最終話  生まれ変わってもダラダラしたい

光がおさまった。

霞む目で辺りを見渡してみると、そこは白い部屋のような場所だった。

目の前には目線の位置に浮かぶ一匹のネコが居る。

ーーモコだ。


いつもの様に眠そうな眼と、少し皮肉の混じった口元をした不思議なネコ。

周りが乳白色でない事を除けば、これは見慣れた光景だった。



「やぁ、アルフ。お疲れ様。これでキミの43年に及ぶ人生は幕を閉じたよ」

「そうか、やっぱり死んだか。随分唐突な最後だったが、あれは何だったんだ?」

「若かりし頃に魔力を限界まで使いすぎたね。特に原初の狐戦が不味かった。寿命を削りながら戦ってた様なものさ」

「確かに厳しい戦いだったけど、そんなに危ない橋を渡ってたのか」

「そもそも『定めるもの』の寿命はそこまで長くないからね。順調に生きても50年いかないくらい」



じゃあ予定よりも早まりはしたが、既定路線レベルの話か。

できればもう少し緩やかに死んでいきたかったが、もう過ぎた事か。



「さて、キミの得た加護を見てみようか。シルヴィアの『獣人の絆』、アシュリーの『森人の愛』、ミレイアの『巫女の祈り』、エレナの『騎士の誓い』、リタの『狐人の意思』か。フムフム、5つもあれば十分だね。役目を全うできそうだよ」

「おい、最後のなんだ?」

「リタを助けたでしょ? あの時に加護を手に入れてたんだけどさ。説明はいらないかなって省いたけど」

「なんでだよ、ちゃんと知らせとけよ」

「だって、もう戦闘は無さそうだったし。実際何も無かったじゃないか」



そりゃあそうだけどさ、これオレの身体に関係する話なんだろ?

詳細は知っときたいだろうが。



「それはさておき、全部女の子からの加護だね。口ではなんだかんだ言いつつアルフって女好きだよね」

「やめろ、全部成り行きなんだからやめろ」

「ねえねえ、結局誰が好きだったのさ。 やっぱりリタ? クールなエレナ? 刺激的なアシュリー? まさか20歳近く離れたミレイアって事は無いよね?」

「うるっせ! 誰だって良いだろ! みんな家族みたいなもんなんだよ!」

「ふぅーん、家族ねぇ。僕が何も知らないとでも思ってんのかな?」

「話が逸れまくってひん曲がってるぞ。早く本題に入れ」



やれやれ、と言った顔で盛大に鼻息を吐きやがったモコこの野郎。



「さて、キミの『定めるもの』の役目だけど、文字通り『世界の種族の領土、人口、文明レベル』を決めちゃうって仕事だよ。そうやって定められれば、多少の変化は生まれても決して逸脱する事は無い。安定した世界が生まれるんだ」

