第32話  埋め合わせからの 蟻地獄

あれからなんとかして、森の家に帰ってきた。

家にはすでに、一時避難していたシルヴィア達やエレナが待っていた。

話のすり合わせをしようということになり、エレナにこっちでの出来事を先ほどから話しているわけだが。



「そのあと飛んで帰ろうと思ったんですけど、アルフが魔力枯渇を起こしちゃったんですよねー。だからそこで介抱しなきゃってなってですねー。」

「そうか、だから妙に遅くなったわけか。」

「それでしばらくの間、私が膝枕をして心身を癒してあげたんですよー、いやーあれはいいものですねー、やってみて初めてわかる何かっていうかー。」

「は?」

「アルフが少し回復したあとには、獣人の町のみんなに報告して、みんなには帰ってもらってですね。」

「待て、そんなこと話はどうでもいい!」



延々と話しているのは妙に饒舌なアシュリーだ。

オレはまだ頭がぼんやりしているし、リタはお茶を淹れてくれている最中だ。

必然的にこのトリがメインで話すことになる訳だが、浮かれっぷりがなんか腹立つな。



「あ、やっぱ気になっちゃいます?そっかー気になっちゃいますよねー。ごめんなさい、私は一足先にオトナになっちゃいましたー!」

「アルフ!私を遠ざけている間に何をやっているんだ!」

「何をって、そんな目くじら立てるようなことか?」

「私もその酒池肉林のメンバーに加えろ!」

「わかった、お前バカだろ?」



アシュリーの野郎、わざわざ煽るような言い回ししやがって。

急にめんどくさくなってきたじゃねえか。

つうか酒池肉林って言葉の意味をよくわかってないだろ。



「アルフ埋め合わせだ、埋め合わせを要求する!」

「埋め合わせったって、何をしろっつうんだよ?」

「私と明日、デートとやらをしてもらうぞ。」

「はぁ?なんでそうなる?」

「リタ殿やアシュリー殿には手を出しておいて、私だけまだというのはあんまりじゃないか!」

「人聞きの悪いこというんじゃねえよ!」



おい、これどうすんだよ、誰が収拾つけんだよ。

煽った張本人はというと胸に両手を当てながら、何かに浸るような恍惚とした様子だ。

羽へし折るぞこの野郎。



「ねぇリタお姉ちゃん、でーとってなぁに?」

「んーーー女の子が大好きな人と出掛けること、でいいのかな。」

「そっかぁ!じゃあシルヴィはおとさんとでーとするの!」




ああ・・・。

砂漠のように乾ききって、疲れ果てていたオレの心に大いなる潤いが、甘露のように染み渡った。




おとさんと  でーと  するの




なんと素晴らしい言葉だろう。

毎日言って欲しい、そして毎日行って欲しい。

願わくば、この先も未来永劫、ずっと・・・。



「すまないがシルヴィア、私の次でも構わないか?」

「エレナお姉ちゃんが先にいったの、だからシルヴィはそのつぎなの。」



なぜだろう、今フラれたような気分。

心の灯火がフッと消えた気がした。



「ということだ、明日は私とデートだ。いいな?」

「何が、ということなのかはわからんが。まぁいいだろう。」



獣人の町に報酬を支払いにいかなきゃいけないしな。

そのついでにこなせばいいだろう。




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翌日。

アルフとのデートにこぎつけた私は、家の前で待っていた。

自分の準備は終わっているので、相手が出てくるのを待つだけだ。

せっかく掴んだチャンスだ、これをきっかけにリタ殿たちよりも先に歩を進めたいものだ。

こんなこともあろうかと恋愛に詳しそうな例の男に、あらかじめデートの秘訣を教えてもらっていた。

全項目の四カ条はすべて記憶済みだ。



「おうエレナ、早いな。」

「私から言い出したことだからな。遅れる訳にはいかない。」

