2ー13  ふたつの影

まおダラ the 2nd

第13話 ふたつの影



「にぃちゃーん。ヒマだよぉ。退屈だよぉー!」


町外れの小高い丘。

そこに若い、というよりはまだ幼い兄妹が座っていた。

兄の方は10代半ば、妹の方は10を越えたくらいの年齢に見える。


その兄の方はというと、何やら熱心に街を眺めている。

それとは対照的に、暇を持て余し続ける妹。

返事すら返ってこないせいで、少女の語気は強くなる一方だ。



「ねぇ! にぃちゃんってば!」

「黙ってろ! 見張りに気づかれるだろうが」

「だってずっとじゃんー。もういいでしょー?」



このやり取りが昼間の事であれば違和感は無い。

だが今は、酒場ですら閉まっている深夜である。 

この時間に街中で起きているのは、見張りの兵士くらいであろう。



「大きな事を成すには情報が要るんだよ。また失敗したくないだろ?」

「そりゃそうだけどさ。地味すぎてつまんない! パパッと5、6人殺すだけで終わりにしようってー」



妹の尖った獣耳が苛立たしげに動く。

気の置けない兄に対して、取り繕う気は無いようだ。



「そんなんだから、あのマヌケな王子すら手玉に取れなかったんだろ? せっかくあと一息だったのによぉ」

「だってぇー。魔王なんかが出てくるんだもん。そんなの聞いてないよぉ」

「ったく。本当にムカつくヤツだよなぁ。危険を犯しながらアンチマジックの情報流したってのに」



兄の口からギリリと音が漏れた。

街を凝視する目も自然と厳しいものになる。



「よしよし。粘った甲斐があったな。有力者のガキの波長を覚えた」

「相変わらず変な能力だよなー。ノゾキなんて変態じゃん」

「うっせぇ。その力を元に作戦立ててんだ。文句言うなよ」



憎まれ口を叩けば構ってくれる、そんな目論みは容易くかわされた。

長年連れ添ってきた為か、妹の手の内は知り尽くされている。



「じゃあ、ひとまずお仕事は終わり。飯にすっか」

「えー。今夜やらないのー?」

「ごちゃごちゃうるせぇ。こういうのはタイミングも大事なんだよ」

「にいちゃんはいっつもいっつも! 大人はほんとズルい!」



むくれ顔になりつつも、妹は兄から離れようとしない。

口ではアレコレ言うが仲は良いのだろう。



「アリィ、行くぞ。飯も睡眠も立派な準備なんだからな」

「ジンにいちゃんは口うるさいっ、ジンにいちゃんは口うっさい♪」

「いい加減にしろ、このやろぉ!」

「キャーーにっげろー!」



真夜中に兄妹のジャレ合う声がこだました。

だがそれらの声は、街の方にまで届くことは無かった。




ーーーー

ーー



「アシュリー。お前がコロナを出たとき、街の雰囲気はどうだった?」

「んーーと。セロって王子と7・8人のニンゲンが小屋作って住み着いてましたね。亜人との雰囲気は、ボチボチ。険悪ってほどじゃないですけど、親密でも無かったです」

「じゃあ、順調にいけば仲良くやれそうか?」

「どうでしょう? 何事も起きなければあるいは」



オレはアシュリーとともにコロナへ向かっていた。

ひとまずは様子見の為。

それから、セロとメリッサに警戒を促しておきたかった。

この二人が現在のキーパーソン。

どちらが欠けても和平は成り立たないだろう。



「防柵の外に小屋が見えますよね。あそこにニンゲンが住んでますよ」

「マジかよ……。7、8人って言ってなかったか?」

「そうですよ。相当窮屈な思いをしてるんじゃないです?」



町外れの小高い丘に着いたオレたちは、すぐにその建物を見つけることができた。

小屋と言う表現は的確で、本当にこじんまりとした造りだった。

亜人を刺激しないための気遣いだろうが、あの狭さでは住む側も辛いだろう。

若いやつってのは無茶をしないと気が済まないんだろうか?



