第7話 手探りグレン
あの覚悟の夜から何日が過ぎただろう。
不思議な縁が重なって、僕は「魔王の住処」で妹と一緒に暮らしている。
生贄だの忠誠だの求められることはなく、毎日がただ平穏に過ぎていった。
かつては朝から路地裏でゴミを漁り、はした金で汚れ仕事を請け負い、日が暮れてからは夜盗に怯える日々だった。
それが今や一転した。
美味しいご飯をみんなで揃って食べて、のんびり過ごしつつも、合間に些細なお手伝いをする。
日が暮れたらゆっくりお風呂に入って、暖かい布団で眠る。
「なんだか、幸せすぎやしないかなぁ」
夢にまで見た充足の生活に、戸惑っている自分がいる。
それでもミレイアに安全な暮らしを与えられるのは素直に嬉しかった。
でも大きく変化したのは、暮らしぶりだけじゃなかった。
ミレイア自身だ。
ずっとシルヴィアちゃんの側にいて、まるで使用人のように振舞っている。
シルヴィアちゃんは友達として接してるけど、ミレイアは決して一定のラインを越えようとしない。
仲良く遊んでいるようにも見えるけど、よく見ると対等ではなかったのだ。
でもまぁ、それは大した話じゃない。
問題は夜だ。
みんなが寝静まった頃、決まってミレイアは部屋の外に出るようになった。
それは毎晩欠かさずに続いていたみたいだ。
行き先はトイレだろうと思っていたけど、それにしては毎晩と頻度が多すぎるし、戻ってくるまでが長い。
ーーいったい、何をしてるんだろう?
ある晩に気になって後をつけてみると、思わず二度見してしまった。
ミレイアは誰も居ないリビングの一角で、うずくまりながらブツブツと呟いていたのだ。
黒い布を頭からスッポリと被り、ナイフを大事そうに両手で抱えて。
あれには流石に兄ちゃんビビったよ、うん。
おずおずと声をかけてみると、
「あら兄様、起きてらしたの」
なんて何事もなかったように答えた。
普通は慌てるシチュエーションだと思うけど、平然と応対されてしまった。
何をしていたのか聞いてみると、
「魔王様への日々のお祈りです」
と、驚くくらいサラリと答えた。
話によると、毎晩欠かさずに、呪術っぽい言葉をナイフにかけているんだとか。
その怨念がいつの日か、アルフさんの役にたつ日が来る……らしい。
お兄ちゃん的にはやめてほしい。
年相応にぬいぐるみと一緒に夜を明かしてくれないかな。
そもそも口調だっておかしい。
ちょっと前までは「お兄ちゃん」って呼んでたのに。
もっと子供っぽくて年相応だったはずなのに、どうしてこうも人が変わったんだろう?
それだけあの夜の騒動が衝撃的だったのかな。
妹が元の道に戻れるように祈るばかりだ。
魔人や獣人なんかと無縁に生きてきた僕だけど、一緒に暮らしているとみんなの事が少しずつわかってきた。
アシュリーさんは魔人のお姉さんだ。
3人いるお姉さんの中では一番若く見えるけど、実は長寿の生き物だから数百年は生きてるらしい。
彼女には白く大きな羽があって部屋の中だと仕舞っているけど、外に居るときは出す事が多い。
家の中で仕舞う理由は邪魔だから、との事。
そして外出の時に出してるのは、その方が楽だからだとか。
僕はその白くてキレイな羽を眺めつつ聞いてみた。
「アシュリーさんって天使様なんですか?」
それを聞いたアシュリーさんは、目を大きく見開いてから答えた。
「フフフ、急に何を言い出すんですかグレン君はもうー。まぁ確かに私は森の賢人なんて呼ばれたりしますが、周りの人からは美の化身とか白金色の女神様なんて呼ばれたりもするんですよーウフフ。あ、でもダメですよ私に惚れたりなんかしちゃ。私にはアルフっていう心に決めた人がいるんですから。でもグレン君もかわいい顔立ちしてますよねー。そうですねー。10年経ってかっこよくなったら君の事も考えてあげますよ。それまで男を磨いて頑張ってくださいね。さいなら!」
そうまくし立ててから森へと消えていった。
僕はただ、記憶の中の天使像に似てたから聞いてみただけなんだけど。
もしかすると、かなり面倒な誤解が生まれちゃったかもしれない。
エレナさんは人間の剣士だ。
この前の騒動の時は武器を使わなかったけど、本来は長い剣で戦うらしい。
見た目はというと、外見には気を使ってないらしく、頭なんてボサボサだったりする。
服装もスカートなんか穿かず、いつも鎧姿の印象だ。
顔立ちなんか整ってると思うんだけど、身綺麗に着飾る気は全くないみたいだ。
外に出ての訓練が彼女の日課だ。
腕立てやら走り込みやら、巨大な木刀(というかほとんど木の幹)を何百回も振ってたり。
