2ー21  かけがえのない人

まおダラ the 2nd

第21話 かけがえのない人



「これを見てくれ」

「……手帳?」

「そこに私の罪が書かれている。弱さの象徴と言い換えても良い」


「手帳ってことはあの時のか」

「もしかして、妖狐に書かされたやつですかね」



オレなりにフォローはしたつもりだったが、心の傷は癒えていないらしい。

思い詰めるほどの事か、と感じなくもない。



「最後のページだ。軽蔑されるだろうが、直筆で書いたものだ」

「いや、そのう、人語は読めんのだ」

「……亜人を滅ぼせ、という趣旨の文だ」

「これがそうなのか。実際に見るのは初めてだな」

「待て、知っていたのか?」

「ああ。セロが子供たちをグランに連れ帰った日に、魔王殿から直接聞いたのだ」



「アルフ。これって実はファインプレーじゃないです?」

「そうだな。先見の明有りすぎだな」



まぁ、あの日たまたまメリッサに出くわしたから、報告のついでに話したんだよな。

転ばぬ先の杖、くらいの考えがこんな場面で成果を出すとは。



「他の誰でもない、私が書いたのだ。自らの夢をこの手で砕いた残骸なのだ」

「……随分と震えている字だな。紙も濡れた跡がある」

「詮索をしてくれるな。無様な姿だったのだ」

「ともかく、これが悩みの種ということは理解できた。だが、なぜ心を閉ざすほど沈んでいるのかはわからぬ」



そこはオレも引っ掛かっていた。

恥と言えば恥だろうが、乗り越えられる類いのものだろうに。

アシュリーも見当が付いてないらしく、セロの顔をジッと注視していた。



「私は、怖いのだ。同じような選択を迫られたとき、自分が掴んだ幸せを、また自らの手で踏みにじってしまうのではないかと」

「それは……考えすぎではないか?」

「考えすぎなハズがあるか。私は弱いのだ。人族の中でも強い方ではない。亜人とは比べるまでもない!」

「……セロ」

「だから婚約などできん。再び過ちを犯さないためには、初めから手にしなければ良い」



セロの拳が自分の胸に突き刺さった。

心の底に巣くう闇を、屈託を晒しているのだろう。

小刻みに震える体が証明しているようであった。


メリッサはというと、初めて視線をセロに向けた。

その目は普段のような鋭さはなく、瞳の奥に微かな柔らかみをたたえている。



「セロ、夫婦の幸せとは独りでは築けぬと聞く。自分だけの力で乗りきろうなどと、傲慢ではないか?」

「傲慢……私がか?」

「そうだ。なぜ女の力を軽く見る。お前の力が及ばないというなら、尚更当てにすべきだろうが。それとも女子供は震えていろ、とでも言いたいのか?」

「そんなつもりはない。だが、言っているも同然なのだろうな」

「幸せを守りたい気持ちに男も女もない。だからお前独りで立ち向かおうとするな。ましてや亜人の女は戦えば強いのだぞ?」



「おし、いい流れだ。メリッサもやるじゃねえか」

「アルフ、ずれちゃってますよ。動かないでくださいね♀」

「ずらしたんだ! 何かがずっと当たってんだよ!」



アシュリーの腰が正確に追尾してくる。

身をよじって逃げ続けても、だ。

お前は当初の目的を思い出せ!



「メリッサ殿は、私に伴侶を持つ資格があると思うか?」

「もちろんだとも。友好の為にも亜人の娘を選んで欲しいがな」

「そうか。そう言ってくれるか」

「難しく考えるな。鍛冶屋の娘なんかどうだ? おっぱいが大きくて男に好かれそうな体だぞ? あとは、服屋の次女も美人だと評判で……」

「メリッサ殿!」

「ヘゥッ?!」



セロは最短距離でメリッサの元に詰め寄った。

そして流れるような仕草で、自然とメリッサの手を握りしめた。

その変わり身の早さにはオレも驚きだ。

両手を包み込まれているメリッサは尚更だろう。



「私は、メリッサ殿を娶りたい」

「ななな何を言っている! 魔王殿に言われたからか? そうであろう?」

「違う。ずっと心に決めていた。あなた以外を妻とする気はない」

「き、傷があるぞ。私には背中にも腿にもうなじにも、そりゃあ男に敬遠されそうな傷跡が!」

「知っている。仲間を庇って出来たものだ。その姿を見た日から、恋に落ちた気がする」

「ぬうう。私は野菜の切り方ひとつ知らんぞ! ずっと剣ばかり振ってきた女だ! 近頃はそれが書類に変わりはしたがな!」

「それがどうした。何の妨げにもならん」



「うっわぁ、誰も見てないと思って大胆ですね。チューでもしちゃうんじゃないです?」

「そうだな。半ば押し倒してる格好だもんな」



互いの視線を重ねるセロとメリッサ。

熱い情熱のこもった眼と、動揺と恥じらいに染まった眼を向け合っている。

この2人の結び付きを邪魔しているものは、もう何もない。



「ええと、ええっと! 私の配下に気立ての良い……」

「メリッサ殿!」

「は、はいッ?!」

「眠らせた気持ちを焚き付けたのは、あなただ。責任は取ってもらう」

「いや、あの、ちょっと待って! 昼に臭いの強いものを食べたから、今だけはッ!」

「待てん」

「……?!!」



「あーぁ。とうとうしちゃいましたねー」

「ほんとだな。これ大丈夫か?」

「平気じゃないですか? もうお互い夢中になってペロりあってますよ」



まぁ、今はどっちが攻めてるかわからない感じだな。

そして2人は抱き締めあったまま、コロコロと緩やかな坂を転がっていった。

うん、ともかくお幸せに!



「じゃあアシュリー。そろそろ帰るか」

「アルフゥ。口寂しいですぅ。チュッチュしてくださいよー」

「おう、その辺の草でも咥えてろ」

「えっ酷い! 私を焚き付けておいて、責任取ってくれないんですか?!」

「オレになんの責任があるってんだ!」



キィキィうっさいアシュリーの口を草まみれにして、オレたちは帰路に着いた。


そして翌日、リタが聞いてきた。

「アシュリーと【出し入れ】したって本当?」


曲解も良いところだ。

ねじ曲げたのはアイツだがな。

だからオレは2日連続で、アシュリーの口を草まみれにしてやった。

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