第108話 絆の力
圧倒的に不利な状況からようやくここまで漕ぎ着けた。
一番最悪なケースが、狐の親玉も混じっての乱戦だったが、運良くそうはならなかった。
散々に煽ってやった結果、冷静さを奪う事ができたおかげかもしれない。
序盤から狐ジジイが出張っていたら全滅していただろう。
なんとか五分の戦況に引き上げて1対1の形に持ち込めたが、それでも厳しい戦いとなった。
やはりコイツだけは別格の、異常な存在そのものだ。
子供たちから貰ったネックレスを依代に想いを具現化し、強固な魔力防壁を生み出しているが、防戦するのがやっとだった。
この状態も力を消耗しないわけじゃない。
どこかで攻めに転じなければ押し負けてしまう。
オレが手を出せない事を知ってか、ばら撒くように魔力弾を放っている。
防御の構えを緩めてしまえば、間違いなくその隙を突かれるだろう。
激しい乱打に反撃の糸口すら見えてこない。
せめて目線がこちらから外れれば。
不意を突く事さえできれば……。
ネックレスを握りしめている手とは反対の手に、オレの秘策が握られている。
威力を想定すると乱発の許されない攻撃だ。
避けられても防がれてもいけない。
確実に当てる必要がある。
「児戯はこれまで、全身全霊の我が力をくらえい!」
マズイ、全力の攻撃がくる。
もはや反撃どころじゃない。
なんとかして猛攻を凌がなくては。
「ふざっけんな! 老いぼれの溜息なんかに負けるかよ!」
気持ちで負けないように、精一杯の強がりで返した。
心が挫けさえしなければきっと見えるはずだ。
起死回生への道筋が。
そのとき、一迅の風魔法が駆け抜けた。
それは狐のジジイに届き、ダメージは無くとも攻撃に集中できないようだ。
みるみる怒りが心頭していくのがわかる。
これは、次に何かが起こる。
「愚か者め! そこで大人しくしておれ!」
攻撃が途絶えた。
今だ!
オレは手に握られたガラス玉に魔力を込めた。
ロランの街へ旅行に行ったときに、シルヴィアからプレゼントされたものだ。
十分な魔力を通わせると、とある言葉が頭に浮かび上がった。
おそらくこれが詠唱文句なんだろう。
オレは握り拳を敵に向けつつ、リタに声をかけた。
「でかしたぞ、リタ! ナイスアシストだ!」
狐のジジイは驚いたように顔をこちらへ向けた。
だがもう遅い。
親子の絆の深さを思い知れ。
「貫け、清龍!」
それは神々しい姿だった。
まばゆい閃光を引き連れるようにして飛び立った龍は、一直線に宙を駆けて行った。
速度が上がる度にその輝きを増して、目を開けているのが辛くなる。
それでも見届けなくてはならない。
原初の狐の最期を。
前足で防ごうとしたが、その両手を、そして眉間を貫かれ、崩れ落ちた。
断末魔をあげる事もなく、まるで花が萎れていくように。
なんともあっけないが再確認できたことがある。
親子の絆こそ、最強であると。
オレたち一家の連帯感の勝利だこの野郎。
『かような未熟者に敗れようとは……口惜しい。また我は数千年の時を眠らねばならぬのか……忌々しい」
呪いのような捨てゼリフを吐いて、原初の狐は消えた。
ずいぶんと見苦しい最期だったな。
せめてオレが感心するような気の利いた言葉くらい残していけよ。
「リタ、大丈夫か?」
「ええ、ちょっと気が抜けちゃっただけ」
力なく倒れこんではいるが、大きな怪我は無いようだ。
オレたちは喜びを分かち合うようにして抱き合った。
また一緒に暮らせることを。
薄暗い森から解放されたことを。
本当の意味で独立できたことを祝うように。
「ねぇ、アルフ。私ね、お母さんになり損ねちゃった。長老様に逆らってしまったから、相手なんかここで見つからないもの」
「あ、へえーー。そっかぁ」
「だからね。責任とってね? お嫁に行けなくなった私に赤ちゃんを授けてちょうだい」
「ちょっと待ったー! 今回私は命がけで、文字通り身を削って救出戦に出たんですよ? すっごいご褒美があっていいでしょう!」
「そうだな、アシュリー殿の言う通りだ。私も期待しているぞ、存分な褒美を」
いつの間にか戻ってきた二人がオレの背後を塞いでいた。
く、クソっ! まさかここでピンチを迎えるとは!
「へ、へへ。オラはそっただごと言われでも、ちっともわかんねえだよ」
「農夫に擬態してもダメよ、今日こそは逃さないから」
「ウェヘヘ、泣き叫んでも無駄ですからね。助けなんか来やしませんよー?」
「アシュリー殿、悪人のようだぞ。誰も来ないのは事実だが」
三方から凶なる指がゆっくりと迫る。
戦いの後で気が昂ぶっているのか、目がマジすぎる。
こわっ。
かくなる上は仕方がない。
「ワン公! 森までオレを乗せて走れ!」
「主よ、承った」
「アルフ、待ちなさい!」
「ちょっと、有り得ないですよ! ヘタレも大概にしてください!」
「逃げるな! 大敵を降した勇士であれば女とも向き合え!」
全速力で駆けるワン公は、あらゆるものを置き去りにした。
両目に映る情景を、辛気臭い森の臭いを、投げつけられた罵詈雑言を。
森を抜けた後は、速度を落とさせて並み足で駆けさせた。
それにしても、責任ねぇ。
……責任かぁ。
やっぱりオレが取らなきゃ、ダメ?
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