2ー16  リタ先生にオマカセ

まおダラ the 2nd

第16話 リタ先生にオマカセ




「トェエーイッ!」

「とぇえーいッ!」

「……とぇえーい」

「ダメよアルフ。照れてちゃ意味無いわ」

「分かっちゃいるがよぉ……」



豊穣の森の修練場。

今日は子供たちに混じって、大人勢も参加している。

何をしているのかと言うと、話は半日前に遡る。



ーーーー

ーー



「黒い風?」

「そうなんだよ。妖狐のヤツが使ってきたんだ」

「体が動けなくなる……。ごめんなさい、私も詳しくは知らないわ。きっとユニーク魔法でしょうね」

「そうか。リタも知らねえか」



あの妖狐の放った魔法らしきものだが、あれは危険だった。

短い間とはいえ体の自由が奪われてしまう。

何か対策を練らなければ、こちらの足元を救われかねない。

解決の糸口をリタに求めたが、そんな魔法は知らないと言う。



「でも、効果からいって精神魔法よね。それなら対策ができるわよ」

「本当か? そいつを教えてくれ!」



リタは精神魔法の一種である『幻術』の使い手だ。

世間では攻撃魔法を使えるヤツは多いが、精神魔法を扱えるというヤツはとても少ない。

そのため、対策が確立されていないというのが現状だった。



「そろそろお勉強の時間ね。丁度良いから子供たちにも教えちゃいましょ」

「それは助かる。早速修練場に行くか!」



そして集められた森の仲間たち。

シルヴィアなどは珍しい授業を受けられるとあって、興奮しきりだ。

リタはオレたちの前に立ち、咳払いをしてから講義が始まった。



「じゃあ早速、対処法だけど」

「リタ、待ってくれ。そもそもあの攻撃はどういう理屈なんだ?」

「……小難しい話になるわよ?」

「まぁ、試しに聞かせてくれ」

「えっと、ラナとマナを第一元素とした空(くう)でない集合をそれぞれX、Yとするわね。任意の元Xaに対し常に結び付くYbがあるとして……」

「おっ、そうか。理解が及ばないことを理解したぞ」

「うんうん、そうよね。知ってたわ」



ンフーと鼻息で語るリタ。

そのモコ風のリアクションやめろ。



「簡単に話すと精神魔法っていうのはね、胸の奥にある命の根元である『魂』と思考を司る『頭脳』の繋がりを遮断して、一時的に乱すものなの」

「ふぅん。だから気落ちしたヤツとかに効きやすいのか」

「そうね。例のユニーク魔法はさらに強力みたいだけど」

「そうですねー。せっかく優勢に立てたのに、私たちはキッチリ食らっちゃいましたもんね」

「じゃあしっかり対策を覚えないとね」



そう言ってリタは胸の前で印を結んだ。

オレたちも見よう見まねで結ぶ。



「いい? お腹の底に魔力を集めるイメージをしながら、こう唱えるの」



これはもしや詠唱を教えてくれるパターンか?

とうとう憧れの格好いい呪文とか覚えられるかもしれない。

そう思うと胸が熱く……。


「トェエーイッ!」


ならなかった。

ヨイショォーとかトェエーイとか、オレの戦闘シーンはなぜこうも華が無いのか。

まともな訓練を受けてこなかった報いにしても、もう少し縁があっていいと思う。



そして、話は冒頭に戻る。

印を結んでは、ひたすら「トェエーイ」と叫ぶ訓練だ。

これで本当に効果があるんだろうか?

実感が今一つ伴わない。



「じゃあ次は実践ね。私が強めに幻術をかけるから、今ので抵抗(レジスト)してね」

「リタ殿、幻術にかかるとどうなってしまうんだ? どれ程の隙が出来てしまうかを確認したいのだが」

「その辺も気になるわよね。実際に見せてあげるから、それを見て勉強してね」



そこで連れられたのは人族の爺さんだ。

頭も髭も白い年寄りだが、目には不敵な色が輝いている。

一体何者なんだろうか?



