2ー32  アイリス村にて

まおダラ the 2nd

第32話 アイリス村にて



うー……さっむい。

雪国って本当に雪だらけなんだね。

山も森も道も全部真っ白。

これで暖かかったらいつまでも眺めてるんだけどなぁ。



「あの峠を越えたらアイリス村ですよ」

「かえってきたー、ムラにかえってきたぁー!」



2人はこの寒さをモノともしてない。

防寒具一式を用意したとはいえ、文字通りの「涼しげな顔」をしてる。

延々とプルプル震える私とは大違いだ。

やっぱり慣れってあるんだね。


峠を越えた辺りで村が見えた。

森のすぐ側にある、10軒ほどの集落。

この道の先に村民らしき人がいる。

ミム君はその人に向かって雪道を駆けていった。



「パパァ!」

「ミムッ! 無事だったか!」



ゴルディナに寄ったときに手紙を一通出しておいた。

だから村の外れまで来てくれたみたい。



「お父さん!」

「ミア! 大丈夫だったか、酷いことされなかったか?」

「平気よ。シルヴィアさんが助けてくれたから……」

「これからは無茶をしないでおくれ。それと、ミムを助けてくれてありがとう」

「……うん」



ひとしきり抱き合った後、お父さんがこちらに顔を向けた。

私は小さな会釈で返す。



「見ず知らずの方であるのに、うちの子供たちが……」

「はじめまして、シルヴィアです。その事なら勝手にやったことだから気にしないでね?」

「おっと、自己紹介がまだでしたな。私はミルスというものです。ここで猟師をしております」

「ミルスさん。私は今とある事件を調査中なの。お話を聞かせてもらえる?」

「ええ、お安いご用です。妻が流行り病にて臥せっておりまして、おもてなしなどは……」

「ありがとう! そして、えーっと、おかまいなく!」

「では、こちらへどうぞ」



あぶなっ。

言葉が出てこなかったよ。

こんな言い回しが咄嗟に出るようになりたいなぁ。


ミルスさんの後に続いて村へお邪魔した。

そこで私は見慣れないものに気づく。



「屋根が斜めなんだねぇ」

「ここは雪がよく降るんですよ。だから南のように平らだと潰れてしまうんです」

「雪って軽いのに、積もったら重くなるの?」

「そうですね。聞いた話じゃ、家がぺしゃんこになるくらいだとか」

「へぇー。ミアちゃん物知りだねぇ」

「私のはたたの受け売りですよ。お祖父ちゃんが教えてくれたんです」

「シルヴィアさん、着きましたよ。あばら家ですが、寛いでいってください」

「ありがとう、お邪魔しまーす」



周りよりいくらか大きな建物に案内された。

中は窓が無いせいか薄暗く、焚き火(?)とランプの灯りで視界が揺らいでいる。

私は焚き火前に促され、そこで暖を取らせてもらった。



「奥の部屋で妻が寝ております。子供たちはひとまず顔だけでも見せに……」

「どうぞどうぞ。あ、これ効くかな?」

「それは、薬でしょうか?」

「うん。家の人が持たせてくれたの。どんな病気でもたちまち治っちゃう……らしいけど」



調合したのはアシュリー姉さんだ。

ポーズを決めつつ渡してくれたっけ。

特盛な巨乳を大きく揺らしながら。

ありがとう半分、チクショウめ半分で受け取ったことは、今でも記憶に新しい。



「見ての通り、我々は裕福ではありません。そのような高価な品を買い取る余裕はないのです」

「あー、いいのいいの。私もタダで手に入れたんだし、家に帰ったらまた貰えると思うし」

「あぁ……私はどうやってこのご恩を返せば宜しいのでしょうか」

「そんなんいいってば。早くお母さんに飲ませてあげて?」

「ありがとうございます!」



2つ並んだ部屋の手前側に3人とも入っていった。

私は一人、炎と向き合った。

薄暗い中でチロチロと揺らいでいて、見ていて心地良い。

みんなが帰ってくるまではノンビリ暖まっていよう。


しばらくすると『イヤッホゥ!』なんて声が聞こえてきた。

今の、誰……?


ーーバタンッ!


