第75話  選ぶ事の難しさ

ここはグランニア城内。

私は今、父に呼ばれて謁見の間へと向かっている。

父であると同時に、偉大なるグランニア帝国の皇帝でもあるその人に。

最近では父子らしい会話などほとんどなく、皇帝と武将の間柄そのものだ。

それが逆に、信頼の表れだと感じている。

父親の庇護がなくとも、大任を果たす力があると思ってくれている事を。


衛兵が呼ぶ私の名前をを耳にしながら、拝謁した。



「将軍よ、よくぞ戻った。」

「ご機嫌麗しゅう、陛下。ご用件は例の研究についてでしょうか。」

「まさしく。ついに完成し実装が始まったと聞いておるが、どうなっておる?」

「はっ、ご存知通り魔獣兵が完成し、現在量産体制に入っております。近日中には3000もの魔獣兵が集まります。」

「ふむ、それだけの兵力であれば?」

「例の森など、容易く掌握できましょう。」



魔獣兵とは、特殊な鉱石を埋め込んだ人間の成れの果てだ。

その鉱石には専用の術式が組み込まれている。

今まで制御がうまくできず、兵として使い物にならなかったのだが、ついに最適解を見つける事ができた。

あとは人間兵に鉱石を埋め込んでいくだけなので、ものの数日で作業は終わるだろう。



「兵が強くともプリニシアの前例もある。無策に挑んでは痛い目にあおう。」

「そのご懸念についても、こちらには秘策がございます。魔王軍の致命的な弱点を突きます。」

「ほう、あれだけの強個体を抱えておる魔王軍に弱点とな?」

「確かに魔王本人はもちろん、配下も油断のならぬもの揃いですが、広大なレジスタリア地方を守るには少なすぎます。また、人族軍の主力とも言えるレジスタリアの兵たちは弱兵のうえ小勢、物の数ではありません。」

「ふむ、ふむ。わかる、わかるぞ将軍。」

「ゆえに我々は多方面に、同時侵攻作戦を執ります。軍事機密となりますので、詳細についてはご容赦を。」

「もったいぶるのう。まぁよい、此度の答えは将軍の報告を持って知る事としよう。準備が整い次第侵攻せよ。」

「ハッ、吉報をお待ち下さい!」



クックック、果たして魔王は全てを守りきれるか?

全てを守れないと知った時、どんな顔をする?

守るものべきもの、切り捨てるものを選べるか?

あらゆるものに順位を付けて、整然と動けるか?

この戦いでじっくり観察させていただこう、魔王の力量というものを。



_______________________________________________




「アルフ、早く決めてください。」

「その通りだ、いつまでもダンマリでは困る。」

「そうよ、早く選んで頂戴。答えを聞くまでもないけど。」



今、オレはひとつの決断を迫られている。

途方もなく、クソどうでもいい事について。

その名も「第2回 誰の胸が一番好みか選手権」である。

回答を拒んで逃げようとしたが、瞬く間に部屋の隅に追い詰められてしまった。

今なら当初のミレイアの気持ちがちょっとだけ理解できそう。



話は少しだけ前に遡る。

ゴルディナの旅行から帰ってきて、家の中で旅の疲れを癒していた時の事だ。

アシュリーが自慢げに「いやぁー胸が大きいと疲れ方も違いますからね、特に肩とかねーヤバイんですよ。こればっかりは巨乳になってみないとわかんないですよねー。にぇええーー?」と、謎の煽りを始めた。

ほっときゃいいのに、それに異を唱えたのがアホ2人。

やれ、形や柔らかさの方が大事だとか、アルフはどちらかというと貧乳属性だとか。

人の横で勝手に騒ぎ出した、アホ3人が。



そして議論が白熱していく中で、事態の不味さに気付いた時にはもう手遅れ。

コーナーにきっちり押し込められてしまった。

胸を張った姿勢でゆっくりと歩み寄ってくる痴女が3体。

これは力づくで解決しても許されるんじゃないか?



