第73話  路地裏の惨劇

「余分なものは、余っているものは、ありませんか?」



顔をあげずにうつ向きながら、男はボソリと尋ねた。

小さい声で、唇もたいして動いたようには見えないが、とても明瞭な言葉で。



「あ、いや。オレたちは今手ぶらなんだ。何も持ってないんだ。」

「そう、ですか・・・。」

「期待に応えられなくて、すまんな。」

「いえ、こちらこそ。」



男はそのままゆっくりと一礼をして、また路地裏へと消えていった。



ノソリ。

ノソリ。



一定のペースを保ったまま歩き、一度も振り替えることなく奥の方へと消えていった。

今となってはあの禍々しい気配も感じられない。

こちらには何の興味を示さず、立ち去ってくれたようだ。

オレは緊張の糸が切れてしまって膝を着きそうになる。



「アルフ、大丈夫?!」

「あぁ、大丈夫だ。みんなも平気か?」

「平気というか、まぁ何もされてませんしね。」

「アルフがそこまで警戒するなら余程の者なのだろうが・・・武術に関しては素人同然だろう。動きに修練のあとが一切見られなかった。」

「となると、また魔力モンスターみたいな超人ですか?アルフみたいな。」

「さっきの人は魔力が大きい、というのとは違うわね。なんというか、異質な存在としか言いようがないわ。」

「異質か・・・、私には普通の男にしか見えなかったのだが。」



みんなが思い思いに分析を重ねている。

シルヴィアなどはすっかり怯えてしまっている。

せっかくの旅行なのにもったいない。

オレは出来るだけ明るい声でみんなに言った。



「まぁ、さっきのヤツは手を出さなきゃ平気だろう。今後もし再会したとしても、刺激しないように注意してくれ。」

「そうね。敵対する必要もないんだし。」



それから子供たちを宥めてから散策を再開した。

多少のショックがあったせいか、数々の珍しい品を見ても反応が薄かった。

それでも海の幸の並ぶ豪勢な晩飯や、広めのゆったり風呂のおかげで、眠る前には誰もが上機嫌だった。


湯上がり姿で色目を使ってきたアシュリーが蹴散らされる、なんてハプニングはあったが。

自分を縄で縛り、目隠しまでキメたエレナが部屋でスタンバっていて、オレに脳天チョップを食らわされて気絶する、なんてトラブルはあったが。


そんな中やっぱりリタは何もしてこない。

二人の悪ふざけに便乗しない。

それがオレの評価を下げることを知っているから。

手強いヤツよ・・・。

去り際に、「私が何もしないと、寂しい?」なんてぬかしやがる。

違いますぅー、そんなんじゃないんですぅー!



翌朝。

朝食のためにみんなで食堂に集まったとき、リタは妙に機嫌がよかった。

オレの隣に座って、事あるごとに肩をぶつけてくる。

違いますってばー、あれ誤解なんですぅ!

アシュリー、エレナ。

お前らほんと危機感を持て。

これくらいの処世術を早く身に付けろよ。



今日は劇場に観劇に行く。

子供達も楽しめるようにと、全年齢対象の公演を選んだ。

実際に見てみると、話の内容自体は簡単で分かり易いものだったが、演出やら音楽やらまで凝っていて大人でも楽しめた。

アシュリーなんかは前のめりで見ており、握りこぶしを作ってまで入り込んでいるほどだ。

観劇のあとは物販でアシュリー、シルヴィア、ミレイアはグッズの人形を買っていた。

小さなちょっとした人形なのに、1つ当たり銀貨2枚もした。

こういうグッズってのは高いんだよな。



「モグ太!ここはボクに任せて早く行くモグ!」

「そんな、キミをおいてなんかモグ!」

「ダメだ、このままじゃ姫様の命が助からない!さぁ行くモグ!」

「わかったよ、モグ助・・・。ぜったいに、しなないでモグ!」



シルヴィアとミレイアはさっきの公演の「モグラ少年の友情」ごっこに夢中だ。

劇場で買った人形を使って、見た内容を必死で思い出しながら。

オレとしては例の「アシュリーごっこ」ブームが終わってホッとしている。

あんな邪悪な遊びはもうやらないでいただきたい。


ちなみに当の本人がそれを見た感想はというと。

「いやーーちょっとやめてくださいよぉ。いくら事実とはいえ照れますよーー事実ですけどぉ。ほんと相思相愛で、骨の髄まで愛し合ってますけどぉ、改めて周りに言われると照れるっていうかー。」

このザマだ。

両手を頬に当ててウネウネしながら。

大層不愉快である。



異変が起きたのはその日の夜。

宿の一室で眠っていると、裏通りの方から強烈な魔力が感じられた。

運がいいのか悪いのか、部屋の窓から確認できる位置だ。

視線をそちらにやると、例の男とチンピラ3人が言い争いをしていた。

強盗か何かだろうか?


チンピラが躊躇うこともなく武器を抜いて、3人揃って男に斬りかかった。

斬りかかったはずだが、男は防いだり避けた様子はない。

3人とも攻撃を外したのか・・・?

違う、理屈はわからんが、武器が消えたのだ。

柄の部分が残っている事から、刀身や切っ先だけが消えたのだろう。

慄いたチンピラ達が一斉に逃げ出そうとする。

それでも逃げる事は叶わず、彼らの武器と同じように、3人とも消失した。


炎で塵にしたわけでも、風で切り刻んだというのも違う。

文字通り消えてしまったのだ。

初めて見るその光景に、オレは窓辺から動けなくなってしまった。

その視線に気づいたのか、男がオレの方に顔を向けた。

オレは弾かれたように動き、反射的に壁に隠れた。


あの出来事を目撃してしまったことで、今後の環境に変化が生まれるかもしれない。

シルヴィア達の安全の為にも、気を緩めないようにしなくては。

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