2ー17  本拠襲撃

まおダラ the 2nd

第17話 本拠襲撃



グラン王国の山奥。

そこには奇跡の湖と呼ばれる不思議な場所がある。

人里から離れているため、人が立ち入ることは珍しい。

特に今は夜更けであるため、訪れる者の姿はない。

この2人を除いては。



「あぁ、いってぇ……。あの犬っころめ、今度串焼きにして食ってやる」

「にいちゃーん、大丈夫ー?」

「大丈夫に見えるのかよ? この有り様だぞ」



そう言ってジンは自分の脇腹を見せつけた。

広範囲にわたって紫色に染まっており、怪我の大きさが見てとれる。



「うわ、そこまでやられちゃったの? にいちゃんは弱っちいなー」

「うるせぇ。オレはお前と違ってデリケートなんだよ。頭脳派なの!」



アレグラの軽口を普段の様に返しつつ、脇腹に水をかけた。

ほんの少しずつであるが、腫れが引いていく。



「んで、これからどうすんのさ? またどっかのニンゲン騙すの?」

「いや、しばらくは無理だな。オレらの存在を知られちまった。次からは警戒されてるハズだ」

「ええー?! じゃあさ、暴れんのナシ?!」

「そうだ。今は失敗が目に見えてる」

「そんなぁーッ! にいちゃん、ニンゲンに何されたか忘れたの?! あいつらアタシたちの……」

「アレグラ。それ以上言うんじゃねぇ!」

「だってぇ……」



珍しく本気で怒った兄を前に、アレグラは口を閉じた。

深夜の森に気まずい空気が漂う。

季節の虫や動物の鳴き声が、それを際立たせている。



「早合点すんな。何もせずにじっとしてる訳じゃねえよ」

「……何すんのさ?」

「相手の主戦力を削る」

「だから、何すんの!?」

「魔王の手下を皆殺しにする」



アレグラの顔が途端にほぐれた。

求めていた答えに近かった為だ。

まるでさっきまでの言い争いを忘れたように、兄の腕に飛び付いた。



「ねぇ、いつやるの? 今日? それとも明日?!」

「魔王が不在になったときだ。そうしたら、オレのこの能力を活かす」

「うんうん、にいちゃんにはその能力もあったね! そっくりだよ」

「だろ? ここまで似てりゃ、手下どももコロッと騙されるだろうよ」



兄妹の楽しそうな声が響き渡る。

だが兄の姿はそこには無く、魔王アルフレッドとアレグラがはしゃぐだけだった。




ーーーー

ーー



夕暮れ時。

豊穣の森にジンとアレグラは現れた。

魔王が数日不在にすることは既に調査済みであった。



「作戦は単純だ。オレが魔王の姿で潜入する。油断している配下の女3人を行動不能にする。あとはわかるな?」

「うんうん、もっちろん!」

「じゃあ行ってくるからな。ちゃんと隠れてろよ」

「わかってるって!」



姿をアルフレッドに変えたジンが魔王の住処へと向かった。

顔立ちから服装に至るまで、見分けがつかないほどの完璧な変装であった。

長年連れ添った3人は、果たして見破る事ができるのだろうか。



「あら、アルフ。随分早かったのね。明日か明後日の帰りだと思ってたわ」



リタは来訪者を、別段構えること無く迎えた。

ジンは普段の彼女を知らないが、成功の手応えを感じ、演技を始めた。



「そのハズだったが、ちょっと予定が変わった」

「そう。お風呂沸いてるわよ」

「わかった。入らせてもらう」



ジンは少し視線を迷わせながら脱衣所へ向かった。

ボロを出さずに済んで安堵の息が漏れる。

シャツを手にかけた瞬間、廊下が急に騒がしくなった。

誰かが全速力で走ってくる。


……まさか、もう看破されたか?


