2ー14  謀略を防げ

まおダラ the 2nd

第14話 謀略を防げ



「クソッ。どこにいんだよ!」



グランは平地が少なく、山が多い。

低空飛行で滑空しているが、目視で見つけることは難しいだろう。

洞窟や廃屋にでも隠れていたら、空から見つけ出すことは困難だ。

かといって徒歩で歩き回るゆとりもない。


これだけ広範囲を探すとなると、やはり空から魔力探知に頼るしかなかった。



「……反応はねぇか。戦闘でもしてりゃあ分かるんだが」



さっきから空をグルグル回ってはいるが、手がかりのひとつも見つからない。

いっそ地上に降りた方がいいんだろうか?


グラン周辺は騎士団らしきものたちが捜索をしている。

街周辺は連中に任せて、遠方から探した方が良いかもしれない。

オレは国境付近まで移動した。


開発の手が伸びていないのか、グランから遠ざかるほどに森は深くなる。

より注意深くなる必要がありそうだ。



「こんなとき誰かの手助けがあれば……あっ!?」



すっかり忘れてた。

あいつ居たじゃん、手下もたっくさん居るじゃん!

長らく顔を合わせてなかったから完全に忘れてたぞ。



「出てこい、ワン公ォ!」



オレがそう叫ぶと、巨大な狼がすぐに駆けつけた。

今日ほど頼もしく感じた日はないぞ!

……いや、2回くらいはあったか?

それはともかく、尻尾を高速にスイングさせるグレートウルフ・ロードに命令を出した。



ーーーー

ーー



あぁもう、面倒ですね!

