2ー35  それぞれの事情

まおダラ the 2nd

第35話 それぞれの事情




プリニシア城下はさすがに大きかった。

ビシッと整然に立ち並ぶ商店や家屋は、見る者を疲れさせず、私みたいな旅行者も概形が覚えやすい。

掃除や整備の行き届いた石畳は美しく、威厳と清潔感を醸し出している。

実際目につくところにゴミらしきものが見当たらない。

隙間をビッチリと埋め、好き放題建物が溢れ、散らかり放題なゴルディナとは大違いだ。



テレジアに言わせれば『道端で寝られる街』らしいけど、綺麗でもそれは無いよね。

というか、女の子なのにそのコメントはどうなの。



「さてさてお嬢様。次なる一手は?」

「一手ってほどじゃないけど、浮浪児たちに会ってみたいかな。彼らの考えとか、色々知りたいの」

「そうなると、商店エリアの路地とかに多いッスかね。たぶん、彼らはまとまって暮らしてはいないと思いまッス」



テレジアは遠くの方を指差して、くるくると円を描く。

私はスラム街みたいな場所を想像してたけど、ここ王都にはそういった区画が無いらしい。

というのも、王家の財である程度の暮らしを保障しているからだとか。

当然のようにサラリと言ってのけたけど、それは凄いことなんじゃないかな?



「お嬢様、いつもこの辺で見るッスよ。でもこの時間だと見かけないかも?」

「とりあえず入ってみましょ。会えなかったらまた来ればいいし」



路地裏に一歩踏み込むと、妙な寒々しさがあった。

その理由は太陽が当たらないだけじゃなさそうだ。

次第に街の雑踏が遠くなっていく。

ここだけ違う街じゃないか、とすら錯覚しそうになる。


表通り程じゃないにしても、ここも清潔さが保たれていた。

ゴミが散乱していたり、床や壁が汚れきっていたり、なんて事はない。



「うーん。隠れてるんスかねぇ。彼らはすんごい警戒してますし」

「王国騎士のあなたが居るからじゃない? 私は獣人だから会いやすいハズだもの」

「いやいや、こんな人気のないとこに護衛なしは危険ッスよ! どエロい人にどエロい事されてからじゃ遅いんスから!」

「流石に大丈夫じゃ……うん?」



建物の角の部分に人の足のようなもが見える。

あれはたぶん、土で汚れた素足。

それが地面に投げ出されたまま動かない。



「テレジア、あそこ! 誰か倒れてる!」

「マジッスか?!」



私たちは急いで向かい、その人を確かめた。

獣人の子供だ。

ボロボロの一枚布を羽織っただけの、4歳くらいの男の子。



「……かなり衰弱してる。テレジア、回復はできる?」

「お任せあれー、ホイヤァッ」



男の子が柔らかい光に包まれる。

体のあちこちに出来ていた浅傷は治ったものの、血色までは回復しなかった。



「おっ? 意識が戻ったみたいッスね。目を開けたッス」

「あなた、大丈夫? どこか痛いところはない?」



男の子はジッと私を見つめている。

そして小さな手を伸ばして私の服の裾を掴んだ。

あまりのか細い力を前に、添えた私の手にも力がこもる。

そして、弱々しい声でこう言った。



「ママ……」

「えっ?」



男の子は徐(おもむろ)に立ち上がって、私の胸に体を滑らせる。

そして小刻みに震えながら叫んだ。



「ママ! ママ! あいたかった!」

「えっ、ちょっと?!」

「えええええ?! おじょうじょうじょじょじょ嬢様! どういう事ッ!」

「知らない知らない! 私だってわかんないよ!」

「お父様はどなたッスか?! あーここで言うお父様はお相手の方であって魔王様を言ってるのではなくてですね!」

「わかるよ! それから身に覚えがないってば!」



おとぎ話の中では、神様がこっそり子供を授ける事もあるみたいだけど、私は産んだ覚えすらない。

どう考えても人違いだ。



「ともかく、何か食べさせた方が良いッスね。今あるのはパン、水、干し肉に酢漬けの野菜、あとはリンゴくらいッス」

「どれが食べられるかわかんないね。とりあえず見せてみましょ」



男の子の顔の前に丸パンを差し出してみた。

すると飛び付かんばかりの動きでかぶりついた。

両手で大事そうに抱えながら精一杯に。



「良かった……食欲はあるのね。お水も飲む?」



革袋を差し出すと、それも受け取って飲み始めた。

口の端から顎へと滴を垂らしながら。

それからも野菜や干し肉も少しだけ分け与えた。

一度に食べさせるのは怖いから、今はすこしだけ。



「それで、どうするんス?」

「どうするったって、放っておけないよ」

「ママァ」



お腹がある程度膨れたら、私の胸に戻ってきた。

そうなったらもう離れない。

もう爪まで服に食い込ませてる。

子供なのに凄い力だ。



「とりあえず家に来ません? 拠点がなきゃ始まらないッスよ」

「そうね、テレジアの家に行きましょう」

「今の時期は、父様も母様も居ないッスね」

「そうなんだ。仕事かな?」

「いいえ、旅行ッス。今ごろ2人で旨いもん食ってチュッチュルしてるッスよ」

「そ、そうなんだ」



ご両親って結構な歳よね?

