2ー6  宗主国の威厳


まおだら the 2nd

第6話 宗主国の威厳




神聖グラン王国。

その歴史は古く、グランニア帝国とプリニシア王国が興隆する以前には、大陸の宗主国として君臨していた。

簡単に言えばみんなの親分だった国だ。


当時の政策は宗教色が強く、祭事と称して多数の亜人を殺し、神に捧げていたらしい。

当然亜人たちとは折り合いが悪く、頻繁に争い事が起きた。

グランが疲弊しきった頃、グランの王子が起こした国がグランニア。

グランニアは瞬く間に周囲の国をてなづけて支配下に置き、帝国の地位を確立した。


それからのグランは没落の一途を辿り、現在はプリニシアの属国のような立ち位置に甘んじている。

歴史の勉強、終わり。



「よりによって相手はグランの連中かよ。めんどくせえな」

「アルフは面識があるって言うけど、どんな人たちなの?」

「尊大で形式重視。かつて大国だった頃の夢を抱いて眠るヤツら」

「んー。大体理解できたわ」



オレとリタはすでに王宮にいた。

謁見の間ではなく、応接の間に。

こちらは散々待たされているが、まだ重役の一人にすら会えていない。


応接の間の次に通されたのは、別の応接の間だった。

その次もそのまた次も応接の間。

もうね、ふざけんじゃないよと。

勿体ぶってるのか知らんが、そこまでお前らは偉いのかと。



「あー、どんだけ待たせんだよ。日が暮れちまうぞ」

「これに何か意味があるのかしら? ニンゲンの考えることは良くわからないわね」



やり場のない怒りと魔力をもて余していると、執事らしき男がやってきた。



「レジスタリアのご領主アルフレッド様。用意が整いましてございます」

「やっとかよ。待たせ過ぎだぞ」

「これは手厳しい……。なにぶん謁見の準備は大がかりですので、どうかご容赦を」

「まぁいい。さっさと連れてけ」

「ではこちらへ」



年嵩の執事が先導するのだが、どうも謁見の間へと真っ直ぐ向かっていないようだった。

遠回りをしつつ、城の意匠やらを自慢しつつの案内となった。

聞いてもいないのに『この造りは』だの、『この絵画は』だの能書きが語られて五月蝿い。

執事は雄弁に逸話を語るが、これら全てお前の物じゃないだろ。

国王の、あるいは王家のものだろうに。



「レジスタリア殿、御登城ぉ~」



ようやく謁見の間についたかと思えば、そこでも待たされた。

重厚な扉によって阻まれている。

衛兵の間の抜けた掛け声に始まり、ドアの向こうからは楽隊のファンファーレが鳴り響く。

もうね、こいつらバカなんじゃないか?

オレたちは遊びで来た訳じゃないんだぞ?



「ゴトージョーって何かしら?」

「配下が親分の所へやってくる、みたいな意味だ。あくまでオレらを家来扱いしたいらしい」

「アルフがさっき言ってた言葉、理解できたわ」

「腹立つだろ? ……ドアが開いたな」



重厚な両開きの扉が衛兵によって開け放たれた。

扉の先もなんというか、コメントに困る光景が広がっていた。


中はとにかく広い。

プリニシアのも広かったが、ここはその倍くらいあるんじゃないか。

足元の真っ赤な絨毯は玉座へと続いているが、その距離も目測するのがバカらしくなるほどだ。

その絨毯の両脇に楽隊に兵士、重鎮らしき連中が並んでいるが、優に百人は越えそうだ。


ぶっとくて高さのある柱には薄絹がかけられており、オレらが近くを歩くとフワリと揺れた。

これに何か意味あんのか?


他にも飾られている大量の花やら、微妙な造りだが高そうな壺やら、指摘しだしたらキリがない。

あちこちに無駄な装飾が施されていた。

この演出のために待たされたんだとしたら、オレの中の暴れん坊がひと騒ぎ起こしてしまうかもしれない。



「レジスタリア殿、そこまで。それ以上進むことはまかりならん」



玉座よりだいぶ離れた位置で止められた。

声を発したのは肩書き付きらしい男。

精一杯ふんぞり反って、値踏みするような目まで向けている。

まだ話し合いすらしてないのに、順調に怒りゲージが溜まっていくな。


それにしてもこの距離で話し合うとしたら、大声を出差なきゃ向こうに届かないだろう。

まさか怒鳴り合いながら話せって言うつもりか?



