2ー15  異端の力

まおダラ the 2nd

第15話 異端者の力




「いってぇ……。まさかここまで早く邪魔が入るとは」



亜人の青年はすぐに起き上がった。

あの巨体による体当たりを受けたにも拘わらず、ダメージは無いように見える。



「む……。妖狐ごときが、我が攻撃を耐えただと?」

「その辺のやつらと一緒にすんなよ。つうかさ、こっちには人質が居るんだぞ?」

「あやつの申す通り! 魔獣の主よ、手出しはならんのだ!」

「問題ない。そうであろう、賢人殿?」



グニャリと魔獣の口元が歪む。

時をおかずに、槍状の木の根が亜人の2人に突進した。

それは難なく避けられてしまったが、その隙に人質には半球に象(かたど)られた膜のようなものに包まれた。

あの光は魔防壁であろう。



「ったく……この超絶美少女アシュリーたんたんに命令とか。最近の犬は躾がなってませんね」

「気分を害されたか、失礼した。だが、それと美少女は関連性がない……」

「あー、もう! 気安く話しかけないでください! 私はあの時の恨みを忘れてないんですからね?」

「心当たりがないのだが……。恨みとは何処で買うか分からぬものだな」



魔獣に続き、アシュリー殿まで駆けつけてくれた。

彼女は魔法に精通しているので、この場に、やって来てくれた事は心強い。

いきなり魔獣と口論を始めたのは不安であるが。



「チッ。魔人の鳥女まで来やがったか。面倒だな」

「にいちゃん、やっちゃおうよ。アタシらなら殺せるって」

「そうだな。2対2なら簡単に……」

「残念だったな。3対2だぞ」

「なんだとッ?!」



魔王殿が向こう側から現れた。

形勢は一気に逆転し、見事に挟み撃ちの形となった。



「イタズラ小僧どもが。随分と悪知恵が働くようだが、ツメが甘ぇんだよ」

「アハハ、こりゃ分が悪いな。今回は手を引かせて貰うか」

「逃がすとでも思うか? オレたちはそんなに優しくは……」

「アンタらはそうするよ。おめおめとな」



亜人の男が両手を左右に開き、叫んだ。



ーー黒き風よ、敵を飲み込めッ!



辺りに漆黒の風が吹き荒れた。

それを身に受けた私は、途端に体の自由がきかなくなった。

先程と同じように、私はもちろん、この場にいた全員が黒い光に包まれてしまった。



「なんだこれ! 体が動かねぇぞ!」

「やっべぇ。この妖狐はユニーク持ちですよ!」

「じゃあな。森の愉快なお仲間さん。オレの名はジンという。覚えておけ」

「アタシはアレグラだよ。忘れんなよー!」

「クソッ! 待ちやがれ!」



魔王殿の縛めはすぐに解けたようだ。

森の奥に消えた2人を追跡に向かった。

少し遅れてアシュリー殿と魔獣も追いかけた。


だが、間に合わなかったようだ。

悔しさに顔を滲ませながら、みなが帰ってきた。



「完全にしてやられた! あいつらを野放しにするのは危険だっつうのに」

「こうなったら仕方ないですよ。今は瀬戸際で防げたことを喜びましょう?」

「主よ。力のぶつかり合いを避ける分、大狐よりも厄介な相手と言えます。腰を据えてじっくりと対処すべきでしょう」

「そうだ……な。お前らの言う通りだ。みんな良くやってくれた。セロもお手柄だぞ!」



こちらに視線が集まった。

適切な言葉が見つからず、すぐに反応ができない。

無様に言いなりとなっていた私に、どんな手柄があると言うのか。



「あの、私は……何もできませんでした。子供たちを救出することも、あの輩どもを撃退することも」

「何言ってんだよ。ヤツらの企みを全て潰せたんだ。お前は一番の功労者と……」

「そのようなことは、決してあり得ませぬ!」



私の震える手が手帳を握りつぶしていた。

コロナの人々に謂われ無き罪を擦り付けようとした、おぞましきもの。

愛用の品であったが、今となっては憎悪の対象でしかない。



「私は踏みにじろうとしたのです! 人々の平和への望みを裏切ろうとしたのです! 武器を取って抗うどころか泣き腫らすだけ! 私に罪はあれど、功労者などと!」

「いいんだよ、それで。何も間違ってない」

「……え?」



聞き間違いなのだろうか。

私の罪を断じるどころか、肯定されてしまった。

恐る恐る魔王殿の顔を見ると、彼は肩を竦めていた。

静かに吐き出された溜め息は「何も分かってない」と言いたげである。



「あの状況でお前に出来たことは、時間稼ぎだ。引き伸ばしまくって援軍を待つこと。それがちゃんと出来てたじゃねぇか。ちなみに次善の策はお前だけ逃げること、悪手は無謀な突撃だ」

「しかし、私は亜人たちを裏切ってしまいました。自分の誇りを投げ捨ててしまったのです」

「いいんだよ、誇りなんざ捨てちまって。一時失っても、生きてりゃ挽回できるんだ。死んじまったらそれも出来ねぇからな?」



確かに、正論のように聞こえる。

命をかけてでも国と誇りを守れ、と育てられた私には望外な言葉であった。



「そもそもな、今回の騒動はオレのせいでもある。妖狐への対策が遅れてしまったからな。相談しようと思っていた矢先の出来事だったんだ。すまなかった」

「なんと……そのようなお言葉はお止めください!」

「いや、詫びさせてくれ。間違いなくオレの怠慢だったんだ。済まない」



静かに頭が下げられた。

普段の自信に溢れた姿とは程遠い姿だ。



「どうか頭を上げてください。魔王殿には返しきれぬ恩義があります。この程度の事で詫びられてしまっては、私の立つ瀬がございません」

「そうか……。まぁ、オレの気持ちが伝わったなら十分だ」

「我らは一度本国に戻ります。子供たちを帰してやらねばなりません」

「わかった。メリッサにはオレから伝えとく」



あの時の選択が正しかったのか、誤りだったのか。

今の自分にわかるはずもない。

わかっているのは、自分も子供たちも生きていること。

震える手から伝わる確かな体温だけが、私に生きる意味を与えてくれた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る