第102話  魔獣王の咆哮

目覚めてみると、枕元に何か置かれている事に気付いた。

何か紐状のものだ。

目線の位置まで掲げてみると、革製の紐の下部分には石が通されていた。

光沢のある深い蒼色の石だ。


側には一枚の書き置きまである。

それを手に取ると、オレ宛ての文章が書かれていた。



「アルフさん、大変だったね。僕たちは力になれないけど、せめてこれを受け取ってもらえるかな」

「魔王様。永遠にお慕いしております。たとえ魂が百度八つ裂きにされようとも」



こえーよ。

この2行の落差は何だよ。

そしてその下には、元気良く大きな文字が書かれていた。



「おとさん、おしごとがんばった 大すき!」



うぁぁああーー!!

オレの両手が、のどが、魂が、感激で大いに震える!


でっかく大好きってェー!


しっかりと書いてあるぞォーー!


オレだって大好きだともォー!


世界の誰よりも一番にィー!



「な、なんだ! 今の衝撃は敵襲か?」

「外には誰も居ないわ、大きめの地震とかじゃないの?」

「もしかすると、王龍が目覚めたのかも? 並みの咆哮じゃなかったですよ」



部屋の外が騒がしい。

人が喜びに浸っている時にやめてくれ。



朝食の時間には、朝の爆音騒動で話は持ちきりだった。

やれ魔獣の王が攻めてきただの、やれ伝説の王竜が目覚めただの、好き勝手に盛り上がってる。

君たちは人の歓声に対して失礼だな。



「おとさん、そのネックレスをみんなで作ったの。大切にしてほしいの」

「もっちろんさ。大事にしますとも。二人もありがとうな」

「あんなに喜んで貰えて僕も嬉しいよ。紐は変えられるから、脆くなったら言ってね」

「魔王様、ここにお手頃なナイフもありますので、どうぞお納めください」

「おう。それはいらん」



ミレイアが新たに願をかけたと噂のナイフだ。

前回と趣旨の違う祈りというか、呪詛が込められているようだが、さすがに懲りた。

強力な武器である事は認めるがな。



「リタ、危ないからあのナイフを取り上げてくれ」

「……そうね」

「ん、どうした?」



リタは窓の外をじっと睨んでいた。

その目線の先には一匹の白い狐が居た。

そいつは遠くからこの家を眺めているようだが。

リタの知り合いか?



「あ、ごめんなさいね。ナイフを用意すればいいの?」

「違う違う、ミレイアから没収してくれって話だ」

「そうね。刃物は大人になってからよ、ミレイア」

「あぅぅ。私の野望が……」



今野望って言ったよな?

やっぱり何か仕込んでやがったな、恐ろしい。


昼過ぎになってクライスがやってきた。

この流れも随分久し振りだな。

オレの体調を気遣ってくれたんだろう。

そうだよな?

第一声が「今日は甘さ強めでお願いします」とか言ってるけど、そうなんだよな?



「グランニアはアルノー殿を新たに皇帝として迎える事で、落ち着ける事ができました」

「大丈夫なのか? 疎まれてるとか言ってたじゃねえか」

「前線で常に戦い続けた皇太子です。貴族からは不人気でも庶民には絶大な人気があります。ましてや大陸の覇者となった魔王と誼がある」

「最後のはメリットもデメリットも凄そうだな」

「実際、別の遺児を皇帝に担ぎ上げようという動きも活発です。アルノー派と反対派に分裂するのも時間の問題でしょう」



それ、かなり危うい状況じゃないか?

ひと段落って言えるほど安定してないだろ。

今度は内戦で面倒ごとが増えそうな気がした。



「アルノー殿にはプリニシアという後ろ盾があります。反対派も武力行使はできないでしょう」

「ほう、それじゃ大規模な内乱とかにはならないのか?」

「相手も阿呆ではありません。絶望的な力量の差はわかっているでしょう」

「それじゃあ、とうとう……」

「おめでとうございます、領主様。とうとうこの大陸にレジスタリアの難敵はいなくなりました」



ああーーっやっと終わった!

いやいや、すげえ大変だったって!

何度死にかけたか、何度家族に心配かけたかわかったもんじゃねえよ。

でもこれでオレもお役御免ってヤツだ。

さっそくかつての様に自堕落な生活をば。



「ですので今回を記念に式典を催しましょう。レジスタリアの復興記念も兼ねて」

「えぇ、そういうのはお前らでやれよ。オレはもう体ガッタガタなんだよ」

「まぁそう仰らずに。お祭りだと思ってもらえれば」

「祭りねぇ……。子供が喜びそうだけどさ」



できれば今から5年くらいはグウタラしていたいが、今はまだ許されないんだろうな。

オレは疲れた体に鞭を打ち、回らない頭を引っ叩きながら、最後の仕事に取り掛かった。

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