2ー22 金持ち暮らし
まおダラ the 2nd
第22話 金持ち暮らし
あの覗き……もとい見守りから一ヶ月が過ぎた朝。
いつものようにクライスがやってきた。
上司の朝食中に突然やってくる部下ってどうよ。
まぁ今さらだがな。
「クライス、オレたちはセロの別荘に招かれた。数日空けるぞ」
「なんと。では私も急ぎ準備をして参ります」
「何言ってんだ。お前は留守番」
「えっ」
年甲斐もなく駄々をこね始めるクライス。
子供たちの前でもお構いなしかよ。
それから菓子を一袋握らせ、珍入者を追い返した。
出発を前にうっとおしい事だ。
気が変わったお菓子野郎が戻ってくる前に、オレたちはすぐにグランへと飛び立った。
「チョウチョさんは、いるのかな? カナブンさんは、いるのかな♪」
「シルヴィアちゃん、楽しそうですね」
「ミレイアちゃんもそうなの。アッチでいっぱいあそぶの」
王子の別荘に招かれたとあって、みんな嬉しそうだった。
特に少女2名。
オレと手を繋ぎながら歩いているのだが、数歩ごとに『ポイン』と跳ねる。
グランに着いてからはずっとこの調子だ。
王宮みたいな場所は苦手なのにな。
彼女たちの判断基準は、想像以上に細やかなのかもしれない。
「グレンくん。2人をお願いね? あの様子だと迷子になっちゃうわ」
「任せてよ。僕も心配だし」
「コロちゃんもお願いね?」
「ワフッ!」
今回は魔獣のコロも同伴だ。
セロに連れていって良いか尋ねたところ、快く了承してくれた。
何というか、器のでかいヤツよ。
「あそこだ。家の前でセロとメリッサが待ってるぞ」
「おとさん、すごい! おうちなのに水がプシャーッてなってる!」
「おお、個人宅に噴水かよ。さすが王族は違うな」
「シルヴィアちゃん、見に行きましょう!」
「ダメよ。ちゃんと挨拶してからになさい」
「はぁい……」
少し不満げな子供たちと共に、セロたちと合流した。
どことなく精悍な顔つきになったセロと、何故か数歩後ろに下がっているメリッサ。
短期間でここまで変わるもんかねぇ。
もしかしてあれ以上の事も済ませたか……何て勘繰りはゲスすぎるな。
「魔王殿、そして皆さま方。遠路よりご足労感謝致します」
「礼を言うのはこっちだ。招いてくれてありがとうな」
「どうぞ寛いでいってください。ご自宅の様に思ってくださって構いません」
「おとさん、もういいぃ?」
「……早速だが、そこの噴水を見せてもらっていいか?」
「もちろんですとも。どうぞお気兼ねなく」
それを聞いて『わぁい!』と飛び出した娘2人。
転ぶなよ、のコメントすら届かない疾風の跳躍をシルヴィアは見せた。
それにポテポテと走るミレイアが続く。
これじゃあどっちがお姉さん役だかわからんな。
「お水ブッシャー! お水がブッシャー!!」
「シルヴィアちゃん、こっちにはお魚さんも居ますよ!」
「ほんとなの。おいしそうなの」
「えっ?」
「なぁに?」
泳ぐ魚類を旨そうと感じること。
それが良いことか悪いことか、オレにはわからん。
誰も驚いた様子はないから、気にする必要は無いのか?
「お水がいっぱい出てもったいないの。これじゃおこられちゃうの」
「お嬢さん。これは魔法の力でグルグル回しているだけなんだ。だから勿体なくはないんだよ」
「マホー、すごいー」
「湧き水じゃなくて魔力で動かしてんのか。贅沢な作りだな」
「グランは水晶の産地でありますので、魔水晶の生産量は大陸一なのですよ。最近のものは人族の魔力を使用してますので、力は弱いですが」
それにはグレンまでも『ほぇー』と感嘆の息を漏らした。
燃やしたり切ったりするのが魔法の全てじゃない、という事を肌で知れたようだ。
シルヴィアは辺りをキョロキョロ見回すが、
しばらくして探すのを止めた。
お目当ての水晶は見つからなかったらしい。
そして子供の興味というのは移ろいやすい。
もう次の遊びを見つけ出してしまう。
「シルヴィアちゃん、向こうに広い草原があります。きっと蝶々も取り放題ですよ」
「わぁーー!!」
「待て、シルヴィア!」
「ちょうちょさーーん!」
「……グレン。見てきてくれるか?」
「うん、いってくるね。荷物はどうしよう?」
「オレが持っていく、だから頼んだぞ」
すっかり小さくなってしまったシルヴィアを、グレンとミレイアが慌てて追いかけた。
コロもそれに続いて駆け出す。
向こうはこれで心配ないだろう。
「なんとも元気なお嬢さんですな。将来が楽しみですよ」
「前はもっと大人しかったんだがなぁ。最近は力が有り余って大変だ」
「剣を教えてる側から言えば、シルヴィアには光るものを感じる。元気に暴れまわる事くらい見逃してやれ」
「へいへい。わかってますよ、エレナせんせぇー」
「さぁさぁ。立ち話もなんですから、中へお入りください。お荷物は屋敷の者がお持ちしますので」
セロの合図で家人がゾロゾロとやってきた。
全部で5人ほど居るが、別荘にこれだけの人員を割いているのが驚きだった。