ジンの背筋に冷たい汗が流れる。

大狐が相手とはいえ、ここまで早く見抜かれるとは予想外であった。



「ちょっと、どういう風の吹き回し?!」

「なんだよ……オレが何かしたか?」



脱衣所に現れたリタは驚愕の顔だ。

ジンは脱いだシャツに隠すようにして、静かに攻撃準備に入った。



「だって、服なんかいつも廊下で脱ぎ散らかしていくじゃない。今日はちゃんとカゴを使ってくれてるのね?」

「……はぁ?」

「驚かせてごめんなさい。今後もお願いね」

「お、おう。任せろ」



フゥ……。

再び一人になったジンは、さらに深い安堵の息をもらした。

魔王は自堕落な男と聞いていたが、ここまでとは想定外であった。



「偽物にマナーで負けるとか、バカかよ」



湯船に浸かって気が緩んだのか、迂闊な呟きが漏れた。

幸い周囲に人の気配が無かったので企みがバレる心配は無い。



「大狐、魔人、人族の順かな。かけやすさから考えて」



標的の顔を思い浮かべつつ、シミュレートを繰り返す。

彼にとってリタが最難関であった。

だが最初の関門さえ越えてしまえば、あとは容易いとも考えていた。



ジンは風呂から上がり、新しい服に袖を通す。

それからリビングの方へと向かった。

そこには第2の標的、魔人アシュリーが居た。

まだ警戒はされていないらしく、親しげな声がジンにかけられた。



「アルフー、戻ったんですね? はい、コレ」

「なんだ、紅茶か?」

「いつぞやの頼まれものですよ。さっき出来上がったんで早速用意しました」

「そうか。ちょっと忘れちまったが、なんの頼み事だったっけ?」



ジンはカップを口につけて一口飲んだ。

特におかしな所の無い、普通の紅茶である。

茶葉の買い付けでも頼んだ、くらいしかジンには予想がつかなかった。



「猛毒ですよ、飲んじゃいけない系の。しかも3種類配合の欲張りセットです。それをこう、まじぇまじぇしときました」

「ブフーッ!」



口に含んだ紅茶が飛び散った。

アシュリーの顔めがけて、盛大にである。



「うわっ!? 何するんですか! そういうプレイはムード作ってからじゃないとトキメキませんよ?!」

「お前! いきなりなんてモン飲ませんだよ!」

「アルフが頼んだんじゃないですか! 『自分の毒耐性の性能を知りたい』とか言って!」

「うぐ……。とにかく今日はいらん! 調子が悪いんだよ」

「そうですか。それ先に言ってくださいよね。お風呂入んなきゃ……」



ナチュラルな展開で殺されかけたことに、ジンは少なからず戦慄した。

伊達に魔王軍を名乗ってはいない、生半可な連中ではないのだと思い知る。

作戦の難しさを再認識し、リビングへと向かった。



「アルフ、ちょっといいか?」

「……エレナ、か。何か用か?」

「新しい技の開発に煮詰まっててな。協力して欲しいんだ」

「それくらいなら構わんぞ」

「じゃあ、修練場に行こう」



陽が落ちて暗くなり出した中で、エレナは案内した。

ジンにとっては絶好のチャンスである。


ーー予定から外れるが、逃すには惜しい好機だな。


家から離れるほど騒ぎが気づかれにくい。

それは魔法による攻撃でも変わらない。

ましてや魔法の発信源が修練場とあれば、どうとでも誤魔化せる。


ーーアレグラは、着いてきてるな。


ジンは視界の端に仲間を捉えつつ、前を歩く背中を追い続けた。

そして、広場で足が止まる。

家から程よく遠く、見通しも悪い場所だ。

邪魔者の入る余地は一切ない。



「ご足労すまなかった。じゃあ早速だが……」

「そうだなぁ。さっさと用を済ませちまおう」



ニタリとジンの顔が歪む。

右手には魔力が十分に籠り、あとは発動を待つばかりだ。


ーーまず、一匹。


腹で勘定をしたその時。

エレナの手が煌めいた。

その光は美しい程に白く、見るものをひととき魅了した。


ーーこれは……見てちゃダメだ!

 

妖狐の本能が危険を告げる。

咄嗟に後ろへと倒れることで、光から逃れた。

輝いたのはエレナの愛剣だった。

月明かりが反射しただけである。



「……うん? なぜ避けるのだ?」

「なんでって、当たり前だろう!」

「いやいや、いつもの威力テストだ。その身で確認してくれ」

「ふっ、ふざけんな!」



実際、これは普段通りである。

魔力で守られているアルフレッドには、その刃が届くことは決してない。

ただその時に魔力を消費するので、その消費量が良い指標となる。


もちろん偽物のジンにそんな芸当はできない。

打ち所が悪ければ即死である。



「クソッ 付き合ってられるか!」

「おい、どこへ行く?」



たまらずジンは逃げ出した。

正体がバレるのも時間の問題となったからだ。

作戦変更を余儀なくされ、家の方へと一直線に駆けていった。


ーーこうなったら強行する! 警戒される前に魔法をかければ……。


そう思ったのも束の間、ここで新たな問題が起こる。



「アルフー、ここに居たんですね?」

「……魔人?!」

「さっきの毒入り紅茶ですけど、明日には弱まっちゃうんですよ。だから今飲んじゃってください」

「え、ちょっと……」

「はいはーい。グッと。ググゥーッといっちゃいましょ!」



行く手に現れたアシュリーが、先程の紅茶を手渡してきた。

毒耐性の無いジンにとって、これも即死レベルである。

背後からは剣を構えたままのエレナが迫り来る。

それは意図せぬ挟み撃ちであった。



「アルフ、ちょっと気になる事があるんだけど」

「今度はなんだ?!」



アシュリーの背後にリタが並んだ。

状況は突如3対1となり、チャンスがピンチとなってしまった。



「さっきから、何だか妖狐の気配がするのよ。近くで見かけなかった?」

「なッ?!」



ジンはその言葉を聞いて、反射的に魔法を繰り出した。

黒い風、彼特有の精神魔法であった。

十分な魔力を練れなかったこともあり、目眩まし程度の効果しかなかった。

だが、逃走には十分な時間である。

ジンとアレグラはその場から逃走した。



「あれ? アルフはどこですか?」

「んーー。変ねぇ。何か魔法を受けたような……」

「む? 2人とも、アルフを見かけなかったか?」

「さっきまでここに居たんですけどねぇ」



文字通り、狐に化かされた気分の3人はしばらく困惑していた。

それから話し合った結果『アルフはお疲れ気味』という結論に至った。



後日。

本物のアルフレッドが帰宅した。

そこで彼はささやかな変化を感じることとなる。


脱ぎ散らかした服に対し、見に覚えの無い引き合いを出され。

頼んでいた毒については納期が延期され。

さらに剣術の相手は、普段の倍の時間を要した。


腑に落ちないアルフレッドは3人に都度抗議した。

彼女たちの返答はというと、判で押したように同じであった。



「あの晩の事、忘れたの?」と。

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