「ほらほら、大きいは正義でしょう?大は小を兼ねますよね?ね?」

「美というものは調和を基準にしている。より整ったものほど人間は有り難がるものだ。そうだろう?」

「なんていうか、包容力?安心して身を任せられる相手のものじゃないと、どんだけ大きかろうが形がよかろうが・・・嫌でしょう?」



こいつらヤバイ、正気の目をしてない。

手もワキワキ動いてておっかない。

助けてーグレン兄様ぁー!

魔王を、魔王を助けに呼んできてー!!



「さぁさぁ、順位を付けてください。そろそろこの曖昧な関係もやめにしましょう?」

「そうだぞアルフ。3人もの女をダラダラと無意味に側女にしておくなんて、さすがにどうかと思うぞ。」

「チッ・・・わかった、順位だな。じゃあ1位はアシュ」

「ちゃんと理由も教えてね。ただ名前並べるだけじゃ認めないから。」



クソが!

さすがはリタ、抜け目ない。

一番評価点が低そうなアシュリーを1位に据えれば、レースをもっと団子の状態に持っていけたのに。

理由をつけろ?

ねーよそんなもん!

オール0だよバカヤロー!

オレは嘘をつくか、家族同然の仲間たちを蹴散らすかの2つの間で揺れていたのだが、天はオレを見放していなかった。



  ゴンゴンッ

  すまない、魔王殿は御在宅だろうか?



来客きたぞオラァァアア!



「お、誰かきたな。お客様は待たせちゃいけないからね、しょうがないね。」

「えーーまた逃げるんですか?」



ブーイング3種のよくばりセットを無視して客を迎えた。

この辺りでは見かけないヤポーネの装いの女と、後ろに控えている鎧の男。

確かゲツメイと鎧の神と言ったか。



「おう、思いがけないヤツが来たな。何かあったのか?」

「視察で近くまで来たのでな、魔王殿の元へ訪いをと。取り込み中じゃったかな?」

「そんな事はない、超絶ヒマだった。さぁ中へ。」

「では、お言葉に甘えて・・・。」



お客様が来るとさすがに3人は態度を改めた。

リタはお茶の用意。

エレナは辺りを整頓し、アシュリーは机の上を布巾で拭いている。

5秒前の惨劇なんか初めから無かったように。



「レジスタリアの領民方が前以上にヤポーネに足を運んでくれての、嬉しい限りじゃ。」

「それは何よりだ、あそこはキレイな島だからな。」

「そう言ってもらえるのは土着の神としてはこれ以上ない誉れじゃ。」

「客人もまたいつでも来てくだされ。一同揃って歓迎いたしますぞ。」



出されたお茶を美味しそうに味わう2人の神。

味覚はオレ達と変わらないのだろうか、などとボンヤリ考えた。



「して、此度は例の失態のお詫びもあって来たのじゃが。」

「詫び?別に必要ないぞ。前回も花の神とか珍しいもんに会わせてくれたじゃないか。」

「まぁそういう訳にもいかぬ故、どうぞご笑納を。こちらは【奥方様】にじゃ。」



あ、この野郎。

お詫びとか言いいながら、我が家の泣き所をフルスイングで打ち抜きやがって。

やっぱり【奥方】の言葉に反応する3人。

お前ら怖いから目を光らすんじゃない、物理的に。



「いやぁすいませんね、こんな上等な布をいただいちゃってー。気が引けますけど私は奥方ですから、有り難くもらっちゃいますね?」

「たまには鎧を脱ぎ捨てて平服も良いだろう。ゲツメイ殿、良いきっかけを作っていただき感謝する。」

「あらあら2人とも、お客様の前でそんな冗談はやめてね。変な誤解をされたらアルフが困るでしょ?」



ああ、やっぱり女の戦いが再燃した。

まぁ順位を付けろ、なんて話に比べたら随分とマシだが。

ゲツメイはこのやり取りに目をパチクリとさせ、鎧の神は苦笑いを押し殺している。

鎧の方はこうなる事がわかってたんだよな?


オレはデコピンの素振りをしながら睨みつけた。

目が合って肩を竦めた鎧は、ほんの少しだけ縮んで見えた。

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