第77話  前へ

レジスタリアの守備兵の配置が終わった。

350名の、それなりに練度のある兵だった。

各人の連携も取れるようなので、守りに入ったら強力だろう。

この兵たちを育てたアーデンが付いていてくれる。

指揮系統は問題ないはずだ。


リタは街中で魔法が使える人員を確保してきた。

総勢10人の即席の魔法部隊だ。

主攻をする訳ではないので、素人とはいえある程度は戦えるはずだ。


物見の塔から遠方を見遣やると、遠くに土煙が見える。

早ければ明日には敵が目の前に陣取るだろう。

準備が間に合ってなによりだ。



「アーデン殿、兵たちの様子はどうだ?」

「思ったより落ち着いてますが、行軍速度の速さにビビってますかね。エレナさんにちょいと激励を貰いたいところですかね。」

「わかった、ここからでいいだろうか?」

「ここならみんなから見えるでしょうし、大丈夫でしょう。」



私は遠くまで届くように、できるだけ明瞭に言葉を発した。



「みんな聞いてくれ。私は豊穣の森の魔王の家来、エレナという者だ。敵は驚異的な速さでレジスタリアに進撃中だ。立て続けに苦境に立たされているこの街の住人には、同情の気持ちが無いわけではない。」



一人一人の表情までは見えないが、こちらに注目しているのはわかる。

今か今かと次の言葉を待っていることだろう。



「だが状況が、運命が、世界が休息を許さないというなら我々は戦うしかない。試練はいつだって、我々の準備を待たずに襲ってくる。嘆くだけ無駄なのは賢明な諸君にはわかりきっていることだろう。」



咳払いどころか身じろぎ一つせずに聞いている。

よほどアーデンの指導が良いのだと改めて感心した。



「諸君らの活路はどこにある。後ろには守るべきものしかいない。退路を探して振り向いてはいけない。幼い彼らを、か弱い彼女たちを戦火に巻き込むな!我欲だけで攻め込んできた、汚い連中に故郷を侵させるな!ここを守るのは他の誰でもない。諸君ら一人一人なのだ!」


オォォォォォーー!!


男たちの咆哮が一斉に返ってきた。

弱気を少しは払拭できただろうか?

どうもこういった事は苦手なのだが、私だって逃げる訳にいかないものな。

塔の下でリタが待っていてくれて、少しだけ上気した顔を向けてきた。



__________________________________________



ロランの町はそれなりに大きく、多数の人数を収容できるが、防御の面では厳しい場所だった。

見張り台や柵のようなものはあるが、町を囲む壁などは皆無に等しかった。

普通に考えれば守りに向かない環境なのだが、こちらには打って付けの人材がいる。



「アシュリー、町を囲むように例の雷属性の結界を張れるか?」

「ふふ、ここは豊穣の森の中ですよ。そりゃもう無尽蔵に秘術を垂れ流せますよ?」



アシュリーはこの森に居る限り、魔力枯渇とは無縁らしい。

もちろん体力が無くなれば他の人のように倒れてしまう訳だが。

それでも常時魔力を使い放題というのは大きな強みだ。



「でも本当にいいんですか?その結界を張っている間は戦闘行動ができないんですが・・・。」

「それで構わん。だからオレとお前の組み合わせにしたんだ。」



後ろの防御を気にせずに、オレが存分に暴れまわる。

最高火力のオレと鉄壁防御のアシュリーとで、戦況をこちらに傾けさせたい。

オレたちが敵を蹴散らすことが出来たなら、レジスタリア軍と連携して残りの敵を追い払う。

それが理想のプラン。

思惑通り進んでくれるといいが、今回は未知数の軍が相手だ。

楽観視はしない方がいい。



グレートウルフ達には森に隠れてもらっている。

無理して敵とぶつからず、隊列が乱れて弱体化している場所を突けと命じておいた。

後はあのワン公の采配に期待するしかない。


それとロランに居た戦力についてだが、こちらは期待外れだった。

運悪く冒険者などはほとんどおらず、戦慣れしていない者ばかりだった。

仕方ないので弓を扱える者だけかき集めて、見張り台に立たせた。

合図とともに矢を射かけさせるために。



「前方に敵、その数はおよそ2000!」



見張りからの報告だ。

一人で大軍と向き合うのは壮観というか、馬鹿馬鹿しいというか・・・なんとも言えない絶望感があった。

過去にないほど厳しい戦いになるだろう。

きっと魔力を出し惜しみする余裕もないはずだ。



  いいかい、魔力を使いすぎないで。特に連戦の時は気をつけて。魔力が枯渇したら、君はただの村人と何ら変わらなくなってしまうから。



モコの警告が思い出された。

アイツはこんな状況を見越して助言したんだろうか?

真意は本人にしかわからないがな。

全力で戦いながらも、長期戦を考えなくてはいけない。

細かい計算は苦手性質だが、やってみるしかなかった。



ミレイアから貰った剣を握る手に力が籠る。

負けられない戦いが、間もなく始まろうとしていた。

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