第8話  お買い物ディ

〈ワンちゃんとぉー、クマさんがー、どっしんこ。どっしんこ〉


今日は街へ買い物にいく日だ。

シルビィアと手を繋ぎながら森を歩いている。

数歩離れてリタ、グレン、ミレイアも一緒だ。


〈いたーいかったねー、いたいかったねー。わんちゃんもー、クマさんもぉ。〉


シルビィアは機嫌がいいのか、即興で作った唄を歌っている。

こんなに美しい旋律と展開の読めない物語をノータイムで生み出すなんて・・・この子は天才なのかいや天才だ!


「リタ、魔法音楽院に今すぐ連絡だ!」

「はいはい、その辺にしてくださいな。日が暮れてしまうわよ。」


オレの興奮とは正反対に、呆れた声色が返ってきた。

この才気溢れる真実の美の息吹がわからんのか。


将来シルヴィアが歌姫として活躍するようになったら、この時のエピソードも公表してやる。

その日を楽しみにしてるんだな。


それからシルビィアの歌は佳境を迎えて最後には、


〈おじいちゃんもー、ひっくり返ってどっちゃんちゃん♪〉


と締めくくった。


もうオレの心は延々スタンディングオーベィション!

数百人のオレが感涙を流す。

喉が枯れるほどの大喝采を送る。

それは空が割れんばかりの大合唱だ!

オレはこの歌を聴くために生まれてきたのだ、自分の存在理由をたった今知ったのだ!



   ワァァアアーーーーー!!



魂を震わせるようなシュプレヒコールも、シルヴィアの視線を前に霧散した。

内心の事よりも、娘の一挙手一投足が大事。

当たり前だよな。

そうやってシルヴィアと目線を合わせていると、ミレイアが遠慮がちに尋ねてきた。


「今のは歌のようにも聞こえますが、もしかして高等な魔法なのでしょうか?」


うん、全然違うぞ。

今日もコイツは平常運転だ。


「シルビィアちゃん、さっきの魔法を教えてください。魔法ですよ、魔法」


相変わらず身ぶり手ぶりだけで会話しようとする二人。

しばらくやり取りをした後、シルヴィアはミレイアの手を握りながらニッコリ微笑む。


〈ミレイアちゃんもお歌すきなの? 一緒に歌おうね!〉


そう言って歌い始めた。

相変わらず噛み合わない会話には、オレも苦笑が止まらない。


〈ワンちゃんとぉークマさんがー〉

「ひざまずけー、愚民どもー」


これはもう、色々と手遅れだな。

二人の少女が手をつなぎながら仲良く唄を歌っているが、歌詞が妙に物騒だ。

端から見ると随分とほんわかした光景に見えるだろう。

耳を塞ぎさえすればな。


背後には兄であるグレンが居る。

オレは勇敢なる少年にそっと声をかけた。


「おいグレン。お前の可愛い妹は遠めの旅に出ているぞ。早く呼び戻せ。」

「アルフさん、ミレイアはもう帰ってこれないかもしれないよ」


妙に深い溜め息とともに、拒絶の言葉が返された。

こうなったらもう何も言えない。

もはや野となれ山となれ、というやつだ。


まぁ、会話の為の魔道具を買えば、多少マシになるだろ。

なるだろ、きっと、なるよな?

上手くいって欲しいと祈りつつ、森の道を歩き続けた。


そうこうしているうちに街へと到着。

ランドマークとも言える中央の噴水広場で、オレは皆に意見を求めた。


「何か欲しいものがあったら言ってくれ」

「そろそろ塩と蜂蜜がなくなりそうだわ」

「わかった、雑貨屋に寄ろう」


「僕は作業用のナイフが欲しいな」

「あー、それは雑貨屋か。そこに無かったら武器屋か金物屋で探そう」


<おとさんガラス屋さんにも寄ってね!>

「もちろんだよシルヴィア! ちゃぁんと寄るから心配しないでね?」


「魔王様、私は咎人(とがびと)の活肝(いきぎも)と髄液(ずいえき)が……」

「はい却下」


そんなぁーって顔をするミレイア。

街中で活肝とか言うんじゃないよ。

隣にいる行商人のおっちゃんがギョッとしてるだろ。

オレは話を切り上げ、率先して商店街へと向かった。


買い物は日暮れ前に終了。

グレンとミレイアの身の回りのものがほとんどで、服や寝具が荷物の大半を占めた。

必要なものはもちろん、嗜好品やお菓子なんかも買って誰もがホクホク顔だ。

……オレ以外がな。


気分が微妙に沈んでる理由はこれだ。

シルヴィア用に買った翻訳の魔道具。

ネックレスの形状をしていて、魔法で耐久性を高めているという一級品だ。

ウッカリ落とさない、肌がかぶれない、邪魔にならないという三拍子が揃っている。


その代わりだいぶ高くついた。

いや金はいいんだけどさ、かなり勇気の要る額だった。

想定外の出費に気分も重くなるが、財布の重みを気にしても仕方ない。

早速シルヴィアに着けてもらおうか。



「シルヴィア、ちょっとこれを着けてくれ」

「わぁぁ! きれい! もらってもいいの?」

「もちろんだよ。気に入ってくれたかい?」

「うん! おとさん、ありがとう!」

「シルヴィアちゃん! 言葉が! 言葉が通じてますよ!?」

「あれ、ほんとだ。しゃべれてるね!」



魔道具は問題なく機能するようで、子供たちはようやく会話をすることに成功した。

特にシルヴィアとミレイアは、お互いの名前を何度も呼び合って、喜びを分かち合っている。

お互いに手を取り合い、ピョンピョンと飛び跳ねる姿には心が暖まるな。


ーー言葉が通じるんだ。もう行き違いなんかは無くなるだろう。


と、思っていたのだが。

現実はそこまで甘くはない。



「シルヴィアちゃん。行きの時に唱えてた魔法を教えてください」

「まほう? なんのこと?」

「むう、タダでは教えていただけませんか。やはり咎人の髄液当たりを差し出すほか……」

「と、とが? なにそれ」



言葉が通じても、会話が成り立つとは限らない。

まさにそのお手本の様な出来事が、眼前で繰り広げられている。

オレはここでもチラリとグレンを見た。


彼は遠くを漂うウロコ雲を、何も言わずに見つめるだけだった。

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