こうもアッサリ拐われるなんてだらしない。

ニンゲンどもを一列に並べて、痛烈なビンタをお見舞いしたいですよ。



「うーん。反応がメチャクチャ薄い。グラン北、いや北西ですかね?」



妖狐の気配は感じるんですが、恐ろしくか細いものです。

鼻炎の中で食べ物屋を探すようなもんですよ。

食べ物屋とか考えてたらお腹空いてきましたね。

肉食いたいっす。



「とりあえず、北西の方に行ってみますか」



正直乗り気じゃありません。

妖狐はたいして強くないですが、不思議な能力を持ってたりします。

1人だけで立ち向かうなんて、ちょっと、かなり絶対嫌ですね。

見つけ次第、アルフを呼ばせていただきますか。




ーーーー

ーー



「セロ様、続報です! 誘拐犯は北へ移動中とのことです!」

「わかった。引き続き通信があれば報告するのだ」

「ハッ!」



本国より魔道具を介して続報が届いた。

北ということは、私が一番に遭遇するかもしれない。



「敵は近い。油断するな!」

「セロ様、あちらから子供の声が聞こえたような……」

「む? 確かに人が通った後があるな。それに1人ではない」



足元の雑草が踏みしめられていた。

それは獣道となっており、森の奥へと続いていた。

折れ曲がった草がゆっくりと戻ろうとしていることから、時間はそれほど経っていないようだ。



「この先かもしれん、警戒しろ」

「ハッ。付近に十分注意します!」



これが本当に獣道であったなら無駄骨だろう。

だが他に手がかりが無い以上、無視するわけにはいくまい。

我々は文明の光の届いていない森を進んだ。


配下の兵の息遣いが荒くなる。

疲れではなく、プレッシャーからであろう。

コロナに着いた当初は丸腰であったが、今現在は剣を身に付けさせている。

それでも戦闘をするには軽装過ぎた。

本国に帰還する猶予が無かったことが悔やまれる。



「やぁやぁ、いらっしゃい。お久しぶり、と言った方が正しいかな?」



少し開けた場所に出たとき、頭上から声をかけられた。

まだあどけなさの残る青年だった。



「久しぶりとな? そなたと面識があったか?」

「そっか。あのときは変装してたっけ。気づかなくても当然だよねー」

「すまないが、我々は急いでいる。雑談であればまた後日に……」



私の口はそう動いたが、右手は剣の柄に伸びていた。

尋常な者ではない事を直感で理解していた。

気配を察した兵が前を塞ぐように歩み出る。

そして詰問するような強い声が、前衛の兵から投げかれられた。



「ここで何をしている! 貴様1人だけか? もしや誘拐犯の一味か?!」

「やれやれ。口はひとつしかないんだよ? そんな一度に質問しないでよね」



その青年は木の枝から地に降りた。

並みの身のこなしでないことは容易に理解できた。

そしてもうひとつ違和感に気づく。

彼の耳は人間のものとは違う。

黒い毛の生えた、動物の耳であった。



「まぁ、正解だよ。ガキたちを拐ったのはオレたちだ。そこの茂みの向こうで仲良く人質やってるよ」

「よくもまぁヌケヌケと。もう逃げられんぞ!」

「逃げる……だって?」

「……いかん! 一旦下がれ!」



私の命令は間に合わなかった。

青年の気配が突然おぞましいものとなり、彼の両手がこちらに伸ばされた。

すると前衛の2人は黒い光に包まれ、膝を折って倒れてしまうのだった。



「調子に乗るなよ、数が多いだけのクズどもが! オレがお前らから逃げる訳ないだろ!」

「セロ様、お逃げを……。体が、動きません……!」

「おい、しっかりするのだ! 気を強く持て!」

「ふふん。王子様は逃がさないよ。せっかく誘き寄せたってのに、おめおめ帰す訳ないだろ?」

「なんだと? それは一体……」

「わかんない? まぁ、ちょっとだけ教えてやるよ。お偉いさんのガキだけじゃちょっと弱くてね。だから王族にも死んでもらいたいんだよね」



まるで『ちょっと塩を貸してくれ』とでも言うような気軽さで、青年は言った。

罪悪感の欠片も無い、明るい声である。



「誘き寄せた、と申したな?」

「そうだよ。お前らが魔道具に頼って連絡を取る事は予想できた。だからオレの能力で、報告の内容をいじくったって訳」

「そんな話、聞いたこともないぞ!」

「知るかよ。オレにはできるんだからさ。あまり交信しないもんたから焦ったけどね。思いの外絵図通り動いてくれて良かったよ」



どうやら嘘では無いらしい。

それが事実であれば、目の前の青年は底の知れぬ化け物という事になる。

私は諦め半分の気持ちで問いただした。



「子供たちは生きておるのか?」

「もちろん。人質を簡単に殺すヤツは三流だよ」

「口だけでカタを着けようとするのも三流であろう。証拠を見せるのだ」

「アンタも口が減らないね。アリィー! ガキどもを連れてこい」

「あいよ、にいちゃん」



奥からもう1人現れた。

今度はさらに幼く、少女としか言い様の無い姿だ。

そして現れた人間の子供たちは、確かに見覚えのある者たちだった。

公爵家の三男に伯爵家の姉妹など、国の重鎮の子供ばかりだ。



「殺さぬ所を見ると、我らの報復を恐れているのだな? 今すぐ解放すれば私が王にとりなしを……」

「アッハッハ! 世間知らずもここまで来ると立派だなぁ。オレたちがニンゲンを恐れるだって?」

「違うと申すか? ではなぜ生かしておるのだ」

「そりゃね、こうするためさ」



公爵家の息子に鋭い爪が突きつけられた。

恐怖に縛られており、悲鳴をあげることすら出来ていない。



「王子様よ、お前を確実に殺すためさ。もちろん、お前が逃げたらコイツらに用は無い。皆殺しさ」

「ヌゥゥ……。なんという卑怯で悪辣な手段かッ!」

「卑怯? 違うね、お前らが甘っちょろいんだよ。使える手は何でも使うのが生存競争だろ?」



さらに近づく鋭利な爪。

そして、ひきつったような叫び声。

もはやこれまでだ。

私は手にしていた剣を地面に放り投げた。



「わかった。そなたにこの首をやろう。だが、子供たちは解放してくれぬか?」

「ふぅん。アンタが一筆残すって言うなら、子供たちは解放してもいいよ」

「何と書けばよいのだ?」

「自分は思い違いをしていた。亜人たちこそ人族の敵である。私の無念を晴らしてくれ……なんて文面を書いてくれよ」

「なっ!? そんな心にもないことを書ける訳があるまい!」

「嫌なのか? まぁ別にオレは構わないけどさー」



泣き続けて生気の抜けた子供の顔。

狂おしいほどに愛しい、メリッサの顔。

藁にもすがりつかんばかりの、目の前に並ぶ子供たちの顔。

最近ようやく馴染んできた、亜人の子供たちの笑う顔。


それらが大きく私の心をかき乱し、思考を混沌へと誘う。

打開策も、善後策も何も浮かんでは来ない。

そして、私はとうとう手放してしまった。



「いいだろう。私の手帳に書くことにする」

「へぇ。やっぱり自分の種族が大事かい。やっぱり血には勝てないんだねぇ?」



胸元から手帳を取りだし、最後のページに一字一字記していった。

悔しさのためか、恐れのためか、指が震えて文字は大いに乱れた。

涙が自然と溢れていく。

それが紙を濡らし、一層汚れた遺書となってしまった。



「書き終えた。子供たちを今すぐ放すのだ」

「慌てんなよ。まずはその手帳を……グハッ!?」



何が起きたというのか。

突然男が吹き飛んだ。

一頭の巨大な獣が私の前に現れた。



「魔獣だと?! 何故、私を!」



その城壁とも見紛う巨体は、我々を守るように前方を塞いだ。

これは恐らくグレートウルフ。

さらに言えば群れの主であろう。

それが何故私を庇うのか、全く心当たりがない。



「人族の王子よ。我が主の命により、そなたに助力する」



魔獣が喋った。

意思疏通のできる魔獣は雑多なものとは違い、極めて高位の存在である。


「助かった……のか?」


その声に魔獣は答えない。

だがその背中が、何よりも雄弁に語っているのだった。

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