第10話 I am not 狂犬
はぁ……なんてツイてないんだ。
レジスタリア領主直々に依頼をされた、オレ達『ベアナックル』は、重い足取りで魔王の住処へ向かっていた。
魔王を倒せだなんて、明らかにオレらを過大評価している。
力量で言えば中の上くらいだというのに、魔獣退治どころか魔王ときたか。
そもそもオレ達が『狂犬の牙』なんて呼ばれ出したのも、依頼の途中に風土病にかかったのが発端だ。
その病はというと、涎を垂らしながら歯を食いしばり続ける症状が出るものだ。
誰が呼び始めたかは知らないが、異名の語呂の良さから大陸全土に広まってしまった。
巨大な尾ひれをつけながら、いやむしろ尾ひれが本体とも言える、根も葉もない噂が。
やれ村をいくつも焼き払っただの、やれ女子供まで皆殺しにしただの、とんでもない悪評ばかりが聞かれた。
そんな事は一切していないのに。
せいぜい仲間のカールが、夜の蝶にフラれたくらいしか関わりあいがないのに。
きっと噂をもとに噂が生み出されていて、誰もが真実を知らないでいるのだろう。
その結果が半強制的な討伐依頼だ、笑えねぇ。
腰の重いオレ達に道案内の男も不審顔だ。
やれトイレだメシだと言って時間を稼いでいるから、当然かもしれない。
「わりぃ、ちっとトイレだ!」
「またですか? もう八回目ですよ?」
「うちらは腹が弱いって有名なんだ。じゃあ全員集合!」
案内のジト目を背に受けながら、少し奥まった場所へ向かった。
重戦士のカールと魔術師のクゥスが遅れてやってきた。
「よし、無事集まったな」
「無事じゃないんだけど。女の私までトイレに付いてった形になってるんだけど」
「危機を前にして、こまけぇ事言うな」
「なっ! そもそもアンタが依頼を引き受けたからでしょうが!」
「じゃあお前、あのおっかねぇオッサン目の前にして断れるか? ビビって一言も言えなかったたお前がよぉ」
「それは、そうだけど……」
領主が怖かったっていうのもあるが、話はそんな単純じゃない。
無下にすればどんな報復があるかわからなかった。
アイツは本国にも顔が利くらしいから、プリニシア領内に居られなくなりそうだ。
下手をすると同盟国であるグランニアもそうなるかるかもしれない。
そうなれば、この大陸で暮らすことはほぼ不可能になる。
「まぁまぁ、とりあえずは行ってみようじゃないの。案外話が通じるかもよ?」
「はぁ、なんだってカールはそんなお気楽なのよ。脳みそ詰まってんの?」
「腹くくれって話さぁ。ここまで来ちまったら逃げらんねぇだろ?」
「そうだけど、そうなんだけどムカつくわね」
それからしばらく話し合ったが、目立った案は出てこなかった。
これ以上は時間が許さないだろう。
オレ達は森から道へと戻っていった。
「随分と長い手洗いでしたな。もう一時間も過ぎましたよ」
「すまねぇ、昨日の酒が抜けなくてな」
「まぁ、我々としては討伐さえしてくれれば結構ですが」
「わーってるよ、行きますってば」
最早引き伸ばすだけ無駄だった。
カールの言う通り、話し合いの段階はとうに過ぎている。
あとはその場でなんとかするしかなかった。
それからしばらく進むと、案内役が声をかけてきた。
「見えました、あの辺りに居るのが魔王です」
「うん、あれが?」
そこにはオレらより貧相な男と、まだ小さい子供だけが居た。
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