第2話  潜入! 魔王城

魔王城。


入る事は容易く、だが決して生きて出る事はできない伏魔殿。

城内は凶悪な手下共が徘徊し、哀れな犠牲者達の屍体が山となって積み上がる。

牢屋には捕らえられた哀れなる人間がひしめき、己の運命を呪う声が城内に木霊する。

数多の弱者の嘆き。

死への恐怖から生まれる絶叫。


それらをまるで、至高の楽曲と言わんばかりに酷薄な笑みで愉しむ者が、城の主である。


魔王、それは決して触れてはいけない存在。

魔王城、そこは決して足を踏み入れてはいけない領域。

どんな事情があっても近づくべきではない。

彼の地には聖なる灯が届かないのだから……。



これは教会での炊き出しの時に、修道士さんが教えてくれた物語だ。

聞いた時は「へーこわいなー」くらいにしか感じなかったものだったっけ。


そして僕は今現在、魔王城にいる。

うん、たぶん、きっと……。



先ほど会った女性に案内された場所は、それほど広くない部屋だった。

中には大きなダイニングテーブルと椅子がある。

部屋の広さに比べていくらかサイズオーバーしていて、少し不便そうだ。

他にもサイドテーブルやら収納やら見えるけど、全て手作り感があるものばかり。

椅子は足の長さがまばらなのか、座って身じろぎをするとカタカタ鳴った。

さらには絨毯が敷かれた空きスペースには、子供用のオモチャらしきものが転がっている。


哀れな捕虜や惨殺された屍体どころか、物々しい武器ひとつすら無い。

不揃いなお手製家具があるだけだった。

もちろん叫び声なんて一切聞こえず、少し遠くなった虫の声が耳に届くばかり。


先ほどの女性はというと、突然の来訪者である僕にお茶の用意をしてくれている。

嫌な顔を全く見せずに「座って待っててくださいねー」と気さくに声をかけながら。


僕は確信する。

ここは民家である、と。


ここは魔王城なんかじゃない。

どう考えても個人宅だ。

僕の当ては外れてしまったんだろうか。

やっぱり魔王なんて、お伽噺にしか居ないんじゃないのか。


それでもこんな状況でも、妹のミレイアのことは片時も忘れていなかった。

僕は最後の望みとばかりに、意を決して尋ねた。



「あの、お姉さんは魔王様……なんですか?」



廃墟やこの世の果てのような場所で聞くならまだしも、こんな安らぎ空間で聞くのは流石に失礼だったかもしれない。

不躾な質問のせいか、声がひどく震えた。


僕の問いに、すぐに答えは返ってこなかった。

言葉の代わりに香り豊かで暖かい紅茶と、僕には手の届かない高そうなお菓子が並べられた。

もてなしの対応が済むと、彼女はようやく答えてくれた。



「主人はもうじき戻るでしょう。それまで少々お待ちくださいな。お代わりもありますからね」



否定しなかった……。

ということはやっぱりここには魔王様がいるのだろうか。

主人と発言したのだから、この女性は手下なんだろうか。

凶悪さの欠片もない、町でも評判の美人さんという方がしっくりくるようなこの人が。


そんなお姉さんと二人きりで向き合っていると、なぜか落ち着かなってしまう。

気が動転してせっかくのお茶の味もわからない。

それでも水分補給をと思いながら、乾いた喉を潤していた。

事態が動き出したのは、その紅茶を飲み干した頃だ。


入り口が随分と騒がしくなる。

金属が擦れる音、重量感のある足音、そして言い争う声。

さっきまでの静けさとは雲泥の差だ。

まず銀の甲冑に身を包んだ赤毛の女性が入り、その女性と口論をしながらローブを着た茶髪の女性が入り、

そして最後にふてぶてしく、不機嫌そうな若い男が入ってきた。

この中に魔王様が、居るんだろうか?


結論から言うと、この時の予想は的中していた。

不機嫌の塊のような男こそこの家の主であり、魔王の称号を持つもの。

彼を知る者は、こう呼ぶらしい。


豊穣の森の魔王、アルフレッドと。

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