第6話  後悔は戦の後で

どうしてこうなった……。


オレはダイニングテーブルにつっぷして頭を抱えた。

昨晩は浮浪児のグレンの頼みを聞き入れ、妹であるミレイアを奴隷商人から助け出した。

オレの中では「みんな助かったね、よかったー。じゃあ気をつけて帰ってね!」で終わらせるつもりだったが、そうはならなかった。

それがオレの心を重たくするんだ。


顔をあげて辺りに視線を巡らせてみる。

リタは朝食の後片付けをし、エレナは外で素振り、アシュリーは食後のティータイムを楽しんでいる。

ここまではいい、いつも通りだ。


シルヴィアは絨毯の上で自分の宝物をミレイアと一緒に眺め、グレンは椅子に座って虚空をぼんやりと見つめている。

新しい光景としてこの兄妹が加わる事になるが、今日からはこれが「いつも通り」となる。

なぜならオレが二人を養う事になったからだ。


あれはやはり昨晩のこと。

ミレイアを助け出してからは寄り道もせず、真っ直ぐ家に連れ帰った。

シルヴィアを安心させるために引き合わせたのだが、ここで愛娘は爆弾発言を投下した。


(ミレイアちゃん、はじめまして!今日からおとさんが、グレン兄ちゃんとミレイアちゃんのおとさんになるの!)


不運な少女の手を握り、目を輝かせながら話しかけるシルヴィア。

グレンと同様でミレイアには言葉が通じないので、言われた側は理解できずに困惑していた。

そしてお父さんは言葉がわかっても、完全に理解不能だったが。


さすがにそこまでは出来ないと思い、オレはシルヴィアにきつく言ったのだ。

心を鬼にするのも親の勤めだからな。



「あのさぁ、シルヴィア。それはちょっと、難しいかなぁ? お父さんは止めときたいなぁ」

(どうして? お兄ちゃんたちに、おとさんいないんだよ?)

「うーん、でもなぁ。突然家族になるってのは……」

(ダメなの? おとさんになってあげないの……?)



娘の眼に涙が溜まっていく。

それ以上にオレの心はひどく痛み、八つに引き裂かれそうになる。


ーーおい誰か、黙ってないで援護しろよ!


様子を察してか、周りの連中も口々に言葉を発した。

オレの望みとは逆方向のものを。



「人族は嫌いですけど、子供なら素直だからいいですよ」

「また事件に巻き込まれるかもしれないし、連中から報復を受けるかもしれん。我々で保護すべきだろう」

「んーー、そうすると部屋はシルヴィアちゃんと同じにするとして、お洋服がないわねえ。今度街で買ってこなくっちゃ」



まるで示し合わせたかのように意見がキレイに揃う女子メンバー。

主人の意向は無視ですか、そうですか。


オレのジト目をよそに、皆は当たり前のように2人を新しい家族として迎えいれたのだ。


そして冒頭に戻る。

やはり気が重い。

オレが打ちひしがれているのは、何も食い扶持を心配してではない。

間違いなく面倒が増えるからだ。

これは極めて深刻な悩みであり、極力ダラけて過ごしたいオレにとっては死活問題とも言える。


そもそもここで生活しだした当初はシルヴィアと2人きりだった。

その時は必要な分だけ畑仕事や狩りをして、空いた時間は娘の成長を見守りつつ、自由気ままに過ごしていた。

今では考えられないくらい、それはもうノンビリとした日々。

だが、それも長くは続かなかった。


「あなたと居ると退屈しないの。ぜひ側にいさせてもらえないかしら?」と、好奇心旺盛な狐人族のリタがやってきた。

ちなみに、オレが魔王を名乗る羽目になった原因はコイツだ。


「あなたの傍らで強くなりたい」と、元騎士で人族のエレナがやってきた。

やれ訓練だの組手だのと、毎日のように絡んでくる。


「森の管理を手伝ってください!」と、自称「森の賢人」こと魔人アシュリーがやってきた。

その結果、森の様々な厄介ごとが持ち込まれるようになった。



このように、誰かが加わるたびに義務が追加されていくのだ。

もちろん家事だとか見回りとか、それぞれが仕事をしてくれるので、助かってる面もある。

だがその結果として、ダラダラするひとときが犠牲になったのだ。


ーー自由で、気ままに、煩わしいことに悩まされる事なく生きていこう。


そう心に決めたはずなのに、理想は現実と真逆を向いて全力疾走していく。



「本当に、どうしてこうなったのか……」



オレのぼやきは誰の元にも届かず、部屋の宙を漂って消えた。

これから何度溜め息をつくんだろうと思い、考えるのを止めた。

未来の出来事はその時のオレが苦しめば良い。

心の小旅行はそうして幕を閉じた。


それから何気なく目線を移すと、今もシルヴィアは宝物を広げていて、向かい合うミレイアに見せびらかしている最中だった。

スベスベした平たい石や、シルクの切れ端、押し花に何かの動物の骨。

それらがオークションのように、一品一品丁寧に紹介されている。


だが問題は言葉が通じない事だ。

だから身振り手振りを交えることで、何とかコミュニケーションを取ろうとしている。

その純粋な懸命さが微笑ましくもある。



(これはね、おとさんとこないだお店屋さんで買ったの!キレーでしょ?)



そういってミレイアに手渡したのは赤いガラスの玉だ。

普段はおねだりをしないシルヴィアが、店頭から動かなかったから、つい買ってしまった物だ。


ミレイアはそれを両手で捧げるようにしながら、ガラス玉をうけとった。

ひとしきり眺め、目線の角度をやたらに動かし、熟考する。

そうして出てきた言葉がこれだ。



「これは……ひょっとしてドラゴンの目玉ですか?」



ブフォッ!

あんまりな解答にむせてしまった。


というか、どうしてそうなる!

元浮浪児からしたらガラス細工も目にしたことないかも知れんが、飛躍が酷すぎるぞ。

そもそもドラゴンなんか見た事もないだろうが。



(そのお店屋さんにはね、他にもいーっぱいたーっっくさんのキレーな玉があったの。)



両手を使って、たくさん、数え切れないみたいなゼスチャーをするシルヴィア。

その動きに対し、ミレイアは何度も頷き返す。

まるで『あなたの言いたいことはわかります』とでも伝えるかのように。



「空いっぱいに群れている、たくさんのドラゴンを倒したんですか?さすがは魔王様です!」

(お店のおじちゃんもやさしいの、笑いながらまた来てねーって言ってくれたの)

「そうですか。それだけの数を物ともせずに、笑いながら倒していったのですか」

(いい子にしてたら、おこづかい5枚もらえるの。それでちがう玉を買うの。)

「ほうほう、この玉には5000人もの愚民どもを葬る力があるのですね!」



ゴフッ!

はいもうダメ、魔王さん限界。

堪らずミレイアに声をかけた。



「なぁ、ミレイア」

「は、はい! 何かご用でも!」

「お前の会話、かすりもしてないぞ」

「はうっ!?」



ミレイアは何らかの攻撃を受けたように仰け反り、顔を真っ赤に染めた。

俯きながら「失敗してしまいました……」とか呟いてる。


そんな傷心の少女にシルヴィアがすかさずフォロー。

優しく頭を『いい子いい子』している。

出会ったばかりとは思えない仲の良さを見せる二人だが、まだ一度として会話が成立していない。

これはあまりいい状態じゃないな。

シルヴィアの為に、人族と会話ができる魔道具を用意しよう。


こうして早速仕事が一つ増えたのだった。

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