第78話  魔物の兵士

眼前には敵しか映らない。

2000もの軍勢が400もいないレジスタリアに押し寄せてきた。

街の前に広がる平地を、我が物顔の敵軍が占拠している。

まともに当たったらまず勝ち目の無い物量差だった。


それにしてもあの不気味な兵は何なのか。

狼や熊を少し人寄りにしたような謎の生物。

亜人とも魔獣ともまた違う、新しい何かだ。

見かけ倒しなんてことは、恐らく無いのだろう。



「敵陣に動き!およそ500が前進してきます!」

「敵の動きを見定める、持ち場を離れるな!」



驚異的な早さで500の兵が迫ってきた。

指揮官らしき数人の騎兵以外は、全てが例の生物だ。

攻城兵器もないのに、一体どう攻めるつもりなのか。


相手の出方を待っていると、敵兵は次々と跳躍して城壁に取りついた。

両手の鋭い爪を使って、垂直の壁を登り始めた。

さらには外から騎兵の集団が弓を射って援護している。

思いもよらない城攻めに、早くも味方は浮き足立ってしまった。



「リタ殿は中央を魔法で防いでくれ。左右の兵達は矢を射かけろ。必ず角度をつけて、正面から射つな!」

「みんな聞こえた?中央を守るわよ!」



リタは風魔法を操り、他の魔法兵はそれぞれの得意魔法で迎撃した。

さすがに敵は登っている間は無防備なので、直撃して落下していった。

弓矢も死角から打ち込むようにしたので、防がれる事なく直撃している。

さすがに矢だけで殺せはしなかったが、動きを止めたり、うまくいけば地面へと追いやる事もできた。


だが、それでもこの数の差だ。

全ての敵に対処できるほどの備えがこちらにはない。

ひとり、またひとりと城壁の縁に手をかけ、登りきるものが出始めた。



「3段に構える!前列は盾を並べ、中後列は槍を揃えろ。1体の敵に多数で突け!」



敵兵一人に対して5~10本もの槍を突かせた。

1本では防がれても、これだけの数で一斉に突けば、敵も無事では済まない。

城壁の上で息絶えるか、突き落とされて落下していくかのどちらかだった。

攻撃の隙を突かれない様に、槍は2段で構えさせた。

中列の攻撃の間を後列が補う形だ。



それでも敵の矢による援護が痛い。

飛来する矢で防御の隙間が生まれ、そこを狙われるようになった。

城壁の上に拠点を作らせるわけにはいかない。

私は危うくなったエリアに率先して切り込んだ。


実際に剣を交えると魔物のような兵は強く、そして速いことがわかる。

鎧を着込んでいないが外皮が硬く、こちらの刃が弾かれてしまう。

弾かれた瞬間を狙って鋭い爪が飛んでくる。

出し惜しみせずに技能で相手を両断した。

油断すると私でも殺されかねない相手だ、一般兵にとっては尚更危険な相手だろう。



「リタ殿、あの騎兵を追い払いたい。魔法でなんとかできないか?」

「少し距離があるけど・・・やってみるわ。」

「盾兵はリタ殿を守れ!魔法兵は引き続き迎撃しろ!」



リタが詠唱に入った。

その間も敵兵は押し寄せてくるが、なんとか追い返せている。

あの弓矢さえ無ければ、この戦線ももっと安定するはずだ。

詠唱の終わったリタは両手を平地の方に向けた。



「エア・ストーム!」



鋭い竜巻が敵に向かって猛然と飛んでいった。

城壁付近にいた兵も巻き込まれて、切り刻まれていく。

騎兵まで届くと思ったその魔法は、手前で逸れて外れてしまった。

いや、騎兵が遠ざかったのだ。

あともう少し距離が近ければ命中していたのかもしれない。



「ごめんなさい、外してしまったわ。」

「いや、問題ない。あそこに指揮官がいるせいか、警戒してだいぶ離れてくれた。」



倒せなくても相手の矢が届かなければいいのだ。

一応狙いは成功したと言える。

城壁周辺の敵兵を巻き込んでくれたのも大きい。

体勢を立て直すのには十分だった。


今のところ大きな問題も無く守れているが、まだ敵兵を100人倒せたかどうかだ。

2000人という数の暴力は、まだまだ終わりそうに無い。

気を緩めずに防御に徹し続けた。



太陽が傾きだしたころに、敵は一旦引き上げていった。

依然城壁前の平地に居座るようだが、夜通し攻められずに済みそうで安心した。

こうもアッサリ引いたことから、ひょっとすると夜に弱いのかもしれない。

夜目が利かない、同士討ちをしてしまう、持久力に欠けるなど、色々考えられるが。

夜襲も警戒して見張りを厳重にしたが、その心配は無く朝まで何事も起きなかった。


そして翌日。

私は自分の目を疑った。

昨日まであれだけ居た敵が、大きく数を減らしていた。

半分もいるかどうか・・・目に見えて少なくなっているのだ。

初日から逃亡はないだろうし、本国に戻ったのか。


もしかすると・・・。

私は森の方に目を向けた。

土煙が上がっていて、軍勢が移動しているのがわかる。



「報告します!敵兵が夜陰に紛れて移動したとのこと。その数1000!」

「・・・まさか!ロランに向かったのか?!」

「まずいわね、あそこはここよりも手薄な上に、結果的に3000も向かってしまっているわ。」

「アーデン殿、兵を集めろ。ロランの救援に向かう!」

「ダメだダメだ!城外にはあのバケモン共がまだ1000近くも居るんですよ?全軍で出たとしてもあっという間にオダブツだ!」

「・・・ねえ、これってつまり。」

「私たちが敵を引き付けているんじゃない。閉じ込められたんだ。」

「リタさん、アンタ魔王の旦那みてえに飛べないんですかい?」

「私は飛べないのよ、アルフかアシュリーだけなの。」



敵の配置を再確認したが、やはりこちらから出ることは不可能に近かった。

私かリタだけでも馬に乗って脱出する案も出たが、危険すぎるということで却下された。

結局こちらからは何もせずに、予定通りレジスタリアを守る事しかなかった。

アルフが心配だが・・・その事ばかり考えている余裕も、すぐに無くなるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る