「このお爺さんは性欲が強いらしくてね。街のみんなも困ってるの」

「はじめまして、魔王軍の皆様。今日も性欲がたぎっております」

「もう手がつけられないから一度懲らしめて欲しいって頼まれてね。だからきつめの幻術をかけて、しばらく大人しくしてもらおうと思うの」

「巨乳も貧乳もいけます。年齢も10歳から80歳までが守備範囲です」

「さっきからとんでもねぇ事を口走ってるぞ。幻術じゃ罰が足りないんじゃないか?」



ほんの1、2年後にはシルヴィアたちも対象者にされかねない。

いっそ黒龍で焼き払った方が世界平和の為になる気がする。



「まぁ、今回は幻術にしておきましょ。じゃあいくわよ」



リタの幻術が発動した。

淡い光に包まれた爺さんは、目を見開いたまま硬直する。

そして視線を宙に漂わせ、口はだらしなく開かれ、うわ言を呟き始めた。



「おおお……美女が! あらゆるバストサイズの揃った美女の集団がぁっ!」

「うわぁ。この爺さん、すんごい幻見てますよ。どんだけピンクな頭してんですか……」

「いい事? 幻術にかかるとこうなっちゃうからね?」

「こうなっちまうのか?!」

「じゃあまずはアルフね。エィ!」

「バカ! まだ準備が……」



……ん?

どうなんだ、オレはかかっちまったのか?

体感としては特に異常は無いんだが。



「アルフ。それじゃだめなの。完全にかかっちゃってるなの」

「あれ、シルヴィア。そこにはリタが居たハズじゃあ?」

「アルフ、失敗してるぞなの。油断は良くないぞなの」

「あれれ? なんかエレナっぽい声になってないか? それはそれで悪くないが……」

「あらーなの。こんだけ強くても精神魔法の耐性はまた別口なんですねーなの」

「あれあれ? 今度は翼なんか生やしちゃって! そうか、とうとうシルヴィアたんは天使さんになっちゃったんだね?!」



アハハハ、なんて素晴らしい世界なんだ!

ここにもそこにも、木の枝の先にも雲の上にもシルヴィアが!

たっくさんのシルヴィアがオレを見てるぞ!

アッハッハ、アッハッハァーッ。



ーーーー

ーー



「どう、落ち着いた?」

「なんとか。オレ、どうだった?」

「どうしても知りたいなら教えてあげるけど……」

「やめておこう。知るのが怖い」

「賢明な判断ね」



それからも実践は続けられた。

アシュリーはもちろんエレナも、子供たちでさえ抵抗に成功していた。

立つ瀬が無いってのはこの事か。


まぁ、オレの場合は不意打ちだから仕方ない。

2巡目はオレも成功したし。

だからあの醜態は白昼夢か何かだ、みんなもそう捉えてくれることを願う。



「精神魔法はね、かかる前に防ぐのが一番効果的よ。異変を感じたらすぐ行動してね」

「でもなぁ、印を結ぶ余裕があればいいが。咄嗟にそれが出来るかどうか……」

「それなら大丈夫よ。印なんか要らないし」

「はぁ? じゃあ何の意味があったんだ?」

「雰囲気よ。実際は気を強く持てば防げるわ」



結局は根性論かよ!

だったら最後の一言で話は済んだだろ!

爺さんはともかく、オレはかけられ損じゃねえか!


ちなみにその爺さんは、三日三晩にわたって架空の女たちと戯れたそうだ。

それですっかり味を占めたらしく、たびたびリタの元に訪れるようになってしまった。

そのまま幻の世界の住民になっちまえよ。


この老人を世に放っておけば、必ずや災いとなるだろう。

この時の予感が確信に変わるには、もう少し時間を待つことになる。

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