2ー23  リタ先生再び

まおダラ the 2nd

第23話 リタ先生再び



オレたちは差し出された暗黒料理の対応に苦慮していた。

表面を削っても、裏返してみても黒である。

念のため半分に割ってみたが、見栄えは同じだった。

グランの郷土料理と言っていたが、こういうものなんだろうか?



「うん、今日も美味い。メリッサは料理も見事だな」

「そ、そうか? 腕によりをかけた甲斐があったな!」

「アイツ、当然のように頬張ってやがる……」

「見た目はアレだけど、味は美味しいパターンじゃない?」

「そうですねー。あのニンゲンの幸せそうな顔、不味いはずはないですよ」

「そう思うなら食えばいいだろ」

「んーー。家長様を差し置いて、私たちが手を付ける訳にはいかないわね」



おい、唐突に亭主関白扱いすんな。

早い話が毒味をしろと言いたいんだろ?

ふと気がつくと、皆がオレを頼るような目線を送っていた。

リタやアシュリーだけでなく、エレナや子供たちまでも。

仕方ない、気は進まないが試してみるか……。


まぁ客に出す食事なんだから、大丈夫だろうさ。

そもそもセロはあんなにニコニコ食らいついてんだ、そんなに不味い事もないだろう。

オレは謎の塊にナイフを入れて、欠片を口に運んだ。


それは舌慣れない味わいだった。

ザリッとした口当たり、シャリシャリと水気の無い歯ごたえ、薬膳よりも強い苦味、鼻をつく焦げ臭い匂い。

やっぱり失敗作じゃねえかこの野郎!



「おや? お口に合いませんでしたか?」

「聞くまでもねえよ……お前は良く食えるな」

「そりゃもう。よく言いますよね、愛情は最高の調味料であると」

「味の調整以前の問題だろうが!」

「そうですか。どうやら西の方にはグラン料理が苦手なようですな」

「老婆心から言うが、これを伝統料理扱いするのはやめておけ」



結局セロ以外は食べる事が出来なかった。

オレたちはパンや間に合わせのスープやらで腹を満たす事になった。

いや、質素ながらも十分美味かったけどさ。


だがこの状況はマズい。

このままではセロが無自覚に毒殺されかねない。

晴れ晴れとした死に顔で昇天する未来が見えた。

あるいは短気な客人を招待した時に、無礼打ちされる事だって起こり得る。

これはメリッサの教育が必要だろう。



「リタ、明日にでもメリッサに料理を教えてやってくれ」

「いいけど……どうして私なの?」

「ここの使用人だと教えにくいだろ。主人の婚約者相手に強い事は言えないし」

「んー。あの子に料理を止めさせた方が早いんじゃない?」

「お前はあの様子を見た上で言ってるのか?」



オレが指した方には例の2人が居る。

セロは満足したようにお腹をさすり、メリッサもその反応に満面の笑みで応えている。



「メリッサ、君は最高だよ。私は死ぬまでメリッサの手料理以外は口にしないぞ!」

「な、何を言い出すんだ! こんな人前で……」

「見ろよ。あの黒焦げを食い続ける宣言だぞ。そんなん3年と保たずに病死するだろうが」

「あーー、うん。できる限りの事はやってみるわね」



しぶしぶながら引き受けてくれた。

そりゃ普通に考えたら、ゲストとしてのんびり過ごしたかったよな。

リタすまん。

これも世界平和の為だと思って頑張ってくれ。



翌朝。

朝食を備え付けのパンとミルクで終えたオレたちは、調理場へと向かった。

リタとメリッサが調理台の側に立ち、オレとセロは離れた場所から見学だ。



「じゃあまずは、包丁さばきを見せてもらえる?」

「この野菜を切れば良いのか?」

「そうね。とりあえずキャベツの千切りをやってみて」

「心得た」

「え、ちょっと何する気……」

「てやぁッ!」



メリッサの剣撃が煌めいた。

キャベツどころかマナ板までもが真っ二つ。

そこへセロの惜しみない拍手が続いた。



「おお、さすがメリッサ! 美しい剣の冴え!」

「ふふ……。勢い余ってマナ板まで切断してしまったがな」

「構わん。そんなものいくらでも用意させる。うむ、切り口も見事!」

「ねえアルフ。本当に私が教えるの?」

「すまん。どうにか堪えてくれ」



頭痛でも起こしたような仕草をするリタ。

いや、ほんとすまん。

後で埋め合わせを検討しておこう。


それから根気強い指導が始まった。

まるで子供に言い聞かせるように、細部に至るまで丁寧に。



まずは包丁ね、その腰のものを出す必要はないわ。

それを右手で持って……両手剣の方が得意だって?

