第33話  モコの帰還


オレは今、一面乳白色の世界に居る。


ついさっきまで、リタやシルヴィアとお茶をしていたはずだが。

突然世界から音が消えて、皆の動きが止まり、オレは意識を失ったんだっけ。

この感覚は久しぶりだ。

たぶん半年ぶりくらいだろう。



目の前には「半精霊」を自称する、どう見ても猫にしか見えない、モコがいる。

ここはオレとモコだけが知る、不思議な空間だ。

ものすごく馴れ馴れしい声が聞こえてくる。



「やっほやっほー、久しぶりだねアルフ。元気だったー?」

「元気だったじゃねぇよ、今まで散々呼んだのに出てこねぇで何してた?」

「何って、君に頼まれ事をしてたんだけど?君の精神の奥深くに潜って仕事してたんだけど?」

「アッ・・・。」



やべっ。

完全に忘れてた。



「魔力の消費はバカでかくて困ってるから、何とかして欲しいって頼んできたのはアルフだよね?」

「ハイ。」

「それってどんな作業かわかってる?数万本の色違いの紐を、一対になるように探し出して結びつけるようなものだよ?途方もない作業だと思わない?」

「ハイ。」

「ここまで聞いて何か言うことはある?」

「モコおかえり、みんながお前の帰りを待ってたぞ。」



ヤレヤレという擬音が聞こえるようだ。

くそ、わざとらしい動きしやがって。



「んで、上手くいったのか?」

「まぁね。でも劇的には良くなってないよ?いくらかマシになったってくらい。」

「ふーん、例えば?」

「このまえ魔力枯渇になったでしょ?今ならしんどいってレベルですむよ。」

「あんま変わってねぇな。」



もっと好き勝手使えるようになりたかったんだがな。

世の中そんな甘くはねえか。



「その事でひとついいかな?」

「どうしたんだよ、改まって。」

「あまり魔力を使わないで欲しいんだ。少なくとも枯渇させないで欲しい。」

「なんでだ?理由を教えてくれよ。」

「君自身の身を守るためにも少なくない魔力が使われてるんだ。無意識的にね。枯渇の状態になったら、その防御機能が働かなくなる。そうなったら君は普通の人間となんら変わらない、ただの村人になってしまうんだ。」



モコは普段よりも声色を落として説明をしていた。

軽口や冗談を挟むつもりも無いようだ。



「特に連日や連戦での戦いには気を付けて。魔力の回復が追い付かなくなって、予想外のタイミングで枯渇しちゃうから。」

「わかった、配分には注意するよ。」



そうオレが言うと、視界がだんだんぼやけ出した。

元の世界に戻っていくのだろう。



「早くみんなにも顔出さなきゃ。可愛いペットの座を取り戻さなきゃ。」



世界が切り替わる刹那、最後に聞こえた声だ。

マスコットポジションを犬のコロに奪われて焦るのはわかるが、魔力の説明の時より真に迫った声なのはどういうこと?



視界がいつもの家の中に変わり、徐々に色が、音が、時間が戻っていく。

オレの意識が別空間に飛んだことなど誰も気づかないように、世界はまた動き出した。



「あ、モコちゃんだー!モコちゃんきてくれたの!」

「あらモコちゃん、久しぶりじゃない。どこに行ってたの?」



テーブルにはオレの魔力で顕在化したモコがいた。

みんなに頭やアゴを撫でられて気持ち良さそうにしている。

蕩けた表情しやがって。

魔力の消費に気を付けろって言ったお前が、早速それを消費するのってどうよ?



「モッコちゃーん、モコちゃんにおともだちなの。コロちゃんなの。」



シルヴィアがコロを抱きかかえて連れてくる。

コロは限界まで首を伸ばして匂いをかぎ、耳の裏や顔の辺りをひたすらクンクンしてる。

嗅ぎ終わったら何度かワンワンと吠えた。



「コロちゃん、メッ!モコちゃんともなかよしさんになるの!」

「やっぱり急に顔会わせるとこうなっちゃうわよね。時間をかければ平気かしら?」



モコはというとつまらなそうにコロに目線を向けて、眠そうに欠伸をした。

モコ、お前はキチンと色々理解できてんだろ?

調和を乱さないように協力しろよ。

お前とは違ってコロはほんとに子供なんだから仲良くしてやれよ。



翌日からというもの、逃げるモコを全力でコロが追いかけて、シャーッと怒られる光景が日常になった。

バタバタと騒がしくなったもんだ。



モコはそうやって怒りながらも、まんざらでもない顔をしていた。

ちなみにモコは現実世界では喋ろうとしない。

だからモコの知能が高いことを、オレ以外のやつはしらない。

なぜそこまで猫に徹するのか聞いてみた。



「愛玩動物は喋らないから可愛いのさ。僕はこの家で一番愛される子でありたい。」



モコの真意を知った時の皆の顔が気になるが、とりあえずは黙っておくか。

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