっていて、珍しいとは思っていたけど、何かあったのかな?



「あのね、かゆい」

「あら。虫刺されかな? どの辺?」

「ここ。かゆい」



鎖骨の辺りが赤くなっている。

ぶつけた訳じゃなく、蚊やノミが原因かもしれない。

私はケビンに回復魔法をかけた。

私の光に呼応してケビンも輝くのだけれど……。



「あれぇ、赤みが引かないね。なんでだろう?」

「おかしいッスね。外傷だったら魔法でなおるんスけど。アタシも試しに……」



それからテレジアがより強力な回復魔法をかけたけど、赤みは大して変わらなかった。

どうやら痒みはなくなったようだけど、ちょっと気になる。



「ケビン、あとでもう一度かゆい所を……」

「シッ! お嬢様、お静かに」

「急にどうしたの?」

「オークッスよ。最近めっきり見かけなくなったのに、この道の先に居るッス」



ここはレジスタリアとプリニシアの間にある大森林の街道だ。

昔は魔獣やら敵性生物が現れたらしいけど、最近は安全だと言う話。

なので私もある程度安心していたけど、その考えは甘かったらしい。


遠目には今、緑色のオークが見える。

右手に持っている大きな棍棒は、ひと振りで私たちの命を奪えそうな程の巨大さだった。



「何体居るの?」

「幸い1体だけッス。でも妙に警戒してるッスから、こっちに気付きつつあるスね」

「じゃあ、やっちゃおう」

「先手必勝ってヤツッス」



テレジアは意識を集中させ、魔力を集約し始めた。

私はそれを見て、オーク目掛けて一気に駆けていった。

武器を持っていない左半身から迫り、がら空きの胴を斬りつけた。



ーーガキィン!



刃が皮膚に弾かれた。

血飛沫どころか、手傷ひとつ負わせられていない。



「固いわね、頑丈なのは噂通りかな!」



オークがこちらに向き直る。

相手の反撃が来る前に、後ろに跳躍して距離を置いた。

剣より魔法の方が効果がありそうだ。

テレジアの準備が終わるまで時間を稼がないと。


今度はより力を集中させて、オークに切っ先を向けて構え直した。

実際向かい合うと、その筋骨粒々な体つきは勿論、私との体格差もすごい。

背も胴回りも私の2倍はありそうだ。

そうすると、体積は4倍か。

あれ、8倍? 16倍??


いやいや、今はそんな事はどうでもいい。

今もオークはその棍棒を地面に放り、両手を高く挙げてから動きを止めた。

その状態のままで微動だにしない。

……うん? 様子がおかしくない?


テレジアも違和感を覚えたようで、魔法を放つべきか迷っていた。

そんな困惑した私たちにオークはというと。



「待った。ワシに戦う意思はない。話はできるか」



対話を持ちかけられた。

オークって、喋れたんだ?

ともかく、私はテレジアを近くへと呼び、2人だけでオークと向き合った。



「話って、何をするの?」

「ワシはフォレスト・オークという種族だ。他の種とは違い、ニンゲンたちに害意はない」

「喋るオーク……激レアな存在じゃないッス? 文献ですら見たことないッスよ」

「ただ襲い、喰らい、移り住む雑多な者共とは一線を画す。森の恵みより食を授かり、他者との争いを避け、日夜研究に励むワシらとはな」

「そんな種族居たんだ。初めて聞いたわ」

「フォレスト・オークは少ないながらも魔法を扱える。探知に隠蔽にな。それが故にひっそりと、誰にも知られず今日まで生きられた」



他者を襲わないオークだと彼は言った。

獣のように旅人や村を襲っては補食するイメージしかなかったけど、フォレスト・オークの目には知性の光があった。



「それで、あなたに敵意はない、と言いたいのね?」

「そうだ。ワシは無用な争いをしている猶予は無い」

「つうか、隠れながら生きてきた割に簡単に見つかったスよね。何かあったんスか?」

「まさしく。棲み家がニンゲンに襲われた。一命はとりとめたものの、幼子まで手にかけられたとあって、怒った一族のものが報復に向かってしまった。ワシは仲間を探している最中なのだ」

「あぁ、それじゃあ隠れてる場合じゃ無いッスね」



聞き捨てなら無い言葉が聞けた。

誰も襲わず暮らしてた彼らに、何者かが攻撃を仕掛けたようだ。

いったい何の目的があったんだろうか。



「ワシの制止も聞かずに、一族のものたちは飛び出していった。子供の手当てもあって、それを止めることは叶わなかった」

「そうだったの。どこへ向かったかはわかるの?」

「襲撃者は姑息であった。南に逃げたように偽装していたが、我らの目は騙せん。最後は北へ逃げていった」

「北ってことは、グランかコロナよね」

「コロナは離れすぎだし、襲う理由も無さそうッスよね。グランやプリニシアなら分からなく無いッスけど」

「ニンゲンと事を構えれば、一族もろとも皆殺しとなろう。頼む、戦を止めたい。力を貸してはくれぬか?」



ーー出来る範囲で、誰かを手助けしろ。


お父さんの言葉だ。

早速目の前には助けを求める誰かが居た。

それがオークっていうのは驚きだけど。



「良いわよ。やってみましょう」

「……まさか聞き届けてくれようとは。戦士よ、ワシはジアスという。名を聞いても良いか?」

「私はシルヴィア」

「アタシはテレジアッス」

「向こうに居るグレートウルフがコロちゃん、背中に乗ってるのがケビンね」

「シルヴィア殿にテレジア殿、そしてケビン殿にコロチャン殿だな」

「ごめん。その言い回しだとコロ殿、ね」



こうして、ジアスとともに行動することになった。

凄惨な争いを止めるために。

手助けする、とは言ったものの、何をすれば良いのかは全くわからない。

それでも私たちは、人里へと攻め込んだオークを追いかけて、ひたすらに道を急いだ。


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