2ー9  うちのコロちゃん

まおだら the 2nd

第9話  うちのコロちゃん




犬や猫ってのは1年くらいで大人の体になっちまうんだよな。

オレとしては生後2、3ヶ月あたりが一番好きなんだが、ピークが過ぎるのはあっという間だ。

ちょっとしたきっかけで我が家に迎えた、グレートウルフという種のコロ。

ここに来たときはシルヴィアに抱っこされるくらいに小さかったのに、随分とでかくなったんだよ。


それはもう……本当に。



「でっかくなったよなぁ」

「そうね。本当に大きくなったわね」



窓の外を眺めながら漏れた独り言に、リタが賛同を示した。

その視線の先にはコロと戯れるシルヴィアが居た。



「コロちゃん、おいでー!」

「バゥッ!」



傍目から見ると、子供が熊に襲われているように見えるだろう。

それ程までに両者には体格差がある。



「コロちゃん、お手! おすわり!」

「バゥッ!」



シルヴィアがするどい口調で命じた。

それは惚れ惚れするほど立派な飼い主ぶりで、コロもキビキビとした動きで応える。

その従順さから見て、襲われることなんかは無さそうだ。




「コロちゃん、バクテン! さかだち!」

「ワォンッ!」



その声に思わず二度見をしたが、本当にバク転した後、両前足で逆立ちになっていた。

何それスゲェ。

覚えたコロも、教えたシルヴィアもだ。



「何だよ今の。大道芸でもやっていけるんじゃないか?」

「ねぇアルフ。コロちゃんはこれからも育っちゃうのかしら?」

「聞いた話じゃ『そこまで大きくならない』との事だが……わかんねぇな」



そう言っていたのは親玉であるグレートウルフ・ロード。

平屋くらいの巨体を持つ狼の言葉だ。

あいつの言う『そこまで』はどこまでを指すのか、オレは知らない。



「これ以上大きくなると、家の中に入れないわねぇ」

「そうだな。ちょっと聞いてくる」

「そう。お願いね」



オレは表に居るコロの方に向かった。

その姿を見たシルヴィアたちが駆け寄ってくる。



「シルヴィア、ちょっとコロ借りるぞ」

「うん、いいよー!」



じゃれつくコロを制御しつつ、その額に手をかざした。

久々に使う『相手の心を読む』能力だ。

その瞬間、相手から強い感情が流れ込んできた。



『わぁぁご主人様だ! わぁい、わぁあい! 遊ぼ、たっくさん遊ぼ!』



オゥフ。

随分と熱烈な歓迎だな。

そして図体はでかくなっても、中身は子供のままなんだなぁ。


それはさておき質問をしないと。

オレは手をかざしたまま聞いた。



「お前は今以上でかくなるのか?」



その質問に応じるように、また感情の波が伝わってきた。



『なぁに? 大きくしてくれるの? なりたいなりたい!』



ヤバイ、興味を持たれてしまった!

これを切っ掛けに巨大化でもされたら大変だ。



「違う違う! でかくなられたら困るって言いたかったんだ!」

『そうなんだぁ。たぶん、ここまでだよ。さいきん大きくならないし、首かゆい』

「そうか。自分でコントロールできそうか?」

『んーとね、えーっとね。たぶんできるよ! じゃあ大きくならないね首かゆい、かゆゆゆゆ!』

「わかった、これからもシルヴィアを頼むぞ」

『うん、まかせて! かゆゆゆゆッ!』



額にかざしていた手を、そのまま首に置いた。

確かにノミがチラホラ見られた。

体毛が豊かだから寄生されやすいんだろうか?



「シルヴィア。見かけたらでいいから、ノミが出たら教えてくれ」

「うん、わかったー! ねぇ、おとさんもあそぶの」

「いいねぇ。ノミ取ったら遊ぼうか」

「かけっこするの。いちばん早い子だーぁれ!」



もちろんシルヴィアさ、と思いつつ口には出さない。

そして、コロに小さく耳打ちした。



「コロ、あんま本気出すなよ? どうせお前の方が早いんだろうから」

「クゥゥン」



不満があるのか、情けない声が漏れた。

こいつも子供だからわからんか。

こういうときは本気の勝負を持ち出すべきじゃないことを。

和気あいあいと楽しむのが目的で、意地をぶつけ合うべきではないのだ。


もちろんオレは、シルヴィアのちょい後ろくらいをキープしようと考えている。

コロもそれくらいで走ってくれりゃいい。



「よし、ノミ取り終わり!」

「じゃあ、ここからね。あの森がゴールなの」



シルヴィアが指さした森はそこそこ遠くにあった。

子供の足で走りきれるかどうか、微妙な距離だろう。

その様子からは自信があるみたいだが、お手並み拝見といくか。



「おとさん、よーいドンっていって!」

「わかったよ。よーい、ドン!」



ーードォオン!



オレの言葉と共に、何かが弾ける音がした。

そして突風が吹いて砂ぼこりが巻き上がる。

もしかして誰かの攻撃か?!

シルヴィアは無事なのか!!



しばらくすると視界が開けた。

そこにシルヴィアの姿はない。

コロも同様にだ。



「おとさーん、はやくー!」

「え?」



声の方を見ると、シルヴィアとコロが森の前にいた。

……どういうこと?



「シルヴィのかちぃ! おとさん、おそーい!」



もしかして、今のはシルヴィアがやったのか?

突風を巻き起こすほどの走りをしたと言うのか?

……まっさかぁ。


オレの困惑を余所に、シルヴィアが大声で話しかけてきた。



「そこでまってて。今からそっちもどるの!」

「わかった。転ばないように……」



ーードゥウン!



速い、なんて言葉じゃ足りない。

それは馬やら犬なんかよりもずっと上だ。

小さかった娘が、すぐに大きくなった。

2つの意味で。



「またシルヴィのかちぃ! コロちゃんおなかいたいの?」

「クゥウン」



コロが情けない顔をオレに向ける。

だが、それに構っている余裕はない。



「シルヴィア。いったいその足はどうしたんだ?」

「えっとね。いっつもコロちゃんとはしってたの。そしたらね、いっぱいね、はしれるようになったの」



どうやらコロが良きライバルのようになっているらしい。

コロに出来ることは自分も、という意地だろうか?


そして強化されたのは足だけじゃない。

腕力も、持久力も、瞬発力も、全てが驚異的な成長を見せていた。

普段どんな遊びをしてるんだろう。

……組手とかじゃないよな?



「シルヴィ、いっぱい強くなるの。そしたら、おとさんのおしごと、いっぱいてつだうの!」

「そうかぁ、そうかぁ!」



オレはシルヴィアを抱き上げ、眩しい笑顔に頬を寄せた。

この子は本当に優しい子だ。


コロも嬉しそうに吠えながらオレの回りをクルクル回っている。

いやぁ、我ながら幸せな男だと思うよ。


その一方で『もうちょっとお淑やかになって欲しいなぁ』なんて感じたことは、オレだけの秘密だ。

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