「てっきりデートだから準備に手間取ると思ってたぞ。」

「そうした方が良かったのか?」

「そういう事じゃねえよ。」



そうか、こういう日は女は遅れてきた方がいいのか。

またひとつ勉強になったな。



「じゃあこれから戦闘に参加してくれた獣人たちに、報酬の支払いを・・・って何してんだ?」

「うむ、私は主の腹心だからな。常に飾る事なく側にいようと思ってな。」

「いや、その首輪に繋がったロープと、四つん這いについて言ってんだが。」

「人前に出るのだから服は着させてもらうぞ。さぁこの綱をもって」

「ふざけんな、ちゃんとしろよ。」

「ま、まさか裸になれと言うのか?ひ、人前で裸になってこの姿を・・・!」

「っさい黙れ立て首輪はずせ。」



第一条 飾らない自分のまま、かつ従順さを見せつつ、一番近くに居ろ・・・失敗



「じゃあ、飛んでいくからな、手繋いでおけ。」

「わかった、いつでもいける。」

「せーのっ ヨイショッ」



掛け声とともに空に浮いたかと思うと、かなりの速さで飛んだ。

景色がみるみる後ろに吸い込まれていく様は、魔法の使えない私にとって新鮮だった。

しばらくそんな感慨に耽っていると、もう着いてしまった。



町に入り、大きめの個人宅に入った。

町長というか、まとめ役の家なのだろう。

家の中に入ると、年配の女性が出迎えてくれた。



「あら魔王様、おっしゃってくれれば迎えを寄越しましたのに。」

「いやいいんだ。これを手渡しにきただけだし。これが先日の報酬だ。」

「すみませんねぇ、うちらとしちゃ恨みは晴らせるし、お金ももらえるしで・・・。」

「急な依頼だったのに引き受けてくれたじゃねえか。こっちとしても助かったんだ、笑って受け取ってくれ。」



大事そうに女性が金の詰まった麻袋を受け取った。

後日みんなの前で公平に配るんだとか。



「お嬢さんはこの前見かけなかったね、あんたも魔王様の家来なのかい?」

「そうだ、エレナと言う。腹心の一人だ、よろしく頼む。」

「そうだったのかい、いやぁ魔王様もこんな美人を側におくだなんて、隅におけないねえ?」

「やめてくれよ、こいつはそんなんじゃないんだ。」

「その通りだ、代表の方。私はまだ酒池肉林のメンバーに入れてもらえてない。今日それを叶えるため」

「え・・・酒池・・・」

「よおおし、じゃあオレらはこの辺で!また頼むな!」

「あ、アハハ、またいらしてくださいー。・・・お盛んねえ。」



バタン!

慌てて飛び出したアルフと伴った私。

何がいけなかったのか、あとでキッチリ怒られた。



第二条  自分が既に、想い人の「所有者」であることを周りに宣言する・・・失敗



「はあ・・・なんか疲れた、それに腹が減ったな。」

「アルフよ、そこで食事でもどうだ?」

「そうだな、小腹も空いたし。何か食うか。」

「では、入るとしようか。」



私は店のものに軽く食べられそうなものを注文した。

客の少ない時間だったおかげか、それほど待たずに小さめの肉料理が二つテーブルに乗った。



「じゃあ食うか・・・って今度はなんだ?」

「こういう時は女は男に食べさせるものらしい。だから主もそれを受け入れてくれ。」

「え、普通に食ったほうが楽じゃ」

「受け入れてくれ。」



有無を言わさぬ姿勢で詰め寄ったら、観念したのか受け入れてくれた。

相手の目線や咀嚼の早さ、筋肉の動きに気を配って食べさせた。

おそらくかなり効率良く食べさせる事ができただろう。



「どうであったか、食べ心地は?」

「うん、まぁ妙に食いやすかった。おっかねえくらいに。」

「で、どうだ?こう胸に何かきたんじゃないか?」

「いや、特になんも。すげえ技術だとは思う。」



むぅ、おかしい。

今のはかなり手応えを感じたのだが、これもダメだったのか?



