第49話  会話ができないと言う事

女の子が自分の手をペロペロ舐め始めた。

汚れが気になるらしい。

それってあんまり良くないって聞いたような?

口から病気の素が入るとかなんとか。



これは拭いてあげたほうがいいよな。

オレは布のきれっ端を水に浸した。

おおぅ、気持ちいい。

水に触れるのってこんなに気持ちいいことだっけ?

まぁいいか、布切れを水洗いしてからしっかり絞ってと。



オレは獣人の子に近づいていった。

顔をいきなり拭こうとしたら怖がられた。

そっか、急に顔はこわいよな。



大丈夫、こわくないよー、こわくないからねぇ。

声をかけながら手をまず拭こうとしてみた。

手を握ってからゆっくりと拭いてあげると、安心したのか体から力を抜いて委ねてくれた。

じゃあ顔も足もフキフキするねーーっ。

・・・よし、これで顔も手足も綺麗になった。



一通り布で拭き終わった頃。

女の子がオレの手をスリスリさすりながら、顔を向けてきた。



「・・・ァウ、アーーォゥ。」



なんだろ、何か伝えたいんだろうな。

んーーっと、手の怪我のこと?

そっか、この子に噛まれて傷ができてたんだ。



「大丈夫だよ、血もとまってるし。」



笑顔でそう言うと、気持ちが伝わったのかちょっと笑ったみたいだ。

噛まれた本人でさえ忘れてたのに、覚えててくれたんだ。

ほんと気にしてくれなくていいんだよ。

なぜか既に傷が塞がり出してるんだから。

・・・なんなんだろうね?



そこで グゥ と二人のお腹が鳴った。

そういや、ここまで飲まず食わずだったな。

オレは果実を手にしながら聞いてみた。



「なぁ、これ食っても良いのか?」


   うん、いいよー。好きなだけとってってぇー。



二つ返事の快諾にオレは4つほど貰った。 

人の頭の大きさくらいある果実だ。

表面は少し淡い黄色、木から?ぐとフワッと芳醇な香りが広がる。

ヘタ部分のところから皮をむくと、中に房状になっている実が見える。

うん、見た感じは結構うまそうだ。



果実をもいだ傍から、まったく同じ場所にまた小さな実が成りはじめた。

うん、考えない考えない!

手の傷の治りも妙にいいけど考えないぞー?

どんなに頭捻ってもわからんしな、うん。



さっそくそれを二人で食べることにした。

まず、味見毒味かねてオレが食べた。

うん・・・、最初ちょっと酸っぱくて、その後濃厚な甘みが口全体に広がって、すごく瑞々しい。

一言で言うと、すっげうまい。

食べて大丈夫だよ、と声をかけて促すと少しづつ頬張り始めた。



その姿が可愛らしくてしばらく眺めていると、その子はオレの果実をピッと指差した。

うん?これも欲しいのかな?

むいた果実を目の前に差し出すと、ブンブンと頭を横に振った。

どうやら違うらしい。

オレの顔を見ながら、何度も食べる仕草をしてくる。

食べろってことかな?

一口頬張ると、やっぱりうまい。



「うん、美味しいよね。」

笑顔で言ってみたところ、相手はまるで花が咲いたように ニコォっと微笑んだ。

そうか、これはつまり



おいしいね、ご飯食べられてよかったね。



って言いたかったのか。

それからも頬張ってはお互いの顔を見合って、どちらともなく微笑みあった。




お腹がふくれると子供は遊ぶもんだ。

今回も例にもれず、あちこち探検を始めたようだ。

しばらくして、膝を折ったかと思うと地面をじっと眺めだした。

気になって近くに行ってみると、目線の先にはミミズがいた。

棒で少しつついては、ミミズの反応を眺めている。

ミミズの反応をみてからオレの顔も見てくる、何かコメントが欲しいのかな?



「うん、ミミズさんがいるねえ。」



そう言うとまたニコォっと笑ってくれた。

言葉は伝わってないと思うけど、なんとか意思の疎通ができてるみたいだ。



それにしてもこの子は何という名前なんだろう?

ずっとあの子この子ってわけにもいかないしな。

うーーん、もうオレが名付けちゃって・・・いっかな?

それを咎めるヤツも居ないしな。



「ちょっといいかな?」

「・・・??」

「君の名前はシルヴィアだ、シルヴィア、シールーヴィーア!」

「・・・ゥヤーーヤ?」

「しーるーヴぃーあー!」

「ゥーーウーーヤーーヤァ!」



顔を見ながら両肩に手を置いて、シルヴィアと連呼してみた。

そうすれば伝わるかなって思って。

たぶん成功したと思う、シルヴィアと呼ぶと反応するからだ。

オッケーオッケー、定着したらしい。



ちなみにシルヴィアっていう名前は、神話に出てくる慈愛の女神とかだったかな。

最近はその名前を名付ける親が多いとか。

気に入らなかったら変えるけど、その心配は無さそうだ。

それからもう一つ気になってる事を聞いてみた。



「シルヴィアはお父さんはいるの?お父さんだよ、わかる?」

「・・・???」



思いっきり首を傾げられたぞ。

まあそりゃそうか。

オレはなんとかゼスチャーで、俺自身を指差して「男」ってニュアンスや、おっきいゼスチャーをしたり、シルヴィアを指差して「君の」って表現をしてみた。

・・・我ながら思う、これは伝わらんだろ。



「おとうさん、おとーさん!」

「ゥォーアン!ゥォーアン!!」



笑顔でシルヴィアがピョンピョン駆け回り出した。

そしてオレの顔をみながら ゥオーヤン とか呼び出した。

うん、これ伝わってないね。

しょうがないか、単語自体が伝わらないんだもんなぁ。



ふと気になって、オレは猫にも聞いてみた。

「そういえばお前には名前とかあるのか?」


  僕?そんなの必要ないよ。名前が必要な雑多な生物じゃなく唯一無二。こう見えても高位な存在なんだよ?



ンフーーって鼻息が聞こえる。

まるでわかっちゃいないって言いたげな態度が腹立つ。



「名前があったほうが何かと便利なんだよ、もうオレが名付けてもいいよな?」


  名前ねえ、まあいいけど。どんなのにするの?


「そうだな・・・。じゃあゲレゲ」


  うん、それは止めたほうがいいかな。


「なんだよ、それじゃあボロン」


  それも止めたほうがいいよ。



クソッ、なんだこいつ。

名前に執着が感じられないのに立て続けに拒否しやがって。



「じゃあ毛むくじゃらだから、モコでいいな。」


  毛むくじゃらって・・・。もっとそれなりの理由が欲しかったよ。


「っさい。お前はモコ。はい決定!」


  君ってうまくいかなくなると自棄になるタイプでしょ?



こうしてオレとシルヴィアとモコの日々が始まった。

ここなら食事には困らないし、水もあるし、危険もないし、本当にいう事ない。

明るいから時間の感覚が狂うな、と言ったら昼は明るく、夜は暗くしてくれた。

ほんと何なんだよ、この空間は。



オレは考えるのをやめたが、悪態をつかないとは言ってない。

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