2ー30  裏の顔

まおダラ the 2nd

第30話 裏の顔




ゴルディナは永世中立を謳う、どこの国にも所属しない独立都市である。

なので領主と呼ばれる代官や貴族は存在せず、商工会から選出される商工議員らがここを治めていた。

議会の議長の権力は絶大であり、その人物が実質ゴルディナの支配者と言えた。


金と権力を掌握できるとあって、支持基盤の拡大や暗闘は熾烈を極める。

そんな中選ばれる議長は、歴代全てが曲者揃いであった。

それは現議長も例にもれない。




夕暮れ時に、港に一艘の大船がやってきた。

それは輸送船であり、多量の商品を運ぶのに適したものだ。

今宵に大事な商談を控えている議長は、確認の為にも港の倉庫へと向かった。



「これはこれは旦那。どうかしやしたか?」



そこで緊張した様子の荒くれ者が、最大限らしい低姿勢で迎えた。

ほんの些細な失態で首をはねられることを知っている者の姿だ。



「商談前だからな。何か問題はあったか?」

「大丈夫ですぜ。ちょっとネズミが紛れ込んだくらいで、いや野良犬かな?」



彼なりの冗談だったのか、わざとらしい声色だ。

それで場が和むことはなく、体温の無い会話は続く。



「野良犬とは何の事だ」

「へぇ。獣人の女ですがね、倉庫の『商品』を逃がそうとしやしてね。もちろん痛め付けてふん縛りやしたよ。そのガキも売っ払いましょう」

「おい、まさか犬人の女ではあるまいな?」

「え? その通りですが……」

「歳の頃は15、6! どうだ?!」

「あー、ええと、それくらいかもしれやせん……」

「バッカ野郎!!」

「ヒィッ」



目を真っ赤に怒らせて議長は怒鳴った。

相手の男はというと、尻餅を着いて怯えるばかりだ。



「そのガキは、いやお嬢様は魔王の娘かもしれんぞ! ゴルディナに滞在中と報告が入っておる!」

「ええ?! でも魔王って獣人じゃありやせんよね?」

「ええい、この程度の事も分からんのかッ! ともかく、その獣人はどこにいる!」

「ここここちらです」



倉庫の中には大きな檻がいくつもならび、その中のひとつに獣人の少女が監禁されていた。

身体中をアザだらけにし、ぐったりと倒れ込んでいる姿からは重症であることが分かる。



「種族年齢性別体格、間違いない! シルヴィア様ではないか!」

「ええっ?! するってぇとこのガキが魔王の……」

「すぐにお助けしろ、傷痕ひとつ残すな!」

「そんなぁ、無茶言わねぇでください!」

「それが出来なければ貴様ら全員命はないと思え! さっさと治療師を呼べ!」

「は、はぃぃ!」



議長は焦った。

魔王の娘と敵対するだけでも危険なのに、あろうことか重い怪我まで負わせてしまった。

このままでは手下だけでなく、首謀者である議長の命までもが危うい。


人違いであって欲しいと願うが、そもそもゴルディナには獣人自体が多くない。

倉庫に忍び込むくらい豪胆で、15くらいの痩せ型である犬人の少女。

この条件を満たす人物は極端に少ない。


このまま殺して口封じをすべきか、それとも最大限の歓待を持って許しを乞うべきか。

50年来絞り続けた悪知恵を手当たり次第に漁り続けた。

手に微かな震えを持たせながら。



「旦那、治療師をお連れしやした!」

「遅い! 早くしろ!」

「ただ今ぁぁ!!」



議長は自分の体面を保つのに必死だった。

気を抜いたら歯がカチカチとなり、手はガタガタと大きく震え、膝は折れてへたり込んでしまいそうだ。

そうなれば彼の部下はさらなる恐怖に襲われ、四方に散ってしまうであろう。

一刻を争うなかで、そのロスは許されないのだ。



「粗方傷は治りましたが、いまだ意識が戻りません」

「治療を続けろ。最大限の誠意を見せねばならん」

「わかりました!」



頼む、早く目を覚ましてくれ!

他の事はもうどうだって良い!