突然ドアが開け放たれた。

静けさに慣れていた私はついビクッとしてしまう。



「ありがとうよぉ! 子供たちが世話になったばかりか、私まで助けてくれて!」

「え、ええ。どういたしまして?」



臥せってたというお母さんみたいだ。

すんごい声が大きい。

そして私の手を握ってブンブン振っている。

なんだか豪快な人だなぁ。

遅れてミアちゃんたちもやってきたけど、どこか苦笑いだ。



「ねぇミアちゃん。お母さんっていつもこんな感じ?」

「そうですね。いつもより少し元気ですかね?」

「そう、少しなんだ」



こんな活発な人が倒れるなんて、病は人を選ばないんだなぁ。

まぁそれはさておき。



「ミルスさん。話を聞かせてもらえない?」

「もちろんです。ダリア、お茶の用意はできそうかい?」

「もっちろん! もう屁でもないってね!」



病み上がりとは思えない身のこなしで、ダリアさんは台所へ飛んでいった。

ミアちゃんミム君も後へ続いた。

私とミルスさんが焚き火を挟んで向き合うかたちとなった。



「では、どのような事をお話しすれば?」

「そうね。まず、例の人買いについてだけど、どんな人たちだった?」

「特に目立った様子の無い、ゴルディナの商隊でしたな。偽りではなく証明書も持っていました」



そうすると、今回は別の国は関わっていないのね。

クライスさんの話だと、組織はひとつじゃなくて5ヶ所くらいはあるとの事。

ここで有力な手がかりを掴んでおきたいところだけども。



「強引に連れ去ったらしいけど、そんなに粗っぽいやつらなの?」

「いえいえ。希に野盗の類いはおりますが、概ね良心的な商人ですよ。少なくとも、この場においては」



ふむふむ、基本的には無茶はしないっと。

じゃあなんで今回は強行手段に出たのかな?



「今回大胆な動きに出た理由、思い当たる?」

「息子のミムだけですからなぁ……ふむ」

「口にしたくもないけど、こういうのは男の子って避けられがちなのよね」

「……可能性は低いですが、ひとつ思い当たるものが」



ミルスさんは姿勢を正した。

これからの話は心して聞かなきゃいけないものだろう。


ーーパキリ。


ミルスさんより先に炭が音を立てた。



「確信はありませんが、あの子は特別な血を継いでいるかもしれません」

「特別な血って?」

「原初の狼。かつて大陸に君臨していたと言われる、偉大なる魔獣です。もしかするとあの子は、私よりも色濃く血を引いた可能性があります」

「そうなんだ。なんで確信を持てないの?」

「まだ幼いので印が現れていません。歳を経る毎にアザや爪などが見られるようになります」



私はミム君の姿を思い浮かべた。

どこか丸っこくて、ピョンピョン跳び跳ねるあの男の子。

それが爪がどうの、アザがどうのと育ってしまうらしい。

なんだか……もったいないなぁ。



「だから、ミアちゃんは標的にはならず、ミム君だけが狙われた、と。他の家は?」

「何事もなく。声すらかけられなかったそうです」

「っていうことは、ミムくんだけが目的だったのね。わざわざアイリス村まで」

「伝聞によれば、狼の血を引いているのは我が家だけだそうです。それが漏れ伝わっていたとしか思えません」



ミルスさんは話を切ると、白湯を私に出してくれた。

ほんのりとした甘味と暖かみが、ゆっくりと喉を流れていく。

ミルスさんもズズッとひと啜り。

話はおしまいなのかもしれない。


実際、それからは目ぼしい情報は得られなかった。

他の組織や、彼らの企みやら、何もわからなかった。

ここで得られた情報は多くないけど、空振りとまでは言えない。

来た甲斐があったかもしれない。



「さぉさぁ、お嬢ちゃん飯まだだろ? たくさん食っていっておくれ!」



まるでイノシシのように突撃してきたダリアさん。

両手に持った鍋を焚き火にかざし、蓋を開けた。

獣肉やら野菜やらたくさんの具材が踊っている。

脂の匂いが食欲をかきたてた。



「いいんですか? ご一緒しても」

「あったりまえさ! ジャンジャン食ってよ!」

「シウビヤおねーちゃん。ママはりょうりがうまいんだよー?」



いつのまにかミム君が隣にいた。

その頃ミアちゃんは食器の用意をこなしている。

その家事力は私を遥かに凌ぐ。


焚き火のとは別の小さな鍋から、お椀に白いスープのようなものを注いでいく。

その質感、臭い、例のあれだろう。



「ミアちゃん、それは?」

「山羊の乳を暖めたものですが、苦手ですか?」

「うん。ミルク系はちょっとねー」

「乳を育てるには乳を飲めってね。アイリス村の女はそりゃあ立派なもんでさ」

「ごめんミアちゃん。特盛で頂戴!」



私はメインの肉鍋にはろくに手をつけず、ひたすらホットミルクを飲みまくった。

口が、喉が、体の中が熱で悲鳴をあげるけど、知ったことか!



「そんなに山羊乳が好きかい? なんなら持たせようか?」

「ウップ。樽で、樽でください」

「豪気な嬢ちゃんだねぇ。いいよいいよ!」

「シウビヤおねーちゃん、ミルク好きなの? ぼくもー!」



ミム君揺らさないで。

今ギリギリのラインだから。

堤防決壊のちょい手前だから。


それから起き上がれなくなった私は一晩泊まることになった。

さらに好意を断りきれずに、結局3泊することになった。

何やってんだろ私。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る