第三条  食事時に家庭的な女をアピールしろ。アーンとかがいいね。・・・失敗



不味いな、ここまで失敗続きだ。

あのあと店を出て、町を散策しているのだが、戦果のなさに焦りを感じている。

もうアドバイスもあと一つしかない。

せっかくのデートなのに、一切関係が進展しないとは。



アルフが露天に行き、なにやら小瓶のようなものを二つ買ってきた。



「ほら、お前も飲むか?」

「う、うむ。いただこう。」

「これなー、この前飲んでからハマってな。人族の街じゃ売ってないんだよな。」

「そ、そうなのか。うん?」



なにかちょっとした仕掛けがあるんだろうか、上手く開かない。

アルフはどうにかして器用に開けていたのだが。

作りを知らずに強引に開けようものなら、この飲み物を台無しにしてしまうかもしれない。

この劣勢の中、それだけは避けたい。



四苦八苦しているとアルフが手を伸ばしてきた。



「あー、開け方わかんねえか。確かに人族の世界じゃ見かけない作りだもんな。」



そうすると、丁寧に開け方を教えてくれた。

まるで父親が優しく教えるような、落ち着いた声色。

ゆっくりと正確に動くその指。

何か大きなものに包み込まれたような心地に、私は・・・。

私は・・・。



「ほれ、これで開いたぞ。わかると簡単だろ?」

「・・・。」

「エレナ?」

「え、あぁすまん。ええと、そうだな!これは絶品だな!」

「いやまだ飲んでないだろ・・・。」



第四条  できない部分を見せつけて、守ってやりたい女と思わせろ・・・失敗?



「じゃあそろそろ帰るか、このあと打ち合わせがあるしな。」

「・・・。」

「どうした、まだ用事あんのか?」

「い、いや。大丈夫だ!もう思い残す事はないぞ!」

「今際の際みたいな言い方すんなよ。」



行きと同様に飛んで帰る。

だからアルフは手を差し出してきた。

繋いで一緒に帰る為だ。

行きは何も感じずに手を繋げたはずなのに、今はなぜか素直にできない。



汚い手と思われないか、汗ばんでると思われないか、女らしくない手だと思われるかもしれない。

近づいて「臭い」とか言われないか、汗やほこりで汚れてしまってないか。髪はボサボサになってないか。

今まで全く気にならなかったことで、頭が一気に埋め尽くされていく。

初めて抱いている感情に、ただ戸惑うだけだった。




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それからと言うもの、レジスタリアの街に一旦向かい、クライスやアーデンと話し合った。

エレナは途中で家に置いてきた。

それで話し合いが終わって、家に帰ってきたのだが。



「アルフ、ちょっといいかしら。お姉さんとお話ししましょう。エレナと何をしたのか。」

「アルフー!一体なにがあったんです?二人で一体何してきたんですかーこのどエロ超人!」

「なんだよ、別になんもねえよ!」

「何もないわけないじゃないですか!見てくださいよ、あのエレナのほわーーっとした表情!普段はおっさんみたいにムスッとしてるのに、今は恋人を思い続けてる町娘みたいじゃないですか!」

「やってしまったのねアルフ、とうとう女にしてしまったのね。」

「やってねえよ!飯食ったりしただけだ!」



一体なんの騒ぎだよ。

その原因となっているエレナは窓辺でぼんやり外を眺めながら、ため息をついていた。



「あぁ、アルフ・・・。しなやかな指。私を優しく包み込むあの暖かさは・・・。」

「ほらほらほら!今もエレナが口走ってますもん、絶対なんかありましたって!絶対子供の前で言っちゃいけないピーーーーやらピーーーーー!!!」

「てめえトリ!口を縫い付けるぞ!」

「それで相談なんだけど、私もデートいいかしら?」

「あ、ずるいですよリタ!私も、次は私とデートですからね!」

「アシュリーおねえちゃん、つぎのデートはシルヴィとなんだよ?」

「シルヴィちゃんとのデートであれば、このミレイアもご一緒します。」

「うん、つぎのデートはミレイアちゃんもいっしょなの。」



どうしてこうなった・・・。

なんか我が家の女たちが一気に騒ぎ出してうんざりする。

こんな時に頼りになるは兄様、助けて兄様!



「グレン、この状況どうすればいい?」

「えーっと、うん。まぁ・・・がんばって。」



最後の良心である兄様に見捨てられて、膝から崩れ落ちるオレ。

結局、順番でデートをするということになって話は落ち着いた。

これより余暇の時間は、やりたくもないデートで埋まっていくことになる。



こうしてまた一歩、自堕落の生活から遠ざかってしまった。

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