第52話 狐との出会い
オレは乳白色の部屋にいる。
いや、空間か?
何ひとつ取っ掛かりのない景色だ。
本当に一色で塗りつぶしたような、そんな場所だ。
やっぱりオレは死んじまったのか?
声も出ないし、指先ひとつ動かせない。
というか口や指どころか体もない。
天に召される魂にでもなったんだろうか?
そんでここで、今までの罪の軽重や魂の純度を測るのか?
最後の復讐劇はノーカンだよな、あれオレ悪くないよな?
はぁ、そうするとシルヴィアを助けに行く事もできないのか・・・。
まぁ辛うじて生きてたとしても、動けないだろうしな。
万全の状態でも、あいつらにまた殺されるだけだろうし。
どうにもならねえのかなー。
そうだよね、君弱すぎだよね。あんなちょっと強いくらいの人間にアッサリ殺されるなんてさ。
こんな時のために剣術でも習ってれば良かったな。
まぁ付け焼き刃が本職に敵うはずもないか。
なんせ元は鋤や鍬片手に土いじりする、善良な農夫なんだからな。
普通さ、もうちょっと粘れるよね。丸腰にしてもあの負けっぷりは酷いもんだよ。
む?
誰ださっきから。
人の思考に横槍をいれて。
もしかして神様?
だったら謝るから許してくださいすいませんっした。
アハハー、神様じゃないけどね、許してあげるよ。
なんかどっかで聞いた事あるような声、そして口調だな。
うーーん、思い出せん。
それにしても君の中を覗いてびっくりしたよ、軒並みリンク切れなんだもん。そりゃ閉じっぱなしだよね、開く為の因子も反応できないよね。
中身覗くって何?
もしかして現世の罪とやらを見られてる?
っていうか閉じてるって何だよ。
それもどっかで聞いた事あるような・・・。
まぁ超特急で繋いだから不安定だけど、もうやってけるでしょ。早く役目を全うして欲しいもんだね。
役目?
一体何の話だ?
君には「定めるもの」って役目があるんだよ。やるべき事ってのは・・・まぁそのうち話すよ。
おい、今面倒になっただけだろ?
クッソ、訳わからん話ばっかフリやがって。
死んでからもこんな問答に付き合わされるなんて、いじめかよ?!
君は死んでないよ、もうじき目を醒ますからシルヴィアを助けてあげてよ。
え、マジで?
オレ生きてんの?
ここ死後の世界じゃないの?
その答えを待たずに、景色が切り替わっていく。
まるで世界が地面を、山を、空を、構成している物質全てを思い出していくかのように。
そして、色が戻り、音が聞こえ出し、ゆっくりと見慣れた情景に切り替わった。
真っ暗闇の中雨が降っている。
小さな雨粒がオレの体を濡らし続ける。
オレの体はというと・・・全くなんともない。
斬られた肩や背中はピッタリとふさがっている。
あんな高所から落ちたのに、骨折ひとつしていない。
何か悪夢でも見た後のような気分だ。
もの凄くリアルな悪夢の後のような。
そうだ、モコはどうだ?
オレが無事ならきっとモコだって!
そこには物言わぬ体があるだけだった。
目をつぶり、口を少し開けて、血まみれになった猫の体。
雨ざらしになったせいか、体温は全くなく冷え切っていた。
なんでだよ!
オレはここまで無事で、なんでお前は助からないんだよ!
モコの体が、まるで役目を終えたかのように消えていく。
繊細でほのかに輝く光の粒子を巻き上げながら。
オレはなんとかそれを止めようと、モコの体を抱き上げるが、なにも変わらなかった。
そう、何も。
光の粒子はあっという間に消えてしまい、後には何も残らなかった。
モコがこの世にいた証すら。
なぜこんな事に?
モコが一体何をした?
なぜ死ななきゃならなかった?
こいつに一つでも落ち度があったってのか!?
オレは手近な岩を、切り立った崖を、辺りの木々を殴りつけた。
なんでだ!
なんでだ!
なんでなんだよ!!
子供の癇癪のように、ただ泣きながら周りを破壊し続けた。
気が少し治まった頃に、ようやく頭が回り出した。
シルヴィアだ。
いまもどこかに囚われているシルヴィアを助けなきゃ!
でもどこにいるんだろう?
