2ー8  想いよ届け


まおだら the 2nd

第8話 想いよ届け




コロナの一室。

執務室と呼ぶには簡素で、狭苦しい部屋の中にメリッサがいる。

右手に魔力を宿らせており、彼女から発した光が室内を薄く照らす。


「ダメ……か」


彼女の詠唱は途中で止まり、魔法は発現しなかった。

自分に課せられた戒めを解こうとしているのだが、一向に成果は見られない。

考え付く手段を連日のように試し、全てが徒労に終わっている。


「せめて、もう少し情報があれば」


彼女にはリーダーとしての責任がある。

一般的な獣人レベルの力しか持っていなくとも、それは関係ない。

自分も含め、亜人たちに一日も早く本来の姿に戻してやりたい。

そう強く願っている。


「次のは、うまくいくだろうか……」


メリッサが別の手段を試そうとしたとき、執務室の扉が開け放たれた。



「メリッサ様! 村外れにニンゲンが来ました! 50人程ですが、魔王らしき人物に率いられています!」

「わかった。動けるものを召集しろ、私も向かう!」



……裏切られたか?

『魔王襲来』との報告に彼女の心は揺さぶられた。

何の利益も求めずに、獣人や亜人を解放した魔王に、彼女は少なくない信頼を寄せていた。

その人物が人族側に立ったとあらば、心境は穏やかでは居られない。



「誇りに殉じるか、生にしがみつくか……」



魔王と戦うことになれば、亜人に勝ち目はない。

リーダーであるメリッサは、全てを天秤にかけて選ばなくてはならない。


深く長い吐息。

そして愛剣を腰に。

悲壮な決意を固め、村外れへと向かうのだった。




ーーーー

ーー



「アルフゥ、本当にこれでうまくいくんですかぁ?」



さっきからアシュリーがうるさい。

コロナに向かうとなった時からこの調子だ。



「アシュリー殿、我らに万事お任せください! 必ずや成功に導いてみせましょう!」

「あぁ……、暑苦しい。勘弁してくださいよぉ」



セロの気合い十分の声から逃げるように、アシュリーは顔を背けた。

作戦ではなく、同行者が気に入らないのかもしれない。

まぁ、セロも旅行前の子供のようにはしゃいでいるから、辟易するのもわからなくはない。



「セロ、わかってんのか? 向こうの腹ひとつで殺されるかもしれない作戦なんだぞ」

「よくよく理解しております。たとえ無様に命が散ろうとも無駄死にではありません! 故郷と愛の為に死ねるのですから!」



若い。

発想がマジで若い。

たぶん頭のなかはメリッサで一杯なんだろうな。

お前を案じる親父の事も考えてやれ、と思う。



「エレナ! オレがここでしんだとしても、むだじゃないんだ。アイのために、しねるのだから」

「あぁ、アルフ。悲しいことを言わないで! 私はあなたと生きていたい!」



さっそくセロの言葉が子供たちに感染した。

シルヴィアとミレイアはセロから新しい語彙を学び続けている。

とりあえず、オレたちをモチーフにするの止めてくんねぇかな。



「魔王殿、コロナが見えましたぞ。外に守備隊が展開しているようです」

「そうか。まぁ予想通りだな」

「では、手はず通りに動きます」

「わかった。びびるなよ?」



セロから号令が飛ぶ。

打ち合わせ通りにその配下が一列に並ぶ。

尻込みするヤツが出ることを心配したが、動きに問題は見られない。



「魔王殿はニンゲンに肩入れするのか! 我らに温情をかけたのは気まぐれだったということか!?」



メリッサが自陣から大声を出した。

そのすぐ後ろには300人程の亜人の兵が集められている。

戦えるもの全てをかき集めたらしい。


それはともかく、何やら誤解を与えてしまったようだ。

早いところ否定しておかないと面倒かもしれない。



「勘違いしているようだが、オレは戦いに来た訳じゃないぞ!」

「戯れ言を! ではそのニンゲンたちはなんだ!?」

「詫びをいれたいって連中だ。聞いてやってくれ」

「そのような言葉を信じられるか! 総員、構えろ!」

「なんだ、お前は丸腰の人間相手に攻撃を仕掛けるつもりか?」

「なんだと?!」



実際こいつらには矢の一本も持たせてはいない。

防具も一切つけさてはおらず、一般人となんら変わりはない。

だから軍属ではあるが、戦闘力は皆無と言って良い。

それは相手にも伝わったらしい。

あちこちで同様が波紋のように広がった。



「セロ、行け。刺激させないようにな」

「わかりました。進め!」



グランの兵たちがセロに連れられてメリッサの方へと向かった。

相手からしたら、さぞや異様な光景だろう。

敵と見定めていた連中が無防備に歩いてくるのだから。

不測の事態に備えて、オレも最後尾を進んだ。



「メリッサ殿、私がわかるか? グランの王子セロというものだ!」

「わかるも何も、その顔は見飽きたわ! 我らの苦痛をつぶさに眺め、つい先日も誘拐を企んだであろう!」

「誤解だ! 私は亜人たちにかけられた魔法を何とかしたかったのだ!」

「口先だけで惑わそうなどと、戦士の風上にも置けん! 正々堂々と武器を持って戦え!」



