2ー7  王子の意図

まおだら the 2nd

第7話 王子の意図




「お前……今のはどういう意味だよ」



オレがセロに言えた言葉はそれだけだった。

まさか亜人を助けろ、なんて言われるとは予想外すぎる。


当の本人はというと、狂言でも冗談でもないらしい。

さっきよりも意思の力が強くなった気配すらある。



「謎かけでも何でもありません。私の真意にございます!」

「……まぁいい。順を追って話せ」

「では……。アンチマジックについてはご存じですか?」

「もちろん知ってる。相手の力を奪う魔法だろ?」



それ以上の事は知らないがな。

さらに言えばアシュリーから直前に聞いた情報しかないがな。



「では、被・術者は10年と生きられない事はご存じでしょうか?」

「知らない。それはどういう理屈だ?」

「そもそもアンチマジックとは、相手の魔力総量に制限をかけるものでもあります。壺を魔力の器と例えるならば、中蓋を落とし込むような形となります」

「なるほど。一定量以上溜まらないようにするわけか」

「左様です。ですが、この中蓋は日を追うごとに劣化していきます。その結果回復しようとする力と、封じ込めようとする力が拮抗するようになります」

「そうなのか。となると、いずれは効果が切れる事にならないか?」

「いえ。その2つの力が均一となって拮抗したとき、魔力が体内で暴走してしまうのです。体の臓器に多大な影響を与え、場合によっては死に至ります」



……酷い話もあったもんだ。

亜人たちは寿命までも奪われていたのか。

隣にいるリタから呻き声が漏れた。

同じ亜人として同情しているのだろう。



「我々は魔法を解除する術を知りません。ですが研究を進めれば、いずれ可能にできるかもしれない。そう思いまして……」

「コロナの町に行ったわけか」

「はい。もちろん協力をしてもらえるどころか、追い払われてしまいました」

「……そうか」



そんな意図があったとは知らなかった。

だがそれは、少しばかり軽率だったみたいだ。

これを切っ掛けに連日小競り合いが起きるようになり、両者の緊張は高まり続けている。



「ちょっと気になったんだが、聞いていいか?」

「どうぞ、なんなりと」

「何故そこまでするんだ? 良心が痛んだとしても、お前にとっては他人事だろう」

「……それは、その」



セロが初めて視線を外した。

途端に歯切れが悪くなり、なかなか返答が返ってこない。



「どうした。何かやましい考えでも?」

「いえ! 決してその様なことは!」

「じゃあ話してくれよ」

「……メリッサを、愛しているのです」

「何だって?」

「亜人のメリッサを愛しているのです!」



またまた衝撃発言が飛び出した。

すまん、耳を疑うあまり2回聞いちまったよ。

小国とはいえ、そこの王族と亜人との愛か。

悲恋になりそうだな……。


実際、周りで黙って聞いていた年寄り連中は猛反発している。

さっきまでの大人しさとは別人のようだ。



「セロ様、お気を確かに! よりにもよって亜人の娘にうつつを抜かすなど、祖先に顔向けができましょうか!」

「宰相殿のおっしゃる通りですぞ! 亜人は敵や奴隷には成り得ても、伴侶になど……言語道断!」



その台詞をオレたちの前で吐けるんだから、随分と度胸があるんだな。

いや、頭に血が上って判断力が無くなってるだけか?


それにしてもこの空気。

亜人と仲良くしてもらうには風通しが悪すぎる。

やはり多少の荒療治は必要か?

ある程度の血を流さないと、人は変われないのかもしれない。


そう考えていたとき、グラン王が片手を挙げた。

さっきまで騒がしくしていた連中も、一斉に口を閉じる。



「セロよ。亜人から奪った力は水晶に閉じ込めてあり、それは宝物庫に納められている。持っていくが良い」

「父上!」

「配下も好きに連れていって構わぬが、多勢では警戒される。よく吟味することだ」

「ありがとうございます!」



それを聞くなりセロは飛び出していった。

居ても立ってもいられない、そんな様子だった。

やるじゃん、グラン王。

反対するどころか良判断をするじゃないか。

力でのぶつかり合いをするよりずっと良い。


その代わり、この場は荒れるんだがな。



「陛下! 何という御沙汰でありましょう! グランの歴史を、父祖の偉業をお忘れですか!」

「時代の流れじゃ。人族が居丈高にしていられる時代は過ぎた」

「嘆かわしい。世情の動向に惑わされるなど、神聖グランの名が失墜いたします!」

「では問おう。この亜人との戦いにどれだけの国が協力してくれようか? 大小国いずれも多種族融和策を採用しておるぞ」

「それは、確かに……」



グラン王は随分と鋭いな。

案外、賢王なんて呼ばれてたりするのかもな。

その一方で、家臣の頭の固さ。

その認識の古さは骨董品レベルだ。



「宰相よ、時代は若きものが創るべきである。死に損ないは表舞台に立つべきではない。そうだろう?」

「……陛下?」

「セロの責により、ワシは退位する。王位は太子である第一王子に譲る」

「お待ちくだされ!」

「待たぬ。そして、そなたらも隠居せよ」

「我らも、でございますか?」

「ワシからの最後の王命である。聞き届けてくれるな?」

「……御意」

「長らく大義であった。そなたたちの如き配下を、友を持てた事を幸運に思う」

「勿体なき、お言葉……!」



あちこちから咽び泣く声が聞こえてくる。

特に長く仕えたヤツほど泣いているのだろう。

真顔の老臣は一人として居なかった。



「魔王殿、お恥ずかしい所もお見せしたが、これがグランの決定である」

「ほぇー」

「……魔王殿?」

「ん?! おう、良いと思うぞ!」



いかん、ボーッとしてしまった。

見ごたえがあったからつい、な。



「ワシが自らコロナへ出向く事も考えたのだが……」

「止めた方がいい。相手にとって刺激が強すぎる。第8王子当たりが適任だ」

「やはりな。だが、あの子だけでは不安が残る」

「そこはオレがサポートする。安心してくれ」

「……引き受けてくださるか?」

「問題を解決したいのはオレも同じなんだよ」

「愚息に代わり、感謝致す」



その瞬間だけグラン王は父親の顔になった。

いいじゃないか、このおっさん。

最初こそ苛立たせられたが、それ以外は好感が持てる。



「さて、じゃあオレたちは行くぞ」

「左様か。じっくり話す、という訳にはいかぬのだな」

「また来るさ。その時は、ただのアルフレッドとして」

「フフ……。ワシもその頃はグラン王ではないな。ただの『ナイアス』としてお迎えしよう」

「じゃあな、ナイアス」

「ごきげんよう、アルフレッド殿」



オレはリタとともに踵を返した。

これからが踏ん張りどころだから、気を引き締めていかないとな。



「レジスタリア殿、ご退場~」



またファンファーレが鳴り響く。

扉も閉ざされており、立ち去ることができていない。

やめてくれ、あの別れの台詞のあとは颯爽と行かせてくれよ!


チラリと振り返ると、ギャラリーたちも気まずそうに目を伏せた。

あぁもう、要らん恥をかいた。

形式なんかクソ食らえだこの野郎!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る