「陛下との直答は許されておらん。係りのものを通して申されるが良い」



ビキビキッ。

オレの中の暴れん坊が第二段階に突入した。

チラリとリタを見ると、向こうもヒートアップしているようだ。

幻影の狐さんと目線が重なった。



「レジスタリア殿、私がお伝えしますので、お言葉を頂戴します」

「そうかい。じゃあ『亜人の町について話がある』と伝えてくれ」

「承知しました」



伝言係の男が歩いていく。

急いで走るどころか、静かでお上品に歩く。

そこそこ距離があるので、やはり時間がかかる。

そして王から耳打ちをされた男が戻ってきた。



「そうか、ご助力に期待する。との仰せです」



ビキビキビキッ。

この効率最悪な会話はなんだ?

何故第3者を挟む必要があるんだ?

言葉には気を付けろよ、もうオレの中のメーターはマックス寸前だからな?



「戦争を回避するためにも和平の道を探れ、そう伝えてくれ」

「承知しました」



スタスタスタ。

やはり男は急がない。

一定のペースで歩いていく。

そしてさっきと同じように、男は戻ってきた。



「陛下は『できぬ』との仰せです」



ブチンッ。

もう無理。

オレよく我慢した。

リタの方も狐さんが暴れたそうにこっちを見ている。

そのおぼろ気な幻影に、オレはゴーサインを出す。



「ふざっけんなテメエらぁぁああー!」



力の限りの怒声。

闘気を伴った声は風を伴って、辺りのものをなぎ倒した。

柱にかかっていた布はもちろん、左右に並んでいた者さえも吹き飛ばす。



「お前ら状況わかってんのか? 大戦になるかどうかの瀬戸際だぞ?! くだらねぇ事グダグダやってる場合じゃねぇんだよ!」

「見栄をはるのも大概にしなさい。いたずらに大きく見せようとするのは小人のすることよ」

「い、田舎者ごときが……」

「なんか言ったか、アァ?!」

「ヒッ!」



マカリナランとか言ってたおっさんが小さな悲鳴をあげた。

ひと睨みで縮み上がるのだから、大した胆力も無い。

権威のヴェールが剥がされればこんなもんか。


もう「しきたり」なんか知ったことか、直接グラン王と話せばいい。

オレは玉座へ向かおうとした。

だが、おもむろに立ち上がる王を見て足を止めた。



「レジスタリア……いや、魔王殿のおっしゃることはもっともである。そなたらは大人しくしておれ」

「陛下、もしや直答を許されるおつもりで? そのような前例は一度として……」

「黙れ」

「……御意」



老王がゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。

そしてオレの前に立つと、ゆっくりと頭を下げた。

周りで小さなどよめきが起きる。



「無作法で申し訳ない。古い国と言うのはしきたりが多すぎて困るものだ」

「そんなもん止めちまえ。慣例も大切だが、時と場合を考えろよ」

「いやはや、なんとも耳が痛い。これ以上ご不興を買う前に話をお聞かせ願おう」

「和平の話……の前に、コロナで誘拐しようとしたヤツが居るはずだ。そいつを連れてこい」

「誘拐かどうかはわからぬが、いさかいを起こしたものなら居る。ワシの末の倅じゃ」

「そうか、息子なんだな。今どこにいる?」

「自室にて謹慎させておる。すぐにお呼びしよう」



衛兵が外へ駆け出していった。

そのスピード感は良いと思う。

順応性って大事だよな。


それから直ぐに1人の男が連れてこられた。

オレよりもいくらか若く、20歳くらいだろう。

体つきは筋肉質で、武芸をたしなんでいることがわかる。


その修練も人さらいに使おうってんなら、学ばない方がマシだったな。



「お初にお目にかかります、魔王殿。私は第八王子のセロと申します。本日は私にご答申の……」

「アルフレッドだ。セロと言ったな。建前はいいから、質問に答えろ」

「ご随意に」



思ったより素直なヤツだな。

マカリナラン系が来ることも覚悟していたが、態度は割と柔らかい。

頭も柔軟だといいんだがな。



「お前はコロナの住民に対して問題行動を起こした、間違いないか?」

「相違ありません」

「それを期に一帯は半ば戦争状態となった。下手をすると大戦になる。その事について理解しているか?」

「重々承知しております」



セロという男、表情こそ暗いものの性質は悪くなさそうだ。

オレの眼光から目を逸らさずに、意思のこもった瞳で受け止めている。

どうにも誘拐犯とは思えないんだがな。

何か裏があるのかもしれない。


オレが思考を巡らせていると、セロが膝をついた。

そして、よく通る声で叫び声をあげた。



「筋違いと承知の上でお頼み致します! どうか、亜人を! コロナの亜人をお救いください!」



……はぁ?

あまりに予想外な言葉に思考が止まってしまった。

それはリタも同じようで、幻影の狐さんも小首を傾げている。


謁見の間はひととき静寂に支配された。

ただ、セロの呻き声が聞こえるだけである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る