そんな夫婦が仲睦まじいのは良いことだけど、知り合いの両親として聞いたらちょっと気が引けた。


そして実際テレジアの家に行くと、とにかく衝撃的だった。

中流貴族なんて言ってたけど、庭からしてとても広くて迷ってしまいそうだ。


「いやぁ、このお屋敷もご先祖様が建てたもんでして。アタシらは直し直し使ってるんスよ」


テレジアはそんな風に謙遜したけど立派な事には変わりない。


門から屋敷の扉までながーい通路が延びていて、その左右は数々のバラが植えられている。

だからここだけ別世界のような甘美な香りが充満している。

そんな甘い歓迎を受けながらウン10軒分の広さはあろう豪邸が見えるのだから、テレジアの謙遜もそのまま受け取れない。

当然のように噴水も完備してるし。


屋敷の扉の前には若い使用人らしき人が待ち構えていた。

たぶんエレナ姉さんと同じくらいの年齢だろう。

若々しさにバラの匂いも相まって、相当な爽やかさが感じられた。



「テレジアお嬢様、お早いお帰りで。先日より旦那様と奥様は……」

「わかってるわ。居ないのでしょう? それよりお医者さんを呼んでちょうだい。至急看て欲しいの」

「畏まりました。急ぎ手配致します」

「……え?」



今隣に居る人は、ピシッとした上流階級のお嬢様だった。

『寝過ごしたッスーてへー』なんて言葉なんか間違っても口にしないだろう淑女だった。

テレジア……さん?


見慣れない貴族の豪邸。

突然に立ち振る舞いを変えた友人。

さらには、上品に過ぎる屋敷の人たち。

そのせいで私は落ち着かなくて、ソワソワしっぱなしだった。


迂闊に辺りの物を触ろうものなら大変だ。

とんでもない額の弁償を迫らるだろう。

小さい頃にセロさんの別荘で壺を割った記憶が蘇る。

それがなおさら不安な私を萎縮させた。


ガチガチに固まった体でやってきたのはテレジアの部屋。

中は調度品だらけ……とは言わないまでも、やはりベッドやらスツールやら高級品そうだった。

そのベッドにテレジアがボスンと勢い良く飛び込んだ。

何かの切り替えを暗示するように。



「いやぁ、肩凝るッスねー。あぁ、寛いでください、もう自宅と思っちゃっていいんでー」

「えぇ? その変化は何なの?!」

「えっとですねー、お父様が礼儀や躾に厳しいタイプでー、こんな話し方とかするとメッタクソに怒られるんスよー。マジでおっかねぇ。だから、使用人の前じゃ猫被るんスよ」

「なんだか大変ね。息が詰まらない?」

「慣れっこスよ。実は一部の使用人にはバレてますけどねー。入り口に居たヤツとか」


ーーコンコン。


ドアがノックされた。

その瞬間にテレジアは音も立てずに飛び上がり、背筋をピンと伸ばしてから答えた。



「何かしら?」

「お医者様をお呼び致しました。ただいま応接間にてお待ちいただいております」

「ここへお通しして構わないわ。くれぐれも失礼の無いように」

「承知致しました」



今ばかりはエレナ姉さんに似てると思う。

なんだか『スフィッ』とした研ぎ澄まされた感じが。

でもその姿も、足音が遠ざかるとフニャァンと崩れ去ってしまう。

その切り替えの早さは才能だと思うよ。


ちなみにお医者さんの診断は栄養失調だった。

特別重い症状ではないので、軽いものから食べさせていけば良いらしい。

でも、ここでひとつ問題が。



「ママァーッ!」

「あのね、ちょっと出掛けたいんだけど……」

「ヤダァ! おいてかないで!」



この子本当に離してくれない。

ベッドに寝かしつけてから調査に出ようと思ったんだけど、私が部屋から出ようとすると大泣きしてしまう。

どうしよう、これじゃ身動きが取れないよ。

そもそもお母さんじゃないのになぁ。



「ねぇ、あなたお母さんは?」

「ンッ!」


ピッと私を指さす。

迷いは一切ない。


「じゃあ、お父さんは?」

「うぅん?」


小首を傾げる。


「お友だちとか、知り合いは」

「うぅーん?」


また小首を傾げる。

ちょっと可愛い。


「……お母さんは?」

「ンッ!!」


再び指をさされた。

そこだけは迷いがないのね。


「じゃあね、お名前は?」

「なまえ?」

「ええっと、どこから来たの?」

「うぅーん?」


ダメだ、なんの情報も手に入らない。

分かったのは私をお母さんと思い込んでる事と、身寄りが無さそうな事。

この街に住んでる獣人なら、この子の事わかるかな?



「えっとね、私はお仕事あるから、行ってもいいかな?」

「いっちゃヤダァ。おいてかないで。ボクを、おいてかないでぇ……」



この感じ、何か見覚えがある。

最近の事じゃない、ずっと昔の話だ。

あれは山奥の小屋だったと思う。


ーーおとさん。おとさんをやめちゃうの?


私がお父さんに言った言葉だ。

役に立てなかった私は、お父さんに見捨てられてしまうと思って。

あの時の恐怖、寂しさ、不安が、昨日の事のように胸に突き刺さった。


この子は、あの時の私なんだ。

愛情を求めて手を伸ばし続け、お父さんに拾われるまで一度も相手にされることの無かった、いつかの私なんだ。

そう思うとジッとしていられなかった。



「ママ……?」

「大丈夫よ。もう2度と寂しい想いはさせないからね。安心して良いよ」



私は心に固く誓った。

一刻も早く、この子のお母さんを見つけてあげよう……と。

そして、もし見つけられなかったら。


私がお母さんになってあげよう、とも。


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