「なんかすげえ話だな。オレが決めちまっていいのか?」

「だから『多くの物事を見聞きして』と言ったでしょ? できる限りの人々と交わって、何が最適かを見定めて欲しかったんだ」



そうか、だから役目の詳細を伏せてたのか。

確かにフラットな目線で物事を見れなくなったら困りものだ。

内容を知らないままで正解だったろう。



「ちなみにキミはこれで3回目だよ、失敗する度に生まれ変わってたんだ」

「え、そうなの? 今までどうなってたんだよ」

「1回目は加護が偏りすぎて定める力が不十分だったね。2回目は大失敗をやらかして途中でリタイアしたんだよ」

「へえ、全く覚えてないがなぁ」

「そりゃそうさ。記憶までは引き継げないからね」

「完全に、何もかも引き継げないのか?」

「うーん、親しみやすさだったり好みとかは大丈夫かも。共通点があるようだし」



なんかオレは壮大な生き方を強いられているようだ。

何度も世界相手に仕事をするだなんて、どれだけ大いなる存在なんだよ。



「で、どうするの。世界を『定めて』くれるのかい? それとも決めずに『持ち越す』かい?」

「そうだな、オレは……」



今までの出来事を振り返ると、亜人の保護、街の再建、市井の人々との交流、横暴な連中との闘い、が思い返された。

しばらくの間熟考して出した結論は。



「ダメだな、今回のオレには決められない。『持ち越し』だな」

「そう……、一応理由を聞いてもいいかい?」

「オレは人間と敵対しすぎた。もちろん気の良い奴らもたくさん居たが、王侯貴族連中が酷すぎてな。亜人も差別されていた世界に生きたせいで、どうも逆差別をしちまいそうだ。冷静な目線で決められそうにない。それが理由だ」

「うん、わかったよ。じゃあまたキミは、あの世界に戻ることになるよ。次は何十年後か、何百年後かわからないけど」

「あーー、次こそは徹頭徹尾ダラダラしてえな。大戦も死闘もないホンワカとした生涯がいいな」

「強く願ってみたら? 完璧にとはいかないだろうけど、多少は影響があるみたいだよ?」

「よし、ダラダラしたい。ダラダラしたい。生まれ変わってもダラダラしたいです!」



徐々に視界が狭まってきている。

この空間が小さくなっていってるのかもしれないが。

でも今はそれどころじゃない、次の人生の大一番なんだ。



「それじゃあ。今度こそ、さようなら。君はきっと忘れてしまってるだろうけど、次の人生で会える日を楽しみにしているよ」

「ダラダラしたい! もうすっごいダラダラしたい! 背骨が溶けるまでダラダラしたい!」

「本当に君ってやつは……。わかったよ、その気持ちには出来るだけ応えてあげるよ」



『産み出すもの』の僕がね。



不自然なほど明瞭に響いた声を最後に、オレの意識は途絶えてしまう。

その後世界がどうなったのか。

それを知る術はない。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



湖畔のとある小さな村。

そこに若い夫婦と一人の子供が暮らしていた。

父親は作業場で工芸品を作り、母親は庭先で遊ぶ自分の息子を眩しい顔で眺めていた。

まだ5歳程であろうその子供はスクスクと育ち、今日も元気に駆け回っていた。



「ねえママ、あそこー」

「なぁに? あら、お狐様じゃない。珍しいわねぇ」



木々の合間に一頭の狐がいた。

大きさから見て、野生動物ではなく『大狐』と呼ばれる希少な生き物だろう。



「キツネさんー、どこから来たの? いっしょにあそぼうよ」

「ダメよ、お狐様はとっても優しいけど、怒ると怖いんだから」

「だいじょうぶだよ、なかよくするもん」

「とっても偉い方なの。失礼があってはいけないから、見てるだけにしましょう」



少年は不満顔であった。

僕ならきっと大丈夫、それにあんなに優しい目をしてるんだもん。

だが、幼い彼に母親を説得することは難しく、遠くから眺めているだけに留まった。



「あ、こんどはトリさんだよ! きれーい」

「あらまぁ、今度は白……いえ、金色かしら? こんな鳥初めてみるわね」



見慣れない鳥は狐から程よく距離をとり、大ぶりの枝に止まった。

金色の鳥も大狐も共に何をするでもなく、その少年を見ているようだった。

まるで何か挨拶にでも来たかのように。



「さ、そろそろご飯にしましょう。遊びはまた後でね」

「はぁい。バイバイ、キツネさん。トリさん」



この少年は後に大いなる力に目覚め、大陸に激震を与え、時代の寵児となる。

それは偉大なる狐の導きとも、慶長の金色鳥の加護とも囁かれるが、実態を知るものは少ない。

ただこれは、この少年の為の逸話である。



農夫から始まり、一代で大陸の覇者にまで昇りつめた『豊穣の森の魔王 アルフレッド』

彼の壮大な物語は、ここで幕を閉じる事となる。



ー完ー






これにて「魔王様はダラダラしたい」はおしまいです。

ご愛読ありがとうございました。

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