会話は平行線を辿るばかりで、歩み寄る気配はない。

だがその間もグラン兵は進み続ける。

ある程度まで進んだところで、メリッサが自陣の中から前に出た。

セロと正面から向き合う形となり、遮るものは何もない。


そしてどちらからともなく歩みより、2人は相対した。

数百人の兵たちが固唾を飲んで見守っている。



「亜人たちに対し、心から謝罪する。すまなかった!」



セロが頭を下げて静止した。

それに続いて50人のグラン兵も頭を下げた。

コロナの方からどよめきが起こる。

メリッサはというと、特に驚いた様子ではない。



「ニンゲンの言葉を信用すると思うか? 己の利益のためなら平気で他人を欺く、貴様らの言葉を!」

「確かに人間の中にはそのような者も居る。だが、私は違う! 武器を、怒りをおさめてくれ! 次の世代のためにも争いを終わらせるんだ!」

「その争いの元凶はニンゲンであろうが! それを……それをッ!」



メリッサは勢いよく剣を抜き放ち、セロの肩目掛けて斬り込んだ。

だが、それが振りきられることはなかった。

肩の手前で寸止めの状態になっている。


「世迷い言も大概にしろ。次は本気で行くぞ」

「メリッサ殿。口先だけではない証拠をお見せしよう」

「それは、もしや……!?」



メリッサがセロの手元を見て数歩後ずさった。

亜人の力を封じた水晶。

彼女の悲願の1つとも言えるそれが、今セロの手に握られている。



「これはあなたにお返し致そう。他のものたちの分も用意してある」

「……我らが力を取り戻せば、より大きな脅威となるのだぞ?」

「それでも構わない。もともとはあなたたちの物なのだから。できれば戦いになる前に、私と話し合ってくれると嬉しい」

「なぜだ! 貴様は我らの苦痛を、地獄を嬉々として眺めるような男であろう! それなのに、なぜだッ!」



おっと、ここからは助け船が必要だな。

第三者の立場のヤツのな。

オレは2人のもとへ向かい、間に入った。



「メリッサ、それは思い違いだぞ」

「そんなハズはない。私は収容所に現れるこの男を毎日のように……」

「本当に視察だったんだよ。無茶な扱いをされないように監視していたらしい」

「監視だと?」

「他の国の獣人の収容所なんかは相当酷かったらしいぞ。数えきれないほどの死者も出した。お前のところはどうだった、どれだけの者が命を落とした?」

「それは……」



セロの報告では、死者はほとんど出さなかったらしい。

労働面、衛生面でもっと便宜を図りたかったが、周りの目もあって大胆な事はできなかったとも言っていた。

その報告に偽りは無いようで、証明するようにメリッサは動揺を見せる。

あとひと押しで固い壁が崩れそうだ。



「では、何故ニヤついていたのだ? 本当に視察であるなら、あのように笑うはずはないだろう」

「セロよぉ、本当か?」

「……面目ない。会えることが嬉しくて、顔に出ていたのでしょう」

「はぁ……。メリッサ、その理由は直接本人から聞け。状況次第では教えてくれるだろう」

「私の知らない意図が隠されているのか?」

「さぁな。オレに聞くな。ともかく、水晶を返したら引き返す。お前らも解散しろよ」



一台の荷車が曳かれていく。

荷は麻袋に詰められた水晶が50ほど有る。

思ったより数が少ないのは、何かの折りに使われてしまったかららしい。


その荷車は誰にも邪魔されること無く、コロナの入り口脇に置かれた。

コロナ兵はどうして良いのかわからずに、ただ遠巻きに眺めるだけだった。



「メリッサ、悪いことは言わんから手を引け。そして一度だけでいいから人間と向き合ってみろ」

「そうする事で、再び我らが窮地に陥ったとしたら?」

「その時は豊穣の森メンバーが一丸になって助ける」

「では、ここで誓っていただこうか」

「いいだろう。愛娘シルヴィアに誓って」

「……フフ。アーッハッハ!」



メリッサが突然大笑いした。

人が真剣になっているのに、失礼な。



「そうであった。魔王殿は根っからの子煩悩! ここでもその名が飛び出すとはなぁ!」

「当たり前な事をいうなよ。娘のために生き、そして死んでいく。それが魔王としての生き様だ」

「わかった、わかった。今回は武器を納めよう。それから水晶はありがたくいただこう」

「今後の交渉相手はセロだ。彼と話を詰めていってくれ」

「承知した。それでは私は行くぞ」



メリッサが軽い足取りで自陣へと戻っていく。

その背中をオレとセロは黙って見送った。

小さくなる後ろ姿を見つめるオレたちの目は、きっと意味合いが違うんだろう。

隣に控えているセロは、今何を思っているんだろう。



「そうだ。アシュリーに技術面のサポートを頼まないとな」



オレの仕事はまだ終わらない。

今も不機嫌なアイツに依頼しなきゃならない。

平和を維持し続けるのは、本当に大変な仕事だよな。


グラン兵を引き上げさせながら、オレは残りの作業について考えていた。

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