2ー2 頭痛は付き物
まおだら the 2nd
第2話 頭痛は付き物
「領主様、ご無沙汰しております。例のパンはいかがでしたか?」
ティーカップを口にあてつつ、クライスは言った。
さも当然のように寛いでいる姿は、もはや見慣れたものだ。
「まぁ、正直言うと美味いよ。シルヴィアなんかは絶賛してたぞ」
「そうでしょうそうでしょう。何せ世に公表させていない自信作ですから。まさに未知なる快楽だったことでしょう」
「それで……見るからに妖しい、その飲み物はなんだ」
「アンコウパンに良く合うお飲み物もご用意しました。こちらをどうぞ」
目の前にティーカップが置かれた。
それは白く濁っていて、流動物というよりは固形物に近い気がする。
カップを揺すると中身もプルプルと震える。
これを飲み物と言い張る根拠はなんなのか。
「見た目は賛否両論あるでしょう。まぁここはひとつ騙されたと思って……」
「賛があることに驚きだよ。まぁ飲むけどさ」
少しだけ口に含むと、衝撃が走った。
歯から顎、顎から脳に伝達した痛み。
このメガネ野郎は何を飲ませたのか、まさか毒物?
「いかがですか? ヨーグルトと呼ばれる発酵食品に蜂蜜を混ぜ、お湯で溶かしたものです」
「お前……絶対それだけじゃないだろ?!」
「もちろん、他にも砂糖がふんだんに使われています。頭痛がするほど甘かったでしょう?」
「おう。かつてない苦痛だった。何杯入れた?」
「10杯から先は覚えてませんな」
「なんで誇らしげなんだ。焼くぞ」
すぐに下げさせた。
反応の悪さにクライスは不機嫌そうだったが、その態度はおかしいだろ。
毒と見紛う物を飲まされたこっちこそ機嫌損ねてるっつうの。
「さて、私からの手土産を堪能していただいた所で……」
「してない。上手くいったって顔すんのやめろ」
「国政に今一度お戻りを」
「断る。お前が上手くやれ」
これもいつものパターンだ。
クライスの要求に対して「上手くやれ」とだけ返す。
オレはこの世界に対して大きな恩恵をもたらしたのだから、もう休んでいいはずだ。
地図やら書類やらに向かい合うのは、このお菓子おじさんの方が適任であるわけだし。
「これまで通り、些事は我々が担います。領主様にお願いしたいことは別にあります」
「今さらオレを引っ張るなよ。お前らで片付けろって」
「亜人との交渉時に、間に入ってはいただけませんか? 人族の私たち相手では話し合いの場にすら来てもらえません」
「お前らで上手く……やれないか」
レジスタリアの人間は亜人差別をしなかったとはいえ、それが即友好に繋がる訳ではない。
亜人たちにとって人間とは憎むべき相手であり、良き隣人とは言いがたい。
時間が解決する可能性はあるが、それを待てるだけの余裕はあるのか。
「お恥ずかしい話ですが、領主様以外に適任者はおりません」
「状況はどうなんだ?」
「芳しくありません。不穏な情報がいくつも届いております」
「不穏って、もしかしてまた戦争が?」
「おおいにあり得ます。彼らと仲良くやるには恨みを買いすぎました」
「それは、悪い報せだな」
かつてこの大陸は、人族至上主義だった。
レジスタリアやロランのような例外はあるにせよ、大体の国は多種族を目の敵にし続けた歴史がある。
大陸に覇を唱えていたプリニシアやグランニアなどは特に酷かったと聞く。
捕まったが最後、死ぬまで奴隷として扱われ、家族と再会することすらママならなかったらしい。
そんな屈辱的な暮らしの中でやってきた、突然の独立だ。
血気盛んな者たちは復讐を考えるだろう。
少なくとも苦痛の記憶が生々しいうちは。
「仕方ない。オレが介入するしかなさそうだ」
「やっていただけますか。我が家の最高機密を提供した甲斐がありました」
「お前は人生楽しそうだな」
この流れで話を受けると、食い物に釣られたみたいで気に食わない。
まぁ、この際そこには目を瞑ろう。
ニヤニヤとしたり顔のクライスにも目を瞑ろう。
そもそもオレが世界を相手取って戦い続けたのも、シルヴィアの為だった。
娘が大きくなった頃、少しでもマシな世の中になっていて欲しい。
そう願って体にムチを打ち続けたのだ。
その結果、亜人たちの不審な動きだ。
それはそれで見過ごすわけにはいかない。
より良い未来のために、オレは再び表舞台へと戻る決意を固めた。
「んで、早速だが」
「ズゾゾゾ……、しばしお待ちをズソゾ。いま程よい温度で、最も美味しいタイミングでしてズソゾ」
「重い腰を上げるっつってんだ。気が変わらんうちにカップを放せ」
こんなヤツでも我が国の執政官。
内政部門の最高責任者だ。
頼りになるが、糖分を前にするとこのザマだ。
オレは微かに頭痛を覚えた。
もしかすると、さっきの甘味が悪さしているのかもしれない。
テーブルの反対側から漂ってくる甘ったるい匂いに、つい顔をしかめてしまった。
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