2−3  保護者参観

まおだら the 2nd

第3話  保護者参観


幼い剣気と掛け声が森に響いている。

これはシルヴィアから出ているものだ。


オレはクライスを追い返した後、森の中の修練場に来ていた。

堂々と顔を出したりせず、木々の間からコッソリと眺めている。

幾度に渡って邪魔をしてしまっているので、この時間に近づくとシルヴィアが怒るのだ。

だからこうして、バレないように遠巻きに見ていることが日課となっている。



「えいッ! えいッ!」

「体がブレている。正しい姿勢で振ることを忘れてはダメだ」



今は素振りによる型の修練らしい。

エレナの前にはシルヴィア、ミレイア、グレンの3人が居る。

だが木剣を振っているのはシルヴィアだけで、グレンとミレイアはへたり込んでいた。

やはり、獣人の方が地力があるのだろう。



「シルヴィア、手に力が入りすぎている。もう少しゆとりを持たせるんだ」

「でも、ギュッてしないとパシーンってできないの」

「ふむ。ちょっと構えててくれるか?」

「こうなの?」



エレナとシルヴィアが向き合った。

幼い体に強い闘気が向けられる。

立ち会いに慣れていないシルヴィアは、膨れ上がる気配に気付く事は出来ていない。


その瞬間に、オレの体は動いていた。

木々の間を駆け抜けて一気に跳躍。

右手には手頃な棒キレ。

それをエレナの頭に向かって振り下ろす。


ーーガキィンッ


だが拳ひとつ分の所で、エレナの剣によって遮られた。




「アルフ、相変わらず鋭い太刀筋だ。だが殺気むき出しでは読まれてしまうぞ」

「殺気だぁ? オレはほんのちょっぴりコケただけだ」

「ほう。転んだにしては随分と的確な大ジャンプだったな」

「偶然だ。たまたまお前の方に飛んで、たまたま手にした棒キレが頭をカチ割りかけただけだ」



つばぜり合いの後は打ち合い。

こちらから何度も致命傷を与えようとするが、足の動きだけで避けられてしまう。

エレナも日々強くなっているのか、小癪なヤツめ。

こうなったら一撃必殺の奥義で……。



「もう、ジャマしないで! おとさんワルい子!」

「ち、違うんだ! これはちょっと、手違いというか!」

「エレナお姉ちゃんとナカナオリするの。ギューッてするの」



我が家の仲直りルール。

相手をハグして許し合うこと。

いったい誰が考えたのか知らないが、いつの間にか定着していた。


このままではエィンジェルはご機嫌を損ねてしまう。

オレはぎこちない動きでエレナを抱き締めた。



「わ……悪かった。シルヴィアに危険が迫ってると思って」

「クフ……。気にしないでくれ。何か誤解しているようだが、ちょっと型について教えようとしただけだぞ」

「型について?」

「シルヴィア、もう一度私に向かって剣を向けてくれ」



エレナはしなやかな指使いでオレの腕を外すと、改まってシルヴィアに言った。

それを聞くなり全身全霊でエレナに向かって構える。

素人のオレから見ても、動きが少し固いように感じられた。



「今から一太刀振るう。お前は剣を手放さないように構えてるんだ」

「うん!」



エレナの剣が一閃される。

木剣は呆気なく宙を舞い、地面にポトリと落ちた。

両断されてない所を見ると、刃を立てずに腹の部分で打ったようだ。



「わかったか? 強く握りしめてしまうと、相手の攻撃を殺せないぞ。少しくらいは緩めておくんだ」

「うん。でも、どれくらいギュッてやめるの?」

「そうだな。指の締め方の話になるが……」



さっきの闘気はこれを実演するためのものだったようだ。

まぁ、オレは気付いてたけどね。


それからグレンとミレイアも立ち上がり、3人で並んでの素振り。

ひとしきり振り終えるとエレナの号令があり、今日のノルマ分が終了した。

それぞれが気だるげに武器を片付け始める。


エレナは教材の詰まった袋を背負い、家の方へ歩いていく。

それに続こうとするシルヴィアを、オレは後ろから呼び止めた。



「シルヴィア、これからお父さんとアリさん遊びを……」

「おとさん、メッなの。ワルい子はハンセーするの」

「そんな! 反省したから! 魂がもげるほどに猛省したからぁぁああ!」



シルヴィアが駆けていく。

泣き崩れる父を置き去りにして。

こうなったら、グレン兄様!

懐の深いお兄ちゃんにすがるしかない!



「グレン、助けてくれ! このままじゃシルヴィアに見捨てられてしまう!」

「うーん。さすがに擁護できないよ。これまでも散々やらかした訳だし」

「だって、心配になるだろう? その結果1度や2度の妨害も仕方ない……」

「128回目だね。手を出さなかった日の方が珍しいくらいだよ」



明日には機嫌直ってるよ、との言葉を残してグレンも立ち去っていった。

もはや絶体絶命だと言える。

何か起死回生の手段は無いのか?!



「魔王様、このミレイアにお任せください」

「本当か? 頼もしいぞ!」

「暇を持て余していらっしゃるのなら、私と夫婦の愛憎劇ごっこをしましょう」

「思ってたよりダメな案だった!」



それからというもの、シルヴィアは全く構ってくれなかった。

どう話しかけても、ツンとされてしまうのだ。

その度に耐えがたい痛みと恐怖に襲われた。

こんな目に遭うくらいなら、百万の敵と戦う方がずっと気楽だと思う。



だが、グレンの言っていたとおりになった。

翌日になると、いつものように構ってくれたのだ。

この時ばかりは心底ホッとした。

安心の余り、ちょっと漏れそうになった程だ。



「みんなで遠出は久しぶりなの。一緒にいると楽しいねー?」



オレたちは総出で大陸中西部に移動している。

これはご機嫌伺いの旅行などではなく、亜人の町の視察の為なのだ。

気分転換目的で無いことは断言しておく。

もうほんと、絶対にだ。

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