恐怖に縛られた彼らの、声にならない祈り。

果たしてその願いを聞き届ける神はいるのだろうか。


結論から言えば、それは叶った。

ただし、彼らの予期せぬ形となって。




ーーーーーーーー

ーーーー



「うーん、見張りが多いなぁ。あの船が来たせいかな……」



私は倉庫を見渡せる高台に身を潜めて、現場を確認した。

ミアちゃんの言う通り敵は多く、少なくとも10人以上は居るようだった。



「1人ずつ倒してる時間はないよねぇ。下手すると人質ごと逃げられちゃうよ」



そもそも目的は救出なわけで、敵の殲滅なんかは二の次。

一番安全で確実な方法を選ばなきゃいけない。

そうなると、ここはやっぱり頭を叩くのが良さそうだ。

リーダー格が居なくなれば手下は逃げちゃうかもしれないし。



「……ミアちゃん、どこに行ったのかなぁ」



答える人なんかいないのに、ふと言葉が漏れた。

独り言に気づいて、ちょっと恥ずかしい気持ちになる。

あの子の姿を見かけなくなってしばらく経つ。

たぶん、この倉庫街にいるに違いない。

私は確信に近いものを感じていた。



「よし。作戦開始!」



街中だからコロちゃんは呼べない。

それどころか助言をくれる人も、傍で励ましてくれる人すら居ない。

文字通り独りきりの闘い。

不安はあるけれど、そんな心境を汲んでいられなかった。



「……何だか急に騒がしくなったなぁ」



目的の倉庫が突然慌ただしくなり、手下が表通りを駆け回っていた。

おかげで警備は穴だらけになり、建物の裏手側から見張りが消えた。

良くわからないけどツイてるね。

そして物陰から入り口を窺ったのだけど……。



「まさか入り口まで無警戒になるなんて、どうしたもんかな」



可能性は低いけど、罠かもしれない。

念のためドアは静かに押し開いた。

建物内の見張りを警戒したけれど、そこにも人は居なかった。

……もしかして、突入場所を間違えた?



内部は相当に広い。

奥の方までの確認が難しい程だ。

その広大な空間に大きな檻が数えきれない程に並ぶ。

そこにはたくさんの子供たちが捕まっていた。

良かった、どうやらこの倉庫で間違いはないみたいだ。



「それにしても、向こうで何をやってるんだろ?」



奥の方にたくさんの男たちが輪になって集まり、何やら一ヶ所を凝視している。

簡単に潜入できたのは、何かしらのトラブルが起きたおかげかもしれない。

ここでも足音を立てないよう、静かに進んだ。


気取られないよう、その背後からゆっくりと近づく。

すると、人垣の隙間からミアちゃんの姿が見えた。

寝かされたまま魔法をかけられている。

それを見た瞬間、自然と体は動いていた。



「やめなさい!」

「グワァッ」



魔術師らしき男を蹴り飛ばして、ミアちゃんの前に立った。

そして勢い良く剣を抜き放ち、男たちに突きつける。



「魔王アルフレッドが娘、シルヴィアよ。無駄な抵抗は止めて投降しなさい!」

「……シルヴィア、と申したか?」



一番太っちょで金持ちそうな男が言った。

この組織の親分かもしれない。



「そうよ。これ以上悪さをするなら、私が相手になるわ!」

「よ……」

「よ?」

「良かったぁぁああーー!!」



ええ? 何なの!?

どうして泣いて喜んでるのよ!

見た目のゴツいおじさんやら、さっきの太っちょさんやらがオイオイ泣き出してしまった。

『テメェら、やっちまえ!』みたいな展開は……無さそう。


それからミアちゃんは無事目を醒まし、弟のミム君とも再会できた。

もちろん他の子たちも解放させた。

さらに全員を捕まえると言ってみたら、そこでもびっくりするくらい協力的になって、滞りなく縛り上げる事が出来た。



「何なのよ、もう……」



立ちふさがる悪漢どもを、正義の刃で斬り伏せる。

頭でイメージした展開は欠片も起きなかった。

お父さんに仕事ぶりを誉めてもらえるのは、もう少し先の話になりそうだ。

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