第5話  ほんわかとした戦闘

「はい、君たちねー、とっとと家に帰ってねー」

相変わらずやる気の火がつかない魔王様。

ものすごく平坦な口調で皆を脱走させた。

逃げる少女の一団を先導すらせず、マイペースに後ろを歩く僕たち。


階段の辺りは「お家に帰れる!」「押すな、危ないだろ!」「もう悪いヤツいないの?」なんて声でちょっと賑やかになっている。

まだ敵がいるかもしれないんだから、静かにした方がいいとは思う。

だけど魔王様もエレナさんも何も言わないので、僕も口をつぐんだ。


そんな中、魔王様の興味は違うところへ向いている。

詰め所のテーブルの上を物色するなり、豆をむんずと掴んだ。

こんな場面にも関わらず、お腹でも空いたんだろうか。

その感性はちょっと理解できない。


渋滞している階段をノロノロと昇り、いくつかの部屋を抜けると、ようやく出口だ。

あまりのスピード解決に脱力してしまう。



「ありがとう。魔王様、エレナさん。おかげで助かったよ」

「気を抜くな。まだ終わってないぞ」

「えっ?」



エレナさんの言う通りだ。

街でも3本指に入る犯罪集団がそこまで甘いはずがないんだ。

外を見ると、建物の入り口をグルリと囲むようにして30人くらいの男達が道を塞いでいた。

行く手を阻まれてしまい、誰一人逃げることができない。



「なめたマネしやがって。この街で俺様に、ウィラド商会に楯突いて生きていられると思ってんのか!」



集団の真ん中で身なりと恰幅の良い男が怒声をあげた。

相手は武装した荒れくれ者30人ほど、こっちは丸腰の子供達と魔王軍2人。

いくら強いといっても、この状況は厳しいと感じた。


そこでチラリと2人に目線を送ったけど、動じた気配は一切なかった。

それはもう、なんというか不自然なくらいに。

その余裕は話し言葉にも存分に現れていた。



「あー、お前がここの頭か?」

「アァ? 見てわかんねえか? このウィラド様を知らねえ……」

「うん、うっさい黙れ死ね。殺すのも面倒だからそこら辺で自害しろ」



面倒くさそうにシッシッと手で払う。

いや本当に魔王様はブレないな。



「てめえらコイツをブチ殺せ! 女の方は殺すんじゃねえぞ!」



溜め込んでた怒りが限界値を超えて、爆発させたウィラド。

その言葉を合図にして、一斉に男達は武器を構えて押し寄せてきた。

殺意の暴風とも言える強烈な悪意が少女達に迫る。

彼女達はおびただしい数の刃物に怯え、途端にパニックになりかける。



「はーい、嬢ちゃんたち。動かないでー怪我するぞー」



途轍もなく場違いな声色で注意を促す魔王様。

ああ、この期に及んでもそんなテンションだなんて。

魔王様とエレナさんはのんびりと、寝起きかと思うくらいゆっくりとみんなの前に進んだ。

そしてまた例の如く、手を下に降ろしてから上にあげる動きを始めた。

そうするとやっぱり、目の前の男たちが5人ほど吹っ飛んだ。


ーーあれは……もしかして、豆?


そう、後ろから手の中が見えてしまった。

さきほど地下でむんずと掴んでいた豆を投げていたのだ。

そんなもので凶悪な男たちを、苦もなく吹き飛ばしている。

さっきまでは「ずいぶんと地味に戦う魔王様だなぁ」と思っていたら、扱っていたのは武器ですらなかった。


あまりのデタラメな強さに、男たちの足が止まる。

誰もがこの異様な出来事を受け入れられなかったんだろう。

規格外の強さに恐れを抱いて、探るような表情になっている。

そんな変化があってもお構い無しに豆を投げ続ける魔王様。



「アルフ、また魔力を使いすぎているな。その投げ方では無駄が多いぞ」

「なに言ってんだ、人数が多い時は範囲攻撃に決まってんだろ、これでいいんだよ」

「じゃあこの投げ方はどうだ? これなら弱い力でも効果があるぞ」

「いやお前、精度ガタ落ちじゃん。頭にすら当たってねーだろうが」



そんな作業中の雑談のような会話を重ねつつ、豆を投擲する二人。

最初の腕を上げ下げする動きにはじまり、ボール投げの動きだったり、横一文字に腕を払ったりと、急にバリエーションが増えだした。

あれこれ議論をしつつ、投げるフォームもその都度変えて、そして着実に敵を減らしていった。


今の動きは猫が飼い主に抱かれて蕩けた時の動きだ。

あんな姿勢でも投げられるんだなぁ、しかもきっちり倒してるし。


僕はもうこの光景に慣れてしまったけど、ミレイアや他の少女たちはこれが初見だ。

浮世離れした戦闘に誰もが困惑している。

堪ったもんじゃないのはウィラドだろう。

こんな冗談半分に自分の部下を殺され、長年育んできた組織が壊滅しかかっているのだから。

悪逆の限りを尽くした奴らだけど、こんな幕の引き方には哀れに思った。



「ヒ……ヒィイ! 待ってくれ、殺さないでくれぇ!」



男たちの半数が死んだ頃にはもはや戦意なんかなく、我先にと逃げ出した。

もちろんあの投擲から逃げられた男は一人もおらず、全員が頭に小さな穴を空けて絶命した。

最後の一人に残されたウィラド。

さっきまでの気勢は全くなく、すっかり怯えきってしまった。



「降伏するってのか? ちょっと読ませてもらうからな」

「な、何をされるつもりか?!」


あの家で僕にしたように、おもむろにウィラドの前に手を掲げた魔王様。

きっと心を読む作業に入ったんだろう。



「えーっと、今だけの命乞い。コイツはバカそうだから騙せる。領主に頼んで軍を派遣させる。次会ったら皆殺し、か。お前が死ね」



心の言葉を読み上げた後にちょっと多めの豆を投げて、ウィラドに確実な死を与えた。



「よーし、帰るぞー。グレンと……ミレイアだったか? とりあえず家に来い。他のやつは元の場所に帰んな。」



最後の最後までなんともやる気のない声だ。

きっと達成感のかけらもないのだろう。

もしかすると邪魔な虫を払うとか、足もとの雑草を引っこ抜いたくらいの気分なのかもしれない。


圧倒的な力を持つとは聞いてたけど、そんなレベルですらない。

あまりに異次元な世界を見せつけられた、そんな救出劇だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る