2ー34  テレジアという人

まおダラ the 2nd

第34話 テレジアという人



剣の腕に頼りすぎるな、とは師匠であるエレナ姉さんの言葉。

今回私が呆気なく破れ去ってしまったのも、どこか油断や驕りがあったんだと思う。

忠告を受けていたのに活かせないなんて、我ながら酷い話だと思う。



「お嬢様ー、魔術コートかけましょうねー」

「魔術コートってなぁに?」

「さっきみたいな魔術アイテムを妨害する防御法ッスね。あれは目に見えない毒の砂を飛ばして相手に吸わせるんスよ。魔法系の防御無しじゃイチコロになっちゃうッスよ」

「そうだったんだ。知らなかった」

「剣士系なら仕方ないッスよ。割りと珍しい毒なんでねぇ。魔術コートがあれば砂を吸着してくれるんで平気になるんス」



テレジアさんが私とコロちゃんに『ホワリ』とした膜のようなものを張ってくれた。

一瞬橙色に視界が染まったけど、それはすぐに消え去った。



「これから毎朝1度かけましょうねー。それで大抵の魔術品は凌げるッスから」

「ダメなときがあったりする?」

「製作者が伝説クラスの薬師だったらヤバイッスね。まぁそんな品物滅多に出回るもんじゃないッス。大抵はクソザコな3級品なんで」

「ともかくありがとう、テレジアさん」

「いやいやお嬢様! さん付けなんて止めてくだせぇ。あなたのお父様に怒られちまうッスよ!」



頭を全力で下げつつ両手で拝まれてしまった。

首を限界まで折り曲げて、関節の限界まで掲げられているみたいだ。

そんな中『どうか、どうにかお願いしまッス』なんて頼まれてしまっては応じないわけにはいかない。

恩人なのになぁ。



「じゃあテレジ……ア。これから宜しくね」

「もっちろんス! ところで、次の行く先はお決まりで?」

「ううん。これといって情報がないから宛がないの」

「じゃあプリニシアに行きません? うちの家はなんだかんだ言って貴族なので、情報も集めやすいッス」



悪くない案かもしれない。

行き当たりばったりでうろつくよりも、腰を据えて情報を集めた方がうまくいくことだってあるだろうし。

プリニシアなら女王様も知った顔だから、なにか収穫があるかもしれない。



「じゃあプリニシアにしましょう。王都におうちはあるの?」

「そうッスけど……あれれ。うちの家に来たことは?」

「無いよ。当たり前じゃない」



そこでテレジアが『あぁーッ』なんて間延びした声を出しつつ、おでこをペシリと叩いた。

そんなリアクションは初めて見たかも。



「えっと、アタシはエレナ・ナイト・プリニシアの妹ッス。あ、除隊したからナイトは付かないか」

「エレナ姉さんの?!」

「そっスよ、似てません?」

「うーん。あんまり。言われてもピンとこないもん」

「あぁ、アタシもまだまだッスねぇ。姉ちゃんの背中は遠いなぁ」



エレナ姉さんはスキッと目も眉も唇も細い。

頬はこけてて顎も尖り気味、髪も短く切り揃えている。

さらに毎日の厳しい稽古のせいか、体つきもあまり女性らしくはない。


テレジアはというと、全体的にフンワリしている。

目も大きくて唇も厚め、頬もちょっとプックリ。

眉は太くて少し垂れ下がっていて、穏和な印象を与える。

似てるのはせいぜい髪の長さくらいかな。

その髪も姉の方はボサボサ気味で、妹の方は艶があって滑らかだし。



「それはさておき、プリニシアまで暇ッスね。到着までお互いの事話しません?」

「いいよ。何について話そうか?」

「じゃあまずは……彼氏居ます?」

「早い早い! それより前に話すこと10はあるよ?!」

「実はですね、魔王様に聞き出してこいとも言われてましてぇー」

「……居ないから安心して」



あんなお父さんが居るのにホイホイ恋愛なんかできないっての。

ちょっと男の人と話すだけでも大騒ぎするんだからね?



「もっとライトな会話にしようよ。好きな食べ物とか趣味とか」

「うんうん、それが良いッスね。好きな食べ物は甘いもの、趣味は寝ることッス!」

「睡眠が趣味ってのもすごいね。たくさん寝るの?」

「ええー、まぁ、そうッス」



突然歯切れが悪くなる。

趣味の話で暗くなるって滅多に見られる光景じゃないよね。



「すごい汗かいてるけど、どうしたの?」

「いやぁ、本当ならゴルディナでお嬢様と合流するハズだったんスけど、当日寝過ごしちゃって……。それで後を追っかけてる間に見失い……。足取りを掴んでここへ来たら、何やら襲われてるし……」

「あぁ、そんな事があったのね」

「お願いしまッス! どうか魔王様にはご内密に! バレたらアタシ殺されちゃいますよぉ!」

「さすがにそこまではしないと思うけど、いいよ。内緒にしとくね?」

「ああ! 恩に着るッス! アタシの命の恩人ッスよ!」



それ私の台詞ね?

