魔王様はダラダラしたい!
おもちさん
第1話 森の中の出会い
人里離れた森の中。
鬱蒼(うっそう)と繁るこの森は、滅多に人が立ち入ることはない。
なので虫の鳴き声、風が木々を揺らす音、そして僕の足音しか聞こえない。
まるで世界から隔離された気分だ。
悪夢に迷い込んだような錯覚を覚えるけれど、踏みしめる枯れ草の音がそれを否定する。
ーーこれは現実なのだ、と。
僕がこんな場所にいるのは、森に住むという魔王に会うためだ。
そして願い事を聞いてもらうんだ。
もちろん、話を聞いてくれる保証はない。
そもそも魔王なんて、この世にいるのかすら定かじゃない。
不安が形を変えながら頭の中を駆け巡る。
なにせ酒場で耳にした出所の怪しい噂だ。
根も葉もない与太話かもしれない。
そう思うと足が止まりそうになるが、僕に頼る宛なんか他にない。
僅かな希望を胸に走り続ける事を選んだ。
父を戦争で、母を伝染病で亡くしてからは、街の浮浪児として生きてきた。
そんな僕の身寄りと言えば、たった一人の妹だけだ。
まだ10歳の自分と6歳のミレイアだけの暮らしは、決して易しくはない。
偏見や無関心、無意味な暴力や差別が僕たちを襲う毎日。
それでもお互いを励まし合いながら、なんとか今日まで耐えてきた。
たった一人の肉親。
自分の半身とも言える存在。
その妹が今日、奪われた。
ウィラド商会。
この街でも非道な奴らとして有名な、奴隷商人の手によるものだった。
そんな連中相手に「妹を返してください」などと言って、乗り込むわけにはいかない。
だからダメもとで騎士団に直談判した。
鼻で笑われたあと、野良犬でも追い払う様にして帰された。
それから周りの大人たちに相談した。
肩を竦めながら、諦めろと口を揃えた。
仲間の浮浪児たちも憐れむばかりで、誰も力を貸してくれない。
追い詰められていく中で、かつて聞いた噂話が頭の中に鳴り響いた。
森に住むという魔王について。
絶対的な力を持つという、その人物を。
「お前知ってるか? 北の森の奥には魔王が住んでるんだってよ。」
地面から突き出た数々の木の根が足をとり、疲れきった体は何度も転びそうになる。
「魔王に気に入られれば、そりゃあどんな願いだって叶えてもらえるそうだぞ。」
伸びた木の枝が顔をうち、しなる雑草が肌を擦る。
身体中がいつの間にか浅傷だらけになり、草花の汁が傷にしみて痛みが走る。
「だがもし、ほんの少しでも気に触ったら……死んだって終わらない永遠の苦しみが待ってるそうだ。」
息はとうに切れて、足も疲れ果ててロクにあがらない。
それでも歩みを止める気は欠片もなかった。
何せ時間が無いのだから。
連れ去られたのは恐らく昼過ぎで、今はもう陽が落ちかけている。
明日になれば、遠くの街に売られてしまう事だってあり得るんだ。
そう思えば、体に再び活力がみなぎる。
僕は妹を易々と手放す気は無いんだ。
まだ幼いミレイア。
たった一人の家族のミレイア。
今ごろ不安と恐怖で震えているんだろう。
今兄ちゃんが助けを呼んでやるから、もう少しだけ待っていてくれ!
いまだ変化の見られない森に、刻一刻と過ぎていく時間。
焦り、不安、疲労。
心の中はグチャグチャになってしまう。
ーー心が挫けたらお終いだ、最後まで諦めないぞ!
不安な気持ちを押し返そうとしたその瞬間。
僕の心の動きを嘲笑うように、一気に視界がサァッと開けた。
そこは森の中の大平原とでも言うんだろうか、見渡す限りの草原が眼前に映った。
風が吹く度に靡く草が、静かに音を鳴らしている。
サァァーッ
サラサラサラ……。
サァァーーッ
サラサラサラ……。
美しく均整のとられた世界。
自分の荒い息が酷く場違いで、世界から切り離された存在のよう。
少しだけ恥ずかしいような気分になる。
そんな事を考えていると、突然のんびりとした声が聞こえてきた。
「んーっと、お客様でしょうか?」
その人物から敵意を感じなかったが、つい身構えてしまった。
数歩先には、美しい女性がただずんでいる。
敵意を感じさせない柔和な笑みを浮かべながら。
月明かりを背負っているせいか、その女性が幻想的で現実味のない存在に見えた。
一体いつの間に現れたんだろう。
さっきまで誰も居なかったはずなのに……。
動揺と喉の乾きのせいか、言葉をうまく出す事ができなかった。
女性はというと、『あらぁ……?』と子首をかしげている。
どこまでものんびりとした声だと思った。
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