んーー、料理には関係ないかしら。


野菜を押さえる左手は丸めてね。

猫の手みたいにするの。

子狐の方がしっくりくるって?

まぁ……好きなように呼んでいいわよ。


それで切り方だけど……。

違う違う、振り下ろさないで。

包丁を中天に掲げないで。

そんな大袈裟に振らなくても切れるから。



「ふむ。リタさんは料理に詳しいようですな?」

「我が家の胃袋を任せてる。そりゃあ上手なもんさ」

「教え方も板についてますな。普段から指導をされてるので?」

「うちの娘にミレイアって子が居るが、その子にいつも教えてるよ」



メリッサよりもミレイアの方が筋が良い、とまでは言わなかった。

そもそも成長は比べるものじゃないしな。


リタの指導は澱みなく続いた。

包丁の使い方が終わると、カマドの使い方や火加減、調味料の使い方、最後に盛り付けのやり方まで触れられた。



「はい、これで完成よ」

「おおぉ。これを私の手が生み出したのか! なんという料理なのだ?!」

「んーー。肉スープと、季節のサラダ……かしら?」

「肉スープッ! 季節のサラダァ!!」



メリッサは膝を折り、両手を広げ、天井を仰ぎ見た。

まるで日照りに苦しんだ農夫が待望の雨を迎えるように。

そんなにも嬉しいものかねぇ?

そしてセロの方は『待ちきれない』とばかりに皿を片手に言った。



「さぁ、早速食べてみましょう! きっと美味しいはずです!」

「がっつくなよ王族。慌てなくても鍋は逃げない……」




ーードォォオン!



建物が突然、轟音と共に大きく揺れた。

今のは恐らく魔法だ。

この別荘が何者かから攻撃を受けたようだ。



「セロ! 敵襲だ、すぐに警戒……」

「す、すすスープがぁぁああッ!」

「あぁ?! そんな事言ってる場合か!」

「どこの馬鹿者か! 絶対に許さん!」

「待て、先走るな!」

「粛清だぁぁああーッ!」



スープを台無しにされて怒り心頭のセロ。

珍しく我を失って外へ飛び出していった。

オレたちも慌てて追いかける。


敵は探すまでもなかった。

別荘の周りに30人程の男たちが陣取っていたからだ。

セロは既に1人の男と向かい合っていた。



「兄上?! いったい何をお考えですか?」

「セロ、久しぶりだなぁ?」

「この者たちは何者です? 先ほどの攻撃魔法も……」

「もちろんオレたちの仕業だよ。見てわかるだろぉ?」



セロに兄と呼ばれた男。

そいつは身なりこそ整っているものの、かなり下衆な目つきをしている。

その辺の追い剥ぎなんかと大差ない品性だろう。



「では問いましょう。なぜ我らを攻撃したのですか!」

「末っ子のガキが『亜人を妻にする』だなんて調子に乗ってるからなぁ。そして兄貴もだ。王位に就いた途端に亜人融和なんか言い出しやがった。だからグランの良心たるオレ様がお灸を据えてやるんだよ」

「国の決定に反するおつもりか!」

「あんなものに従う道理はねぇよな? グランの栄光に傷が付くなんてレベルじゃねぇぞ」

「兄上は暴れ者であったが、反逆者にまで落ちられたか。そして目はすっかり濁りきっているようだ。ここには魔王殿だけでなく、配下の精鋭までいるのですぞ?」



セロの言う通り、オレらを攻めるにしては戦力が足りなすぎる。

この人数であればエレナ1人でも対処が出来そうだ。

この悪知恵の働きそうな男が無策に攻めるとも思えないのだが……。



「もちろん保険はかけてるぞ。まずはコイツだ」

「グレン?!」



オレたちの目の前に、縄で縛られた姿のグレンが引き出された。

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