なんだか調子狂うなぁ。

それに本当によく喋るよね。

寡黙なタイプのお姉さんとは、やっぱり重ならない。


それからも他愛のない会話が続いた。

2人の生い立ちから、お勧めの飲食店までそれはもう幅広く。

大半はテレジアが喋ってたんだけどね。

そのおかげか、プリニシアまで退屈せずに済んだ。

何日も延々と話続けるのって、ある意味才能だと思う。



「さってと、我が愛すべき王都! これからどうしましょ。まずは家に寄りますー?」

「えっとね、まずは女王様に会いに行こうかな」

「おお、さすがは魔王様の愛娘。顔パスってヤツなんスね」



顔パスっていうのが良くわからないけど、会うことは難しくなかった。

まさに今回がそうだ。


門番の兵士さんに用件を告げると、その人は火が点いたように飛んでいった。

そしてナイセーカンという男の人が現れて、中へと案内してくれた。


着いた先は城の奥にある庭園のような所。

丁寧に高さの揃えられた草花に囲まれるようにして、真っ白なテーブルセットが用意されていた。

そこに座って待っていたのはもちろん……。



「ようこそプリニシアへ。あのお嬢さんが大きく成長したものねぇ」

「どうも女王様、お久しぶりです。元気だった?」

「それはもう。そうでないと王として振る舞えませんからね」

「そうなんだ。偉い人は大変なのね。あ、クライスおじさんから手紙を……」

「それが噂の書状ですね。純粋な愛と無邪気な狂気の詰まった」



もう既に認知されているみたい。

なんだか恥ずかしくて、手渡すときに目を伏せてしまった。



「はぁ。なるほど……」



読み終えると、どこか寂しげな反応をされた。

そして少し視線を外にやってから女王様は口を開いた。



「あなたという『想い人』が居るかぎり、輿入れは難しいでしょうねぇ。シャルロットでは荷が勝ちすぎました」

「うーん。どうかな? 私が居なかったとしてもリタ姉さんとか居るし」

「まぁ魔王の妻が難しくとも収穫はあるようですし。こちらとしては次善策を選ぶべきでしょうね」

「収穫って?」

「フフフ。それは後のお楽しみ。さぁ、お茶でもいかが?」



テーブルの前には3人分の紅茶が用意されていた。

ほんのりと薫る花の匂いはティーカップからなのか、周りの花からなのか、ちょっとわからない。


そんな事よりもテレジア。

女王様を前にしたら急に大人しくなったよね。

今も顔を真っ赤にして、テーブルの端っこ辺りをジィと見つめている。

私の動きに合わせて紅茶を飲もうとするけど、手が震えてるせいかカップをカタカタ鳴らした。



「さて、シルヴィアさん。プリニシアには視察かしら? それとも観光?」

「獣人や亜人たちの様子が気になったの。プリニシアは問題ないと思うけど」

「ええ。私が目を光らせてますので、この国に限っては問題ないかと」

「最近、獣人たちが誘拐される事件が起きてるようなの。何かしらない?」

「そうですねぇ。他の国もでしょうが、プリニシアは戸籍制度を採用してます。なので連れ去られても早い段階で発覚するでしょう」

「それは浮浪児であっても?」

「浮浪児、ですか」



さっきと同じように視線を外した女王様。

考える時の癖なのかもしれない。



「その子たちは、把握が難しいですね。なるべく保護をしようとはしてるのですが」

「保護しようとしてるのに、浮浪児がいるの?」

「頭の痛いことです。保護施設を用意しているのですが、彼らは心を開いてくれません。最近は食事を受け取ってくれるようにはなりました」

「そうなんだ。そんな状態なのにこの街で暮らしてるんだね」

「身寄りがないのでしょう。外の獣人の開拓村にも行こうとはしません。いまだ王都に残っているのは安全の確保の為なのでしょう」



浮浪児たちの立ち位置がなんとなく理解できた。

守ってくれる存在もなく、かといってすがろうともしない子供たち。

その曖昧な身分のせいで危険な目に遇っているのかもしれない。



「実は私『たち』も拐われそうになったの。アイリス村の近くでさ」

「なんと命知らずな……。無事だったのですか?」

「ええ。隣にいるテレジアのおかげでね」

「テレジア……。もしやユリウス卿の?」

「はいぃ! ワタクシはユリウス・バロン・プリニシアの娘でして!」

「頼もしいわね。あなたのお姉さんは魔王殿の側近。あなたは愛娘の右腕ですか。良くお仕えするのですよ?」

「ハイです! この命に代えましても!」



テレジアが立ち上がって宣言しようとしたけど、テーブルを膝で打ってしまう。

それでガタンとテーブルが揺れ、血の気の失せた顔で揺れを両手で押さえ込んだ。

慌てすぎだってば。



「シルヴィアさんに何事もなかった事は喜ばしいですね。傷でも付けようものなら、小国のひとつも灰塵に帰したでしょうから」

「滅ぼされるってことですか? まさか、いくらお父さんでも」

「あの方ならやりますわ。それはもう無慈悲に」



あぁ、本当に恥ずかしいなぁ。

嬉しくないと言ったら嘘になるけど、いつまでも子供扱いされるのも嫌だ。

そんな私を見て、女王様は楽しそうにクスクスと笑った。



「親心というものは子にはわからぬものです。あまり邪険に扱わないことです」

「ええ、まぁ、うん」

「それでも『魔王の愛』というのは些か手に余るかもしれませんね」



女王様はまた愉快そうにコロコロ笑った。

私としてはやっぱり納得がいかない。

早いところ手柄を立てて、子供扱いを止めさせなきゃね!


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