第109話 成長と衰退
いやぁー、大変だったな。
どんぐらい大変だったと聞かれれば、そりゃもう大変だった。
いやいや、本当にさ。
とんでもない力を持ったとはいえ、オレは元農夫なんだよ。
それが全世界相手に戦争して、伝説級の化け物倒したんだから、あり得ない程の偉業だっての。
それからのオレはもう、極めてダラけきってやった。
クライスが相談に来ても『がんばれ』とだけ言って追い返したし。
農場は近所の農家さんに任せっきりで、狩りもグレンが全部こなしてくれた。
飯食って散歩して、シルヴィアと楽しく遊んだら床でごろ寝。
マジで生産的な事はサッパリ何にもしなかった。
脱いだパンツすら片付けなかったぜ。
リタから小言を頂戴しながらも、オレは夢にまでみた自堕落生活を再開できた。
あぁ、なんと甘美で素晴らしいことか。
この骨も内臓も精神も腐りきっていく感覚……たまらねえな。
それにしても、驚いたのは子供たちの事。
大人ってのは徐々に老けていく一方だが、子供の成長はそれ以上に早く育つもんだな。
まずグレンが独立して素材屋を開いて働き始めた。
お金はこれまでの報酬を貯めた分で賄うと言っていたが、なんて優秀な子なんだろう。
そもそもグレンは保護対象っていうより、歳の離れた仲間って感じだったもんな。
とりあえずオレからは開店祝いとして、有力な顧客の紹介と何点かの内装品を送った。
あとは彼の頑張り次第だが、きっと上手くやるだろう。
土産話にはやたら変な女たちの話が出てくるが、グレンには女難の運命が待ってるらしい。
先輩からの助言だ、がんばれ。
ミレイアはオレから頼んで孤児院の教師になってもらった。
この子は頭の回転が良くて適正があるし、院長も人格者だから安心して送り出せるしな。
赴任先で謎のモテ期が到来して困惑してたが、結局一人の誠実そうな青年を選んだようだ。
相手を包み込むような温和さと、どこかに秘めていそうな芯の強さあたりがグレンに良く似ている男だ。
二人のお付き合いはかなり長いようだが、結婚の話はまだ聞いていない。
あの青年の性格では中々踏み切れないのだろう。
オレとしては早く孫の顔が見たいんだがな。
そしてシルヴィア。
我が愛すべき魂の救済者は、16になった頃に大陸中を巡るようになった。
傍に大きく育ったコロを連れての一人と一匹の世直しの旅だ。
世界にはまだまだ亜人差別が根付いているらしく、それに苦しんでいる人たちを救いたい、と考えたらしい。
さすがはマイ・エンジェル! その心根までマジ・エンジェル!
あれは10歳くらいだったかな。
アシュリーからは様々な知識を、エレナからは剣を、リタからは魔法を熱心に学ぶようになった。
親のオレから見ると、それは極めて厳しい修練のように感じたが、シルヴィアは一度も弱音を吐かなかった。
膝を擦りむいても、手にマメができても、肩にアザができても、だ。
頬に傷がついた時なんかは、オレは心痛のあまり3日ほど寝込んでしまった。
『お父さん、大げさ過ぎるってば』と本人には笑われてしまったが。
ちなみにオレからはレジスタリアの再建や政策の話を、グレンとミレイアからは浮浪児時代の話を何度も聞いてたっけ。
うろ覚えの中たどたどしい説明をしてしまったんだが、シルヴィアは真剣な表情を変えずに、数々の言葉を吸収していった。
この子は本当に真面目、一体誰に似たんだろう?
オレを見習ってダラ娘にならずに良かったとは思うが。
そうしてこの森の家は、だいぶ寂しくなった。
寂しいと言っても大人4人も暮らしているんだから、十分賑やかなハズなんだが。
作業小屋からは音がしなくなり、外からは子供たちのはしゃぐ声が消え、モコを追いかけるコロの姿を見かけなくなり、食卓もだいぶ広くなったように感じる。
子供たちの存在感は思っていた以上に大きかったようだ。
半分くらいピースの欠けたパズルを眺めているような気分になる。
それでもグレンやミレイアは週末には顔を出してくれる。
様々な土産話に成長の跡が感じられ、それが嬉しくもあった。
シルヴィアは月に1度戻ればいい方で、出先によっては中々帰って来なかった。
お父さんとしては毎日帰ってきてほしいけど、それは叶わない願いだ。
魂の形が捻じ曲がるくらいに心配だけども、彼女の好きなように生きさせてあげたい。
それが親の務めでもあり、希望でもある。
あんなに小さく、か弱く、無力だった子供たちは、今や立派な大人へと成長した。
かつての守られるだけの存在ではなくなり、それぞれが自分の足で未来へと歩んでいる。
このいい加減なオレがよく3人も育てたもんだ。
実際に育児をしてたのはリタで、技術指導はエレナだったが、それでも感慨深いと感じられる。
何せ外では世界と戦争し、内では子育てに奔走し、てね。
柄にもなく頑張ったよ、オレ。
でも、頑張りすぎたせいなのか?
理由はよくわからないけど、ある日突然に体が動かなくなった。
40代の半ばにして、オレはベッドから起き上がれなくなってしまった。
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