2ー10  気晴らししよう

まおダラ the 2nd

第10話  気晴らししよう




「ただいま、戻りましたぁ」


とある昼下がり。

ノソリと我が家にやってきた人物が居た。

アシュリーだ。

こいつには亜人たちにかけられた、アンチマジック解除の依頼をしてたんだった。

すっかり忘れてた……なんて事実は一切無い。



「おう、おかえり。大変だったな」

「たいへんんーー?」



オレの労いにユラァリと体を捻り、上半身だけ振り向いた。

よくわからんが、すっげぇ怖い。




「大変なんてもんじゃないですよ! 亜人が何人居たと思います? 223人ですよ、にーにーさんですよ、アッハッハ!」

「おう……、そりゃたくさん居たな」

「水晶持ってるヤツはいいですよ、解除も楽ですから! 問題は持ってない方! 問題有る方がずっと多いって酷すぎますよ! 数の暴力ですよ!」

「まぁ落ち着け。ヨーグルティーでも飲めよ」



クライスが教えてくれた例の紅茶だ。

とても茶とは呼べない代物だが、甘さを制御すれば意外と美味いものだ。

アシュリーはカップをグイと傾け、一気に口に含んだ。

口をパンパンに膨らませつつ飲み込んでいく。



「それで結局どうなんだ? 解除は終わったのか?」

「もちろん、ぜぇんぶ終わってますよ! 今までで1番頑張りましたからね!」

「そうか。じゃあ何かご褒美でもあげないとな」

「ほんとですか? じゃあデートしましょうよぉ」

「うーん。まぁいいけどさぁ」



オレは気の無い返事をしつつ、カップにおかわりを注いだ。

デートと言ってもどこへ行けばよいのやら。

近場はほとんど制覇しちまったしな。



「グランの外れに『奇跡の湖』があるんですよ。そこに行ってみません?」

「まぁ、飛んでいけばすぐか。いいぞ」

「やった、約束ですよ?」



それで上機嫌になったのか、再び一気に飲み干そうとした。

そうやって飲むものじゃないんだがなぁ。

それにあんまり慌てて飲むと……。



「ゲホッ カハッ!」

「おいおい、大丈夫か?」



アシュリーの顔がみるみる青ざめていく。

そして……。


ーーバタン!


青ざめた顔のまま卒倒した。

痙攣したまま昏睡状態になっている。

これ、シャレになってないヤツじゃないか?



「リタ来てくれ! アシュリーがヨーグルティーをつまらせたぞ!」

「あら、大変! うつ伏せにして背中を叩いて!」



言われた通りにして背中を叩き続けた。

リタも回復魔法で治癒を始めている。



「ゴホッ!」

「もう大丈夫よ。あぁびっくりした」

「白目剥いたまんまだけど、平気なのか?」

「ええ。気を失ってるだけよ。そのうち目を覚ますでしょ」



確かに呼吸も戻っているようなので、問題無さそうだ。

なのでアシュリーをベッドに寝かしつけた。

じきに起き上がるだろうと思っていたが、その日は目覚めなかった。



次の日。

アシュリーは朝食の頃にやってきた。



「おはようございます、皆様。今日も良いお日柄で」



スカートの端をつまみつつ、令嬢風の挨拶が発せられた。

その場に居た全員が呆気にとられ、手にしていたスプーンを一斉に落としてしまった。


このあざとい感じ……見覚えがある。

いつぞやの良妻風になった時と同じだ。



「アシュリーおねえちゃん。今日はすっごいキレイなの」

「ありがとう、シルヴィちゃん。今日はアルフとデートに行くから、そう言ってくれると嬉しいわ」

「えっとだな。ちょっと良いか?」



正直いってこっちのアシュリーは苦手だ。

間が持たないというか、居心地悪くなるというか。

できればアホの方にシフトして欲しいんだが。



「アルフ。もしかして急用が入りまして?」

「いやぁ、そうじゃねぇんだが。なんつうかなぁ」

「おとさん、ヤクソクやぶるの?」



ウグッ。

娘から言われて辛い言葉のうち、3本指に入るヤツだ。

シルヴィアに知られてしまったからには仕方ない。

正当な理由も無いのだから、腹をくくろうか。



「いや、何でもない。朝飯食ったら出掛けよう」

「はい! お忙しい中ありがとうございます!」

「アシュリーおねえちゃん。たのしんできてね?」

「もちろんです!」



それからアシュリーは丸パンを両手で持ち、少しずつ頬張った。

そしてビックリするくらい少量を口に含み、その度に笑顔になって咀嚼する。

うん、こういう所が前回とそっくりな。


その姿をグレンとミレイアはボンヤリと眺めている。

まるで自分も食事中であることを忘れたかのようだ。



「どうしたグレン。こういうのが好みか?」

「そうじゃないよ。なんていうか、別人だなぁって」

「魔王様こそどうなのです? やはり女性らしい方がお好きですか?」

「いや全然。むしろ苦手」

「アルフさんの好みってよくわかんないね。いったいどんな人がいいのさ?」



言われてオレはハッとなった。

確かに、自分でも好きなタイプを把握していない。

まだ三十路にもなってない男として、それはどうなんだろう?


目の前には『アチッ アチチッ』と呟きながらスープを飲むアシュリーが居る。

少なくともこういう女じゃないな。

本人にその気はなくとも、仕草があざとく感じられてしまうのだ。


でも、好きなヤツには堪らないんだろうなぁ。

舌先をちょっとだけ口からはみ出させているアシュリーを見て、なんとなく思った。

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