2ー19  狐の鳴き声

まおダラ the 2nd

第19話 狐の鳴き声



グランより一昼夜分馬を走らせた所に、広々とした高原地帯がある。

風光明媚で気候も穏やかなため、貴族の別荘が数多く建てられている。

王都で働き詰めの者が羽を伸ばしに来たり、愛人を囲っている者が家族に隠れて逢い引きをする。

用途は人それぞれだろう。


そして時には、悪意にまみれた計画が企てられる事もある。

例えばこの場所のように。



「では諸君、異論は無いな」

「異議なし」

「異議ナシ!」



5人の成人が暗がりの中で集まっている。

人目を忍ぶためか頭からローブを羽織っており、顔の識別ができない。

場所が場所だけに賤しい身分で無いことは見当がつくが、わかることと言えばそれくらいである。




「和平の成立を許してはならぬ。汚れた亜人どもと並び立つことなど、あってはならぬのだ」

「左様! 亜人は人の皮を被った獣! 獣の分際で人のように振る舞う不埒者である!」

「亜人許すまじ。グランの名に懸けて、再び人族を世界の頂点へ!」

「我らがグラン、人族の為のグランに栄光あれ!」

「かつての栄光を我らに!」



狭い地下室はひとつの空気で満たされていた。

亜人に対する悪意の一色に。

その悪意は憎悪へと変わり、暗い室内を一層重苦しいものにした。

その溢れ出る憎悪は、獲物に食らいつくその日を静かに待ち続けた。



ーーーー

ーー



「婚約、だと?」

「そうだ。もちろん、気が乗らなければ断ってくれてもいい」


メリッサはオレの言葉に困惑した。

突然縁談なんか持ちかけられたら当たり前か。

セロと結婚してくれれば色々と都合が良い、というのはクライスの意見。

オレはその案を実現するため、こうしてコロナへとやって来たわけだ。


ちなみに『色々』という言葉にかなり強めの含みがあった。

だからこの一手は2国間の友好の為だけではない、というのは分かる。

他にどんな意味合いがあるのかは知らない。



「魔王殿、そうは言うが私に拒否権があるとでも? あなたの後ろ楯無しでは立ち行かない、コロナの頭である私に?」

「いやいや、本当に難しく考えないでくれ! 断ったからって何もしないしさ」

「そう、か……」

「無粋なことを敢えて聞くが、セロをどう思う?」



その言葉で、この応接間は静かになった。

さっきまで遠かった街の人の声だけが耳に入ってくる。

メリッサはというと、口許に指を当てつつ考え込んでいた。

彼女なりに真剣に考えてくれているらしい。



「……わからない」

「わかんねぇか。そっか」

「かつては、殺してやりたいほど憎んだ。ここで再会したときは、とても驚かされた。そして、今は……」

「今は?」



そこで再び口が閉じられた。

瞼を伏せ、眉間にシワが寄り、重い唸り声まで出している。

その一方で、頭の上の狐耳はピコピコ忙しなく動き、何度もお辞儀を繰り返した。

それはどんな心境なんだ?



「やはり、わからん。街の為に頑張ってくれているとは思うが」

「そうらしいな。誰よりも率先して働いてるって話じゃねぇか」

「あぁ。法律の整備に道路の建設、薬草の調達や周辺の調査なども。そればかりか子供たちの世話まで引き受けてくれた」

「そりゃすげぇな。本で見かける偉人みてぇだ」

「このままではいずれ倒れてしまう。そう思うと心配で……」

「その働きぶりじゃあな。お前が心配するのも無理ねぇよ」

「……私ではない。街の者たちが、だ」



苛立ったような声で訂正が入った。

なんだか今日のメリッサはめんどくせえな。


それにしても、と思う。

そこまで根をつめて働いてたとは知らなかった。

セロたちはコロナの人々から信頼を勝ち取り、両者の溝はほぼ無くなったとも聞いている。

それは別の言い方をすれば、相応の代償を払ったということだ。


アイツはどちらかと言うと突っ走るタイプだから加減を知らなそうだ。

もっと話し合う必要があるかもしれない。



「まぁ、突然こんな話を持ちかけて悪かったよ。セロには働きすぎるなと、釘を刺しておく」

「……彼のもとへ行くのか?」

「そりゃ行くさ」

「もしかして、縁談の話もするのか?!」

「するに決まってんだろ。それが目的なんだし」

「ちょちょちょっと待ってくれ! そんなに慌てなくても良いではないか。今日は私が聞いたのだから彼はまた後日という事で……」



……うん?

なにこの反応。

さっきまでと別人じゃないか。



「そうだ! 魔王殿は甘いものに目がないと聞く。ここの菓子だってそりゃあ絶品でな、今用意させるから是非食べていってくれ。好きなだけオカワリしてもいいぞ?」

「いや、甘味が好きなのは眼鏡の変態だけだ。オレは時間が無いからそろそろ……」

「待ってくれ、ほんともう……待ってくれ! こういうのはそう、順序! モノには順序が大切でな、ちゃんとした手順を踏まなければ失敗をしてしまうぞ!」

「なんだよ。破談になって欲しくないのか?」



ピタリとメリッサが動きを止めた。

まるでここだけ時間が停止したようだ。

そしてみるみる顔が赤くなり、狐耳はプルプルと小刻みに震えた。



「それとこれとは違うッ! 私はただ一般論を言ったまでだ! せかせかと物事を進めようとする魔王殿に苦言を呈しただけではないか!」

「別にせかせかしてねぇよ。安心しろ、悪いようにはしねえから」

「あうぅ、あー……。そう、か」

「セロに言伝てでもあれば言ってやるぞ」

「うぅ……。では、体を大切にしろ、と」

「わかった、伝えとく。じゃあな」

「……ミャウ」



オレは領主館を後にした。

妙に騒がしくなった領主館を。

子猫の甲高い絶叫のようなものが漏れ聞こえる、その館を。

つうか猫なんか飼ってたのかよ、知らなかったぞ。



「メリッサが一番の難関だと思ってたが、これなら話は早いかもな」



あの態度はどう見ても脈アリだ。

今回オッケーが出なくとも、いずれはくっつくだろう。

何せセロの方はメリッサに惚れているんだから。

もはや両想いと言っても過言ではない。


オレは軽い足取りのままセロの住む小屋へと向かった。

ツイてる時っつうのはとことんツイてるもんだな。

外で薪割りをしているセロの姿を見つけて、そんな事を思った。

渡りに船ってやつだ。


……だが、運が味方をしたのもここまでだった。

オレはメリッサに告げたように、セロに縁談の話を持ちかけた。

当然食いついてくると思ったんだが……。



「お断り致す」

「……ハァ?」

「大恩ある魔王殿に対し心苦しくはありますが、こればかりは別です。お断り致します」



冗談のつもりは無いらしく、一点の曇りもない目がこちらに向けられている。

まさかこいつが拒否をするとは想定外だ。

メリッサへの対策は色々と考えていたが、セロについては準備をしていなかったのだ。


思いもよらぬ方角から吹いた風に、オレたちの目論みは暗礁へと乗り上げてしまった。

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