第111話  誰一人欠ける事なく

オレはあれから夢と現(うつつ)の間を行き来していた。

走馬灯って言われるものとは違うんだろうけど、今までの人生を振り返っているようだった。

今だってホラ、幼い頃のシルヴィアがオレに語りかけてきている。



ーーおとさん、助けてあげよ? お兄ちゃんのおとさんの代わりに助けてあげよ?


これは確か、グレンが最初に来た日の言葉だったな。

ここからオレの壮大な戦いが始まるなんて考えもしなかったっけ。



ーーシルヴィを置いていかないで! イイコにするから……がんばってってもう言わないから……!


慣れない領地経営なんかやってた頃に言われたなぁ。

所構わずお疲れモードだったせいでシルヴィアに心配かけちまったんだよな。

まったく、どうしうようもないダメ親父だ。



ーーこっちはシルヴィの、こっちはおとさんの!


そうそう、このプレゼントには助けられた!

ロランで買ってもらったガラス玉が、原初の狐戦でのキーアイテムになったんだよな。

シルヴィアはかわいいし、素直でいい子だし、重要アイテムまでくれる超絶優秀な娘だよ。



ーーシルビヤ、一人にしない? シルビヤの、おとさんでいてくれるの?


あー、これはあれか。

さらわれたシルヴィアを小屋から助け出した時のか。

最初は『シルヴィア』って言えなくて『シルビヤ』になっちゃってたんだよな。

その舌ったらず感も愛らしかったり。



ーーおとさん、だーいすき!


あーすっごいこれ。

すっごい良いわこれ。

何度でも聴きたい、延々聴いていたい。

魂に刻むからもう一回聴かせてもらえるかな?



ーーおとさん。


うん。


ーーおとさん!


うん、どしたの?



「お父様!」

「んん? ……ミレイアか。グレンも」

「アルフさん。大丈夫……なの?」



顔面蒼白な二人が椅子に座っていた。

力の入らなくなった右手をミレイアが握り締めている。

その手はまるで祈るように、ギュッと想いが込められてそうだが、オレの手にはもはや感覚が無くなっていた。



「仕事もある中に悪かったな。こんな事で呼び出しちまって」

「仕事なんていいんだよ。もう心配で何も手が付かないんだ」

「お父様、具合はどうなのですか? 辛くはありませんか? 仕事もお父様が元気になるまでお休みをいただきます」

「ダメだって、お前たちはもう立派な大人なんだ。周りにあまり迷惑をかけるんじゃない」

「アルフさん……」



それにしても、本当に大人になったよなぁ。

ちょっと前まで外を駆け回ってる子供だったのに。

まぁグレンは最初からお兄ちゃんしてたけどな。



「グレン、女難の相が出てるらしいな。オレもいくらか苦労したから言える事だが、相手をあまり邪険には扱うな。その子らにかけた優しさは、いずれお前が苦境に陥った時、きっと助けてくれるはずだ」

「うん……わかったよ」

「ミレイア、ロランの青年とはどうだ。彼は芯の強い男だが、押しの弱いところがある。さりげなく誘導してみると良い。それできっと上手くいく。二人の将来を祝福はするが、子供についてはよく考えてから作るように」

「はい、肝に銘じます」

「二人に出会わなかったら、オレは自堕落なだけの生涯を閉じただろう。面白い人生を贈ってくれてありがとう」

「そんな、僕らこそどんなにお礼を言っても言い足りないよ!」

「やめてください、今生の別れのような言葉は! これからもずっと、見守ってください……」



ちょっと唐突すぎるよなぁ。

気持ちの整理がつかないのはわかるよ。

でも突然で驚いてるのはオレも一緒なんだ、勘弁してくれ。



「話しすぎたか、疲れた。少し眠らせてくれ」

「わかったよ。ミレイア、行こう」

「いやです! 私はここを絶対に離れません! お父様がお元気になるまでは!」

「ダメだよ、ゆっくり休ませてあげないと」

「いやぁ! 離して!」

「別に居るくらい構わんぞ、相手まではできんがな」

「そう……じゃあ気の済むようにさせてあげて」



涙ですっかりグシャグシャになってしまった、もう一人の娘の顔。

せっかくの美人なんだから、そんな顔はするんじゃない。

涙を拭ってあげたかったが、もはや腕をあげる事すらできなかった。

これでも昔は敵兵を楽々吹っ飛ばしたもんだが、情けない話だな。




ーーねぇ、おとさん。何してるの?


ええとね、おとさんは今、大切な人を待ってるんだよ。


ーーおくれちゃうよ、はやくいこう?