小屋の方へ向かうと、彼らは炊事の最中だったらしい。

外で水を汲むもの、薪を用意するものの姿が見えた。

そのうちの1人がセロだった。



「よう、王族にもかかわらず薪割りか。感心だな」

「おお、魔王殿! いつからこちらへ?」

「今さっきだ。ちょっと様子を見にな」

「立ち話もなんですし、どうぞ中へ」



オレはセロの申し出を手で制した。

ここで長話するつもりはない。

用件を伝えたら、すぐにメリッサの方にも顔を出したい。



「どうだ、うまくやってるか?」

「順調、かもしれません。険悪ムードが薄れてきておりますからな」

「そうか。まぁ一歩前進だな」

「次は食事を共にできるよう、頑張ろうと思います!」

「うん? 何の話だ?」

「メリッサ殿との進展について、ですが?」

「聞いたのはそっちじゃねぇよ。ゴシップ目的でわざわざ来るかっての」



こいつの行動原理を忘れていた。

半分は、いや概ねメリッサへの恋愛感情で動いている。

それでも、第一報が男女の話なんて浮わっつきすぎだろ。



「亜人たちとの友好についてですか? それなら進展が見られます」

「それ以外に関心はねぇよ。具体的に言うとどうなんだ」

「挨拶くらいはできるようになりました。また、相応の物を差し出せば買い物もできます。少しずつですが、我々の存在を受け入れてくれてます」

「おお、いい感じだな。引き続き、橋渡し役を頼むぞ」

「お任せください。必ずや友好関係を結んでみせます」



一応は役目を果たしてくれているらしい。

自分の肩書きを鼻にかける事もなく、しっかりと等身大で向き合っているようだ。

ひとまずこっちは十分か。

次はメリッサの所へ行こう。



「じゃあセロ。オレたちは街の方へ行く」

「そうですか。次回はゆっくりとお話ししたいものですな」

「時間があればな。それはそうと、謀略の類いには警戒しておけ」

「謀略、でございますか。 和平の反対派のことでしょうか?」

「いや、もっと厄介な連中だ。妖狐っていう……」

「セロ様! 大変でございます!」



切羽詰まった声にオレの言葉は遮られた。

やってきた若い男は、息も絶え絶えという有り様だ。



「落ち着くのだ。まずは正確な報告をしたまえ」

「本国より危急の知らせです! 貴族の子弟が亜人に拐われたとの事!」

「なんだと?! 亜人にと言うが、コロナに動きはないぞ!」

「詳細は不明です。拐われたのは5名、力を持った亜人によるもの、とだけ知らされております」

「しまった、裏をかかれた!」

「魔王殿! 何か心当たりでも……」

「てっきりコロナが標的になると思ってたが……まさかグランがッ!」



敵の狙いはセロでもメリッサでもなかった。

グランで燻(くすぶ)る亜人への憎悪を焚き付ける事だった。

恐らく反亜人感情を利用して、和平の邪魔を目論んでいるのだろう。

いや、有力者の子供を何人も殺されたとあれば、それだけでは済まないかもしれない。

一気に大戦へと傾く恐れすらあった。



「アシュリー、手分けして探すぞ。必ず妖狐が動いたはずだ。魔力を探知して探せ!」

「了解でっす。アルフはどうするんです?」

「オレも探索に向かう。アシュリーはグラン西部を当たれ、オレは東部を探る!」

「魔王殿。我らも参加いたします」

「わかった。お前たちはコロナから南下しつつ、目ぼしい場所を探せ。相手は弱くはない。グラン兵は一丸になって動け」

「承知しました! 者共、準備致せ!」



本当ならコロナにも救援をお願いしたいが、それは悪手だろう。

もし子供たちの身に何かあれば、メリッサたちに罪を擦り付けられかねない。

敵も中々に痛いところを突いてくる。



「みんな、最優先は子供たちの安全だ。妖狐の撃破は考えなくていい」

「わかりましたー、じゃあ私は行きますね!」

「我々も出ます! お二方もお気をつけて!」



オレたちは一斉にグランの方へ散っていった。

こんなことになるならリタやエレナも連れて来るべきだったか。

だが、今さら後悔しても遅い。

ろくな情報も無しに、オレたちは探しに向かうのだった。

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