僕はつい呆れ半分で眺めてしまう。
ある日、いつものようにボンヤリと見ていると、エレナさんが聞いてきた。
「なんだグレン、稽古をつけてほしいのか?」
想定外の提案だったけど、僕は嬉しくなった。
というのも、強くなりたいとは考えていたからだ。
エレナさんくらいに強ければ、今後は誰かの助けを当てにしないで済むかもしれない。
だから僕の返事は迷いがなかった。
「うん、邪魔でなかったらお願いしたいよ!」
「ならばこれを振ってみろ」
手渡されたのは木刀だった。
エレナさんが振ってた物より遥かに細い。
「どれだけ時間をかけても構わない。まずはそれを1日50回振れるようになれ。それができたら次の稽古だ」
そういってエレナさんは、走り込みに行ってしまった。
習うより慣れろという事らしい。
早速渡された木刀を振ってみるけど、これがまた重い。
1・2回振るだけじゃ気付かないけど、7回も振ると体が悲鳴をあげ始める。
振り上げた時と振り下ろしたときに、ものすごい負担が体にかかる。
結局50回どころか、30回も振れなかった。
あの出来事からしばらく経つけども、未だに課題はクリア出来ていない。
少しキツいけど、目標が出来たことは良いことだと思う。
リタさんは狐人族のお姉さんだ。
どれくらい珍しいかはわからないけど、希少種の代表格みたいなものらしい。
黒とも蒼とも見える艶のあるキレイな髪を肩くらいまで伸ばしている、スタイル抜群のホワホワしたお姉さん。
食事をはじめとした家事を一手に担っている、まさに一番お世話になっている人だ。
そのリタさんに、家の中の人間関係が気になってちょっと聞いてみた。
「リタさんはアルフさんの奥さん……なんですか?」
そうすると彼女は、人差し指を頬に当てながら嬉しそうな声で答えた。
「んーーー、残念だけど違うわね。でもそう見えちゃうわよねぇ、うん。家の中で私が一番奥さんっぽいものね、ウフフフフ。」
やんわりと否定する言葉とは対照的に、表情は完全に肯定していた。
そして、それからしばらくの間は上機嫌だった。
何とも分かりやすい人だと思う。
それにしても魔王様はモテモテだなぁ。
何故かあまり羨ましくないのは、不思議だけども。
シルヴィアちゃんは獣人の女の子だ。
この子は珍しい種族ではないから、リタさんのように「ナンタラ族」とか名前がつかない。
個体数が多く、目立った力を持たない種族の事をひっくるめて『獣人』と呼ぶんだとか。
シルヴィアちゃんはこげ茶のウェーブがかかった短めの髪、目はまん丸で大きくて、良く笑う元気な女の子だ。
残念な事に、この子とだけは言葉が通じないから、性格が良くわからない。
それでも僕たちを気遣ってくれているのは、態度から何となくわかる。
きっと心の優しい子に違いない。
大体はお父さんであるアルフさんと一緒にいるか、妹のミレイアと遊んでいる。
そういえば、何故かミレイアとは会話ができてるみたいだ。
本来であれば魔力の弱いシルヴィアちゃんと、僕ら人族は会話ができないハズなのに。
何とも不思議な話だと思う。
最後にここの主人のアルフレッドさん。
魔王の通り名をもっている、めちゃくちゃ強い人だ。
普段からおっかない人なのかというと、そんなことはない。
むしろ大人しい方かもしれない。
どこかで暴れたり、何かを壊したり、街の人を連れ拐ったりすることもない。
割と淡々と暮らしていて、とても魔王とは思えないくらいだ。
溺愛しているシルヴィアちゃんと遊んでいるときなんか、普通の父親にしか見えないし。
アルフさんは、みんなと食事をとる以外は大抵外に出ている。
エレナさんと訓練したり、アシュリーさんと森に出かけては動物を捕まえてきたり。
家にいる時はシルヴィアちゃんにべったりだけど、ときどきリタさんに絡まれてる。
アルフさんに後ろから抱きついたりするから、てっきり奥さんだと思ったんだけどな。
その度に飛び出す強めの言葉も、照れ隠しだと思ってたけど、ひょっとすると違うのかもしれない。
まだまだ観察が足りてないね。
今度アルフさんに直接聞いてみるのも良いかもしれない。
今の僕が解っていることは、こんなものだ。
ちょっと変わった人たちに囲まれながらの、平穏な日常。
騒がしかったり、驚かされることが多くて毎日心が休まらないけど、不思議と嫌じゃない。
きっと家族の温かみみたいなのがあるから、かな。
みんなにしっかり認めてもらえるように、僕もがんばろう。
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