第8位とはいえ、そこは王子様なんだな。
「あまり広くはありませんが、どうぞ」
「広くないって言ってもウチの3倍はありそうだな」
「ほぇー。これなら建物の中でも羽を出していられそうですねー」
「階段の後ろ側が程よく空いてるな。そこで素振りしてもいいか?」
「ちょっと、みんなは大人なんだから迷惑かけちゃダメよ」
まずオレたちを出迎えたのは2階へと続く大きな階段。
吹き抜けになっている造りだが、その重厚さには圧倒された。
そして当然のように、細かい装飾がふんだんに詰め込まれている。
その点については、少し煩く思った。
手すりひとつにどれだけの細工が施されているか、確認するのもバカらしいほどだ。
床はピカピカに眩しい白タイル。
その上に赤地で金刺入りのクッソ高そうな絨毯が被さる。
目線の高さには大小の壺やら絵画やらがあちこちに飾られており、眼の休まる場所が無い。
「庶民暮らしが身に染みてるせいか、こういう場所は落ち着かないな」
「アルフも王様なのに、いまだに全部が昔のままですもんね。ここらで豪邸でも買っちゃいます?」
「やめようぜ。そんなの肩が凝る」
「失礼の無いように整えさせましたが、却ってご迷惑でしたか?」
「いやいや、文句がある訳じゃねぇ。ちょっと驚いただけだ」
興奮したシルヴィアあたりが壺を割らないか心配だ。
そうなったときは、国庫から弁償する事になるんだろう。
スマン、レジスタリアのみんな!
先に謝っとくぞ!
それからオレたちは客間に通された。
執事らしき爺さんが紅茶を振る舞ってくれた。
そこでオレは、さっきから気になっていることを、テーブル向かいに座るセロに聞いた。
「なぁ、ひとつ聞いていいか?」
「なんなりと。どうかされましたか?」
「隣にいるメリッサは、何で一言も口をきかないんだ?」
「ヘムッ!?」
ヘムッてお前……。
今日初めて口を開いたかと思えば、ヘムッてなんだよ。
途端に顔を真っ赤にしたメリッサは、滑らかさの欠片もない口調で言った。
「ひ、ひひ久しいな、魔王殿。心ゆくまで楽しんで欲しい」
「おう、その言葉はだいぶ遅いな?」
「メリッサが失礼を……。どうやら緊張しているようでして」
「なんでだよ。オレとは何度も会ってるじゃねぇか」
「どうやら婚約者としての振る舞いを知らぬようで。それで固くなっているのです」
「わからなくもねぇが、いつも通り頼む。せっかく顔を合わせてんだからさ」
チラチラとセロの顔色を窺うメリッサ。
ニコリと笑って頷くセロを見て、途端に勢いづいた。
狐耳も忙しなく暴れまわっている。
その辺は相変わらずなんだな。
「いやすまん、普段と勝手が違ってな。つい喋るキッカケを見失ってしまった」
「そうだよ。初めからそう接してくれよ」
「今日は私の手料理を振る舞うからな。楽しみにしていてくれ」
「へぇ、料理が作れるなんて意外だな。期待してるぞ」
しばらく談笑していると夕暮れ時となり、子供たちも遊びから戻ってきた。
不思議な形の木の実やら、向こうでは見かけない花だったり、収穫はバッチリらしい。
オレが誉めると、シルヴィアとミレイアは嬉しそうに跳び跳ねた。
うーん、可愛い!
そしてお守り役の兄様はというと……。
「大丈夫か、グレン?」
「アルフさん、子供って、すっごい元気だね」
「お前もどっちかっつうと子供だがな。キツかったか?」
「ずっと駆け足になるからね。噂に聞くアーデンさんのしごき以上かも」
「うちの愛娘がすんません」
「いや、いいんだけどさ。このままじゃ体がもたないよ?」
確かに無配慮だったな。
もっと的確なお守り法を見つけるためにも、あとで相談するか。
そうこうしている内に食事の時間となった。
メイドに連れられて向かったのは食堂だ。
ミョーンと長テーブルの上に、人数分の食器が椅子の前に並べられている。
そこに着け、という意味だろう。
全員が揃うと、セロが場を見渡しながら言った。
「本日はグランの郷土料理にておもてなし致します。渾身の力作をご賞味ください」
その言葉を合図に、料理が運ばれてくる。
銀色の丸っこい蓋が被さった状態で。
金持ちの家で飯食うと必ずくっついてくるヤツだ。
あれって何の為に使うの?
虫除けか?
「うわぁ~、ドキドキするの!」
「おかわりとか有りなんでしょうか?」
「ミレイア、食べる前からがっつかないでよ」
「兄様だって。手元がソワソワしてるじゃないですか」
「多めに作ってありますので、遠慮せずにおっしゃってください」
銀の蓋が取り払われた。
オレたちはその贅を尽くした料理に食らいつく。
……事もなく。
ナイフやフォークを握りしめたまま、首を傾げてしまった。
子供たちも『わぁーー……ぁ?』と、歓声が疑問符付きとなった。
皿に乗っていたのは黒。
漆黒に染まりきった何か、だった。
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