第13話 YO NI GE de despair

「第一区画作業完了、搬送済みです!」

「第二区画作業完了、搬送も間も無く完了!」

「第三区画未完了、抵抗が激しく難航中!」

「第四区画作業完了、搬送作業の着手開始、捕縛者の移送中!」



レジスタリアの街の郊外。

城壁の外は闇夜の静寂を打ち破るように、屈強な男たちの声が響き渡っている。

トルキンは苛立ちを隠さぬままに報告を聞いていた。



「第一区画の人員を第三区画に差し向けろ!捕縛者はその場で皆殺しだ、搬送作業を最優先しろ!」



配下に怒鳴り散らし、爪を噛みながらこれまでの出来事を反芻する。

その爪も恐怖と焦りでカタカタ震え、一切の冷静さを感じさせない。



遡ること数時間前。

夜の晩餐を愉しんでいたトルキンのもとに、新しく任命した執政補佐官がやってきた。

一大事です、執務室へ至急お越しください、などと青褪めた顔で告げたのだ。



全く、この補佐官のクビも変えたほうがいいな・・・。



日常の煩わしさを忘れる貴重な時間を土足で踏み込まれて、大層不機嫌になったのだが、報告を聞くや否やそれどころではなくなった。

狂犬の牙が戻ってきたのだ。


異様な状態で。


討伐はできたのか確認しようとするが、会話がひとつも成り立たない。

アーとかウーとか、よだれで口に泡を作るばかりである。

人格を完全に破壊されたのかもしれない。



その姿を苦々しく眺めていると、リーダーのダスティンの口から突然声が響き渡った。

それは妙にノンビリとした声をしていた。



「んーーーこれ録れてるかな? あ、録れてる録れてる。

 えーー、コホン。突然の伝言失礼しますわ、男爵閣下。

 私の主人より閣下へお伝え申し上げます。



 この度はよくもオレたちの安息をぶち壊しやがりましたね。

 善良な私たちに向かって、一方的に攻めかかってきやがりましたね。

 心よりブチ切れ申し上げます。

 閣下のようなクソゴミ虫は、細切れ肉にしてやるから、楽しみしやがりませ。



 以上ですわ。

 今後もご健勝であられますように。



 リタ姉様、紅茶の替えが見当たらないんですがー

 あ、替えは新しい袋に……ちょっと待っててね?。

 ガタガタ。


 ブツン」



一体これはなんの冗談かと思った。

だがそれ以降は何を聞いても答えは返ってこない。

念のため回復魔法をかけさせたが、一向に良くなる気配を見せない。

最初は手の込んだ悪ふざけかと思ったが、ここまで念入りにやる必要もメリットもない。

そう思った瞬間に、体の底から震えが襲ってきた。



あの謎のメッセージは本物ということになって。

最強の手札は最早使い物にならず。

そいつはオレを細切れにすると言ってい……る!



そこまでに思考が辿り着いてからは速かった。

近隣の全兵力集結。

溜め込んだ動産の梱包、移送準備。

輸送用馬車の手配。

そして現在に至る。



あんな化け物に目をつけられてしまったからには、ここには居られない。

可能な限りの財をもって中央に匿ってもらおう。

そしてまた力を蓄えて、万全の状態でここに帰ってくる。

その時はあの魔王とやらも打ち滅ぼし、豊穣の森も手に入れてみせる。



本音を言えば今すぐにでも逃げ出したいが、ただ逃げるだけではだめなのだ。

今後のために少しでも多くの金を集めなくてはならない。

自分の手元で動かせるものは全て集めた。

あとはオレと一緒に荒稼ぎをしていた連中のものを「回収」するだけだ。



オレの手腕と権力で散々肥え太った奴らの金だ。

それはオレのものになって当然のものだ。

それ以外のやつらも間接的にオレのおかげで暮らせていたはずだから、

派閥など無関係で「回収」させた。

まぁ一言で言うと



ごちゃごちゃ言わずにお前の金を寄越せ



である。

時間が経てば経つほど抵抗が激しくなったようだ、後回しになってしまった第三区画などは予想以上に作業が進んでいない。

傭兵や浮浪者など、オレの息のかかっていない連中が多いエリアだから仕方がないかもしれない。

だがそれももう間もなく終わるだろう。

回収が終われば街の各所に火を放つ手はずになっている。



逃げたきった後は全て魔王がやったと喧伝すればいい。

その噂にいくらかの金を添えれば問題無い。

そもそも、この目の前の惨劇も、略奪劇も、斬首も放火もすべて魔王のせいだろう。

あやつがオレを脅かさなければ起きなかったことだからだ。



人間誰しも一度パニックを起こすと、まともな判断をすることが難しくなる。

彼もその一人であり、今まさに途方もない暴挙に出ていた。

今後の「立身出世だけ」を計算したなら悪く無い手なのかもしれない。

だが、この手段では致命的な問題が一つある。それは、




魔王から逃げ切ることができない。



「はいはい、邪魔だからねーどいててねー」

ドゴン! ドォオン!

「どいてください、ニンゲンども。あーもう、群れないでください気色悪い」

ドォオオオン! ゥワァァー!



いくらか離れたところで突如騒ぎが起きた。

兵の半数を護衛のため周囲に配置していたのだが、そこに若い男と翼の生えた女二人が現れたのだ。

それこそまるで空から降って湧いたかのように。

その二人は兵士どもを薙ぎ払いながら、無人の野を歩くようにこちらに向かってくる。

トルキンは確信する。

とうとう魔王がやってきたと。

そして準備が間に合わなかったことを、歯噛みしながら思い知る。



こうして夜逃げの真っ最中に、絶望の夜は始まった。

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