第76話  指導者の務め

4000もの兵が城外に集結している。

魔獣兵3000と騎兵1000である。

自分はこれだけの大軍を率いる事など初めてだったし、周りの者もそうだろう。

さらに言えば、万を超える人命を犠牲にして生み出した魔獣兵の初陣でもある。

この晴れ舞台に胸が踊らないはずはない。

亜人よりもより獣に近い姿をした3000もの生物兵器が、今解き放たれようとしていた。



「アルノー将軍、いつでも進発できます!」

「よし、では進め!」

「第一大隊より、進めー!」



命令系統に不安のある魔獣兵だが、行軍に大きな乱れはなかった。

先導する騎馬の後をしっかりと付いている。

ここまで制御ができるようになったのも、妥協をせずに研究をさせた結果だろう。

そしてそれは、この遠征で魔王の首に刃が届くことを確信させた。



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レジスタリアから急報がもたらされた。

グランニアより4000の軍が進軍中との報せだ。

直ぐ様主だったものを集めて会議に入った。



「今度の敵は機動力を重視しているようです。進軍速度が常識はずれに速い。戦況の変化により気を配る必要があります。」

「魔獣を従えていると聞いたが、間違いないか?」

「にわかに信じがたい話ですが、何度も確認させました。3000もの魔獣を率いているようです。」

「そこまでの数を、一体どうやって・・・?」



魔獣を従えている人間は少ないながらもいるらしい。

それでも数匹従えるのがやっとで、ここまでの数が揃ったなんて話は聞いたこともなかった。

軍歴の長いアーデンでさえ信じられないといった面持ちだ。

きっとこれは誤報ではなく、必勝の策か何かなんだろう。


部屋の外がまた騒がしくなった。

息を切らせた兵が駆け込んできたからだ。

新しい知らせのようだ。



「急報!グランニア軍が行軍中に複数部隊に分裂!半数の2000がこちらに、他2000が3隊に分かれて豊穣の森に転進!」

「クライス、アーデン、どう見る?」

「その3隊は亜人への一手です。2隊で周辺の開拓村を攻撃させて、1隊にはロランの街を抑え込ませるつもりでしょう。」

「同時侵攻とはやっかいな。各地に兵を配置しなきゃならねぇが、うちらにはそこまでの余剰はありゃしません。要所を押さえましょう、旦那。」



オレが決断しなくてはいけない。

オレは何かを切り捨てなくてはいけない。

こればかりは逃げる事の許されない、自分の役目。

領主としての、支配者としての責務だ。


脳内にかつての記憶が蘇る。

肩書きが立派だから偉いのではない。

皆の為に考えて、散々悩んで、決断をするから偉いのだ。

それは自分が名もなき村民だった頃に、吐き捨てるように呟いた言葉だった。

迷いを振り切るように拳を握りしめてから、全員に指示をだした。



「クライス、お前はプリニシアに向かえ。国境の守備を強化させろ。余剰があるなら援軍を連れてこい。」

「承知しました、直ちに出立します。」

「エレナ、お前はレジスタリアの人族部隊を率いろ。アーデンはエレナの補佐。リタは魔法を扱えるものをかき集めて、魔法部隊を組織。エレナ隊の援護に専念しろ。外では戦わずに、ここの守りを固めて包囲軍を引きつけろ。」

「承知した。」

「任せて、何人か心当たりがあるわ。」

「旦那、ここの守備は任せてください!」

「アシュリー、亜人達をロランの町へ避難させたい。開拓村は一時放棄するよう通達しろ。お前は亜人の説得後ロランの守備に入れ。」

「わっかりましたー!」

「グレートウルフ達には遊撃を任せておくが敵は大軍だ。ウルフ隊に過度な期待をせずに、守りを決して怠るな。オレはロランの町で迎撃部隊を組織して駐留する。何か質問は?」



一同を見渡したが、全員がやる気に満ちた顔を見せてくれた。

迷いのない良い目だと思う。

この状況でオレが躊躇する訳にはいかない。

決めたら振り返らない事だ。

戦場では一瞬のためらいが命取りになる。



「よし、では解散だ。みんな死ぬんじゃないぞ!」



オレの号令を合図にして一斉に行動を始めた。

今回は敵の動きが異常に鋭い。

ボヤボヤしていては後手に回る事になってしまう。


オレはロランに向かう前に、家に立ち寄ってシルヴィア達と合流した。

子供達をロランに匿うためだ。

3人とも少し不安そうな顔をしたが、それも束の間。

口々にオレの身を案じてくれた。


子供達の裏表のない言葉が、100万の援軍よりも頼もしかった。

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