第72話 自由の担い手 ゴルディナ
頼もしさと威圧感を兼ね備えた城門を抜け、入国審査でいくらか待たされ、ようやく入った街はなんというか・・・圧巻だった。
誰もが歩くのを忘れ立ち尽くして、その情景に言葉を無くした。
右手に巨大な王宮らしきもの等の建物群。
正面はなだらかな下り坂になっており、街路樹で整備された石畳に劇場、その奥には海原が少しだけ垣間見える。
左手にはマーケットがあるようで、人の流れや喧騒が凄まじい。
「いやぁー、これは予想以上ですね。レジスタリア何個分でしょうか?」
「国が丸々都市に収まっていると聞いたことがあるが、あながち冗談でもないようだな。」
「シルヴィア、はしゃいで迷子にならないでね?探すのが大変だから。」
子供たちは口を開けっ広げにして呆けている。
ここまでビビッドな感情を見せられると、連れてきた甲斐もあるな。
宿はマーケット近くのものをとった。
部屋から遠目に海の見える、それなりの部屋だ。
鼻息を荒くして目を爛々と輝かせているシルヴィアとミレイアだが、この二人から目を離すのは危ないだろう。
ほんの一瞬で迷子になりかねない。
今もじっとしてられず、二人でベッドの上をポンポン跳び跳ねている。
そのエネルギーをそのまま外に出したらと思うと、嬉しい反面気が重い。
荷物を置いて街に出た。
マーケットは文字通り人の海だ。
布だけ敷いて品を並べる者がいて、簡素なテントを広げて呼び込みに励む者いる。
きちんと店を構えているような所は老舗ってやつだろうか。
その露天や店の隙間を人が埋め尽くしている。
いつぞやのレジスタリアのバザールを思い出すが、ここではあれが日常なんだろうか。
子供たちには旅行中の間、一人銀貨5枚までなら好きに買って良いと伝えてある。
伝えてあるのだが、実際マーケットに来ると反応が今一つだ。
あまりにも物の数が多くて、選ぶことすらできていないのかもしれない。
まぁ明日以降も滞在するのだから、ゆっくり探すと良い。
そのうちこの喧騒にも慣れるだろう。
「そこのあんたたち、占いはどうだい?」
「占い!なにを占ってくれるの?」
「そりゃあ何でもさ。可愛いお嬢ちゃん」
ヒッヒッヒと妖しげに笑う老婆。
確かになんというか、占いな魔術に詳しそうな風体で、謎の説得力をはらんでいた。
「今日はお近づきの印に、只で少し占ってやるよ。詳しく話を聞きたかったらまた明日、銭っこ持っておいで。」
「へぇ、占い師さんか。僕初めて見たかも。」
「おや、少年。あんたには女難の相が出てるから気を付けな。このままじゃ、賑やかだけど疲れる生活が待ってるよ。」
「え、なにそれは。」
「もうーグレン君、大丈夫ですよ。ジョナンのソーだかなんだか知らないですけど、お姉さんがグレン君の情婦になってあげますから、決して寂しい思いはさせませんよ。」
「アシュリーさん、何言ってるかわかんないけど断っとくよ。もう嫌な予感がすごい。」
ケラケラと笑う老婆。
そら見たことか、なんて苦言を添えて。
この婆さんは何歳なんだろうな。
歯も疎らにしか生えてないから高齢だろうが。
「ふむ、そこのお兄さん。あんた随分と珍しいね。こんな相を見るなんていつぶりかの。」
「オレか。そんなに珍しい顔か?」
「アンタは望まなくても、大きな波に飲まれることになるよ。いや、もう飲まれているね。迷うことがあったら自分の内に聞きな。外に答えはない、あんたの中にあるよ。」
眼光鋭くして語る老婆からは、先程の楽しげな空気が消えていた。
決断を促す時のように、それか刑を宣告する時のように、混じりけの無い厳然な態度。
誰もが二の句を告げないままで居ると、その重い威圧感がたち消えた。
「はい、サービスはここまで。今日は店じまいだよ!また話が聞きたきゃ明日以降また来な。」
一方的に商売道具を片付け始めた。
サービス精神があるんだか無いんだか。
ズラリと並べていた妖しげな品々をあっという間にしまい込み、一瞥もくれずに路地へ消えていった。
「なんか、すごい人だったわね。」
「女難の相ってなんだろう、なんだか怖いんだけど。僕はどうなっちゃうんだろう。」
「兄様、迷ったときは人に優しくするといいそうです。優しくした分だけ自分が困ってるとき助けて貰いやすいから、だとか。」
「うーん、なんだかそれは優しさじゃない気がするけど。ちょっと心がけてみようか。」
この兄妹の何気ない会話。
これが後のグレンの人生を決定付け、苦難の人生の幕開けとなるのだが、それはまた別の話。
路地から人のやってくる気配がある。
あれは男だ、たぶん若い。
顔をうつ向かせて、大きな荷物を持ち歩きながらこっちに歩いてくる。
不吉な予感を感じて、みんなをオレの後ろに動かした。
男はそんなことには気にも止めずに、同じリズムで歩いてくる。
ノソリ、ノソリ。
警戒ゲージが少しずつ上がっていく。
なぜだろう・・・丸腰と思われるこの生気の無い男からは、ひどく禍々しい気配が漂っている。
路地裏で刃物を見せびらかしているチンピラの方が、まだ善良さを持っている気がする。
ノソリ、ノソリ。
念のため子供を逃がせるルートを、横目でチラリと見た。
そして戦うもの、守るもの、援護するものと、頭の中で大雑把に戦略を組み立てた。
自分でもなぜここまで焦るのかはわからないが、頭に響く警告音は鳴りやまない。
コイツは、危険だ!
敵かどうかまだわからないが、それだけは間違いない。
見た目からは想像もできないほど、一切油断のできない恐ろしい男だ。
オレの気配を察してか皆が、子供達でさえ臨戦態勢に入る。
ノソリ。
男が目の前で立ち止まった。
思わず剣の柄に手が伸びる。
抜くかどうか迷っていると、男はボソリと呟いた。
「要らないものは・・・余分なものはありませんか。」
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