襲撃場所からだいぶ飛ばされたし、あのままあそこに居るはずもないだろうし。
うかうかしていると、手遅れになってしまうかもしれない。
そうなる前になんとかしたいが、情報がなさすぎる。
そうやって焦る頭で考え込んでいると、何者かの気配が近づいてきた。
「何やら不思議な魔力を辿ってみれば・・・、とんでもない方がおわしますなぁ。」
酷くのんびりと喋る狐。
妙にでかいから大狐か妖狐か。
人が考え事してるのに横からなんだ。
邪魔だから消えろ。
「お兄さん、ずいぶんと綺麗な魔力をお持ちで・・・。美しい輝きと言われませぬか?お兄さんにとっては褒められ慣れて、誉め言葉にすらなっていませんか。」
カラカラと狐が不快に笑う。
考えがまとまらねえだろ、うざってえ。
つうか消えろ。
「なんだお前はさっきから。オレは急いでんだ。」
「急いでるって、ずっとそこに居るじゃないですか。変なお人。」
消えろっつうんだよ!
オレはイラついて思いっきり狐を蹴り飛ばした。
遠くまで吹っ飛んで木に激突した。
なんだアイツ、かるっ!
小石でも蹴ったような感触だったぞ?
図体デカイ割に中身スッカスカかよ。
吹っ飛ばされたソイツは、軽い身のこなしで瞬く間にオレの隣まで来た。
そして飛んできたかと思うと、突然人間の女の姿になった。
「イタタ・・・。この姿がお気に召さなかったようで、人の姿でしたら良いのでしょうかねえ?」
「そうじゃねえよ、オレは攫われた子を探さなきゃいけねぇ。だから時間がねえっつってんだよ。」
それは何かの気遣いなのか?
オレに合わせて人間の姿になったらしい。
それは気遣い下手がよく陥るやつだ。
オレが本当にして欲しい事は全くせずに、どうでもいい事ばかりに気をつかう。
んーーーとノンビリした声を出しながら考え出す狐。
早いとこどっか消えてくんねえか。
「人探し・・・というとお連れ様で?あの獣人の女の子の。」
「知ってるのか!」
「向こうの小屋に、珍しい妙な組み合わせが居ましてね。だから気になっていたんです。」
「よし、連れてけ今すぐライッナゥ!」
知ってんなら早く言え!
オレは噛み付かんばかりの剣幕で狐女を追い立てた。
待ってろ、今すぐに助けてやるからな!
「それじゃあ後を付いてきてくださいな。」
すかさず後ろを駆けた。
なんか、後ろに流れる景色がいつもと違うな。
普段の駆け足はもちろん、昔裸馬に乗って駆けたこともあるが、そんなレベルじゃない。
燕なんかよりもよほど早いんじゃないか?
狐が城壁くらいある高さの岩を飛び越えた。
オレもすかさずそれに続いた。
・・・いや、「続いた」じゃねえよな。
どう考えても体がおかしい。
明らかに人間の規格外の動きだろ、これ!
狐に止まるように促した。
「ちょっと確認する、止まれ。」
「あらぁ、急がなくてもよろしいの?」
そんな疑問を無視して、近くの岩に正拳突きを試した。
パァンッと盛大に破裂した。
体からは魔力の証と言われる光が溢れ出ていた。
おいおいおい、マジかよこれ!
石を手のひらで握り潰そうと試してみても、大した抵抗感もなく粉々に砕けた。
「なんなんだこれは。オレはどうなっちまったんだ?」
「なんなんだって、さっきも散々同じことしてたじゃありませんか?」
あー、モコの時のか。
あんときゃ頭に血が上っててそれどころじゃなくて・・・。
確かに木を吹っ飛ばして、地面を大きく割って、真っ二つの岩を量産した・・・かもしれない。
じゃあ、あの夢は本物だった?
なんか繋いだとか、役目がどうのとか言ってたが。
正直言って話の半分も理解できなかったあの夢は、リアル?!
まぁ、そうじゃないとオレが今ピンピンしてることも説明がつかないか。
身体が変身してたらと不安にもなったが、そこは大丈夫みたいだ。
「待たせたな、先を急ごう。」
「あぁ、やっぱり綺麗な色・・・なんて純粋で、透き通るように儚げで、それでいてどこか暴力的な・・・」
「ボヤボヤすんな、行くぞ!」
自分で足止めしといて、急かすというダブスタの美学。
徐々に態度がでかくなっていく自分を感じながら、夜道を進んでいった。
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