第3話 豊穣の森の魔王
「全く何考えてるんですか、エレナは! あなたのせいで森があんなに荒れちゃったじゃないですか!」
「私が荒らしたのではない、魔獣どものせいだろう」
「エレナが『正々堂々名乗ってから戦うべきだぁ』なんて言って大声出すから、不意打ちができなかったでしょ?! 相手は言葉もわからないんだから名乗ったって意味無いのに!」
「言葉が通じる、通じないは関係無い。不意打ちなど卑怯な真似は騎士道にもとる」
「あの魔獣どもと! エレナの馬鹿力で! 荒れた場所を誰が直すと思って?!」
森の見回りから帰ってくる間中、こいつらはずっと言い争いをしている。
互いに譲らないせいか、堂々巡りを繰り返しているのだ。
それはもうキィキィとうっさいこと。
オレは進展の見せない口喧嘩を、苛立ち半分に聞き流していた。
リタは頼む前からお茶を出してくれた。
エレナもようやく気持ちを切り替えたのか、押し黙って紅茶を飲み始めた。
それを受けてアシュリーは更にヒートアップする。
取っ組み合いでも始まりそうな様相となった。
面倒が起きる前に、オレは一言だけ牽制した。
「アシュリー、静かにしろ」
オレがそう言うと、ピタリと静かになる。
アシュリーは口を閉じはしたが、矛をおさめた訳ではないようだ。
これでもかと言うほどの不満顔になっている。
「おいお前、オレに何か用があるんだろ?」
目の前に座る人間の子供に話を振った。
少年はビクンと飛び上がらんばかりに反応を示す。
それから声を絞り出すように、ぎこちなく動きながら答えた。
まるで出来の悪いオモチャのように。
「ま、魔王サマですヨね? あ、アノ、妹の……」
「あーあー、もういいや喋んないで」
話を聞くのも面倒だなと、神経を集中して心を読む事にした。
魔力の弱い相手なだけに、簡単に事が運ぶな。
えーっと、幼い妹、誘拐、でかい組織、身寄りなしと。
なるほどねぇ、つまりはこういう話か。
「お前、グレンっつうのか。さらわれた妹をオレらに助けて欲しい、と。親もいないし周りも助けてくれないからここに来たんだな」
「えぇ!?」
少年は目を見開いて、唖然としながらもブンブンと首を縦に何度も振った。
だがそれとは正反対に、オレは首を真横に振った。
目の前の顔が徐々に青ざめていく。
罪悪感が湧かないでもないが、こちとら慈善家じゃあないんでね。
「それで、どうして自力で助けないんだ?」
「……え?」
これは予想外の質問だったらしく、今度は困惑の表情となる。
まぁ実際、子供が単身で潜入なんてやらんわな。
それはオレにも解っているが、話を続けた。
「だって、殲滅する必要はないんだろ? 妹を助けるだけなんだから、大人数はいらない。むしろ隠れやすい子供一人で行った方が上手くいくことだってあるだろうが」
「そ、それは……」
実を言うと、この少年にほんのり好感を抱いている。
たった一人でここまで来た行動力なんか、褒めてやりたいくらいだ。
だけどオレは敢えてそれをしない。
依頼が断りにくくなるからだ。
もう外は暗い。
このまま風呂に入って、腹一杯飯食って、それからは愛娘との至福のひとときが待っている。
それからは寝かし付けであり、娘が夢の世界に旅だったなら、オレは自分の時間を愉しみたい。
つまり、世話を焼くだけのゆとりが無い訳だ。
「人に頼み事する前に自分でやってみましょうねーって事で、今回は帰ってくれ……」
(ねぇ、おとさん。このお兄ちゃんどうしたの?)
話に割り入ってきたのはオレの、そして我が家のエィンジェルことシルヴィアちゃんだ。
魔力の弱いもの同士では通常、会話ができない。
この場で言えばシルヴィアと少年は、互いに言葉を交わすことができない。
まぁそもそも言葉がわかっても、娘はその中身を理解できたかどうか怪しい。
なんせエィンジェルはまだ6歳にも満たない子供なんだから。
(ねぇねぇ、リタお姉ちゃん。このお兄ちゃんどうしたの?)
オレが答えないでいると、標的はリタに変わった。
ーーマズイ、詳しく知られたくないな……。
オレは目線でリタに、上手くごまかせと命じた。
するとリタは笑顔のまま、しばらく頬に人差指を当てる。
言葉を選んでいるらしく、口は閉じたままだ。
そして『んーー』と声を漏らしてから、シルヴィアに語りかけた。
「どうやらこの子の妹ちゃんが、悪いおじさんにさらわれちゃったみたいねぇ」
(ぇえーーー!?)
想定以上に悪い話だったのか、シルヴィアは硬直し、カタカタと震えだした。
つうかリタ、ごまかすどころかストレートど真ん中じゃねえか!
(でもでもでも! お兄ちゃんのおとさんが助けてくれるんだよね? 今助けに行ってるんだよね?)
リタは少しだけ眉を潜めてから首を横に振る。
「この子にはお父さんもお母さんも、いないみたいなの」
(ええええええーーーー!?)
シルヴィアは絶叫し、数歩よろけた後、ペタンとお尻から崩れ落ちた。
オレは瞬きする間も無く超高速で、かつ衝撃を一切与え無い絶妙な動きでシルヴィアを抱っこした。
この精錬された動きは訓練の賜物であり、生半可な技術ではない、どうでもいいが。
高々と娘を抱き抱えると、同じ目線の高さになった。
天使様は目にたくさんの涙をため、口を大きく曲げつつ、震えながら声を絞り出した。
(かわいそう、かわいそうぅ)
「うんうん、そうだね」
(シルヴィにはおとさんがいるのにぃ、シルヴィはおとさんが助けてくれるのにぃぃ、お兄ちゃんにはおとさんがいないの!)
「うーん、そうなんだぁ」
まずいまずいまずい!
この流れは引き受け無いとダメなやつだ!
シルヴィアの口からは、ヒュォオーヒュォオーという息遣いが聞こえてくる。
これは実に、極めて危険な状態だ。
忌々しげに裏切り者を睨むと、指を頬に当てたまま平然と笑ってるリタこの野郎。
(おとさん、助けてあげよ? お兄ちゃんのおとさんの代わりに助けてあげよ?)
「いやぁー今日はもう遅いし、また明日にでも」
(わぁぁぁあああーーん)
「あーはっはっはぁ! おとさん人助けしたくなっちゃったなー! どうしよう、もぅすんごい助けたくなっちゃったなーぁ!」
くるくる回りながら、必死にシルヴィアをあやすオレ。
悲しみとショックのあまり中々泣き止まないシルヴィア。
展開についていけないグレンは口を半開きにしている。
こうしてオレの夜の至福のひとときは、見ず知らずの浮浪児救出で潰れるのだった。
リタはあとでケツビンタだ。
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