そうだなぁ。もう少しだけ待っててよ。もうすぐだからさ。


ーーもうすぐって、どれくらい?


もうすぐは、もうすぐだよ。遊んでるうちに終わってるよ。


ーーそれじゃあシルヴィアとあそぶの。アリさんあそびするの。


お、いいねぇ。最高にクールな遊びじゃん。


ーーそうなの、くーるなの。じゃあいくね? あーりーさん。


アリさんさぁーん!


ーーくるっとまわって、ワッショイショイ!


ショオイ!


ーーシルヴィアのかちぃ! おとさんよわーい。


うーん、シルヴィアは強いなぁ。オレも頑張ってるんだけどな。


ーーあ、おきゃくさんなの。シルヴィアは、ここでまってるの。


そっかぁ、いい子にしてるんだよ? また後でいっぱい遊ぼうな。



「お父さん! 大丈夫なの?!」

「あぁ、シルヴィア……か」



どうやらオレの命は間に合ったらしい。

オレの右手はシルヴィアに、左手はミレイアに握られている。

後ろの方にはグレンも、リタも、エレナも、アシュリーもみんな揃っていた。

すすり泣く声、噛み殺したような嗚咽、鼻をすする音、どれもかしこも重苦しい空気を生み出している。

最後は笑って見送って欲しいんだがな、それは無理な相談か。



「こんな事って、こんな事ってないわよ……! 私はまだお父さんに何も返せてない! 喜びも、安心も、愛情も、たくさん、たくさん与えてくれたのに、私は何も返せてないのに!」

「……あぁ」



そんな事はない、お前が居てくれたおかげでどれ程幸せだったか。

どれだけの喜びを与えてくれたか、計り知れないんだぞ。

丁寧にじっくり説明してやりたいが、口もまともに開けない。

クソッ、それでも父親かよ。


聞きたい話はたくさんある。

伝えておきたい事はいくらでもある。

だが、オレに残された時間と体力は余りにも少なすぎた。



「ずっと一緒に居てくれるって思ってた。この先もずっとずっと居てくれるって思ってたよ。お父さんは強いからきっと長生きして、みんなの子供もいっぱい可愛がってくれて、またたくさん旅行とか連れてってくれて。それから、それから!」

「……あぁ」



なんて言葉を遺そう、何を言ってあげればいいんだろう。

身体を大事にしろよ! は違うな。

変な男には気をつけろ! ってのもなんかなぁ。

いつまでも変わらないキミのままで! ってなんじゃそりゃ。


ボンヤリする頭で考えた結果、とても普遍的な言葉が選ばれた。



「シルヴィア……」

「うん! なぁに、お父さん?!」

「お前が娘で居てくれて……本当に幸せだった。ありがとう……」

「ッ! 私もとっても、とっても幸せでした! おとうさん、ありがとう!」



その言葉を聞き終えると、世界が白く染め上げられた。

天井も、ベッドも、壁も何もなかった。

幼い頃のシルヴィア以外は。



ーーおとさん、もうへいき? そろそろ行こう?


ああ、すまんな。待たせちまって。


ーーだいじょうぶなの。みんなといっしょにゆくの。


みんな? 他に誰がいるっけ?


ーーあんまりノンビリしちゃダメよ。遅れちゃうでしょ?


あれ、リタ。いつの間にそこに居たんだ?


ーーなぁ、アルフ。新しい打ち筋を見て欲しいんだが、後で時間をくれないか?


またかよ、お前の引き出しの数はいくつあんだよ。


ーーねぇん、用事が済んだら付き合ってくれません? すっごいカワイイ小物屋さん見つけたんですよー。


おい、あんまくっつくな! 店に寄ってやるから大人しくしろって。


ーーアルフさん、クライスさんがお店にやたら来て困ってるんだけどさ。


ああ、無視しろ。それか街路樹にハチミツ塗っとけ。


ーー魔王様、この不自然に尖った石に願いを込めました。おかしな細工は何にもしていないので、安心してお受け取りください。


うん、ミレイアちゃん。それ危ないからポイしちゃってね。


ーーじゃあそろそろいくの。みんなといっしょで、たのしいねー?


そうだな、ずっと一緒にって言ったもんな。




オレは光の射す方へ、ゆっくりと進んでいった。

子供の歩幅に合わせるようにして。


誰一人欠ける事なく、ずっと一緒に……か。

スマンな、オレ一人だけ早々にリタイアしちまってさ。

まぁどこかから見守っているから、許してくれ。

先に行って待ってるからさ。


歩みを進めるほどに光は徐々に強さを増していく。

そして目を開けられないくらい眩しくなった頃に、オレは光の奔流に飲み込まれていった。

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