第15話 ハルヒの思い
「おまたせ! さっ、出かけるわよ」
朝比奈さんの手を引いたハルヒがドアを開けるなり叫んだ。
俺は仮病でも何でもいい、とにかく行くわけにいかない。
「ハルヒ、実は……」
言いかけた俺の肩に古泉が手をのせて制止した。
「先ほど診療所に電話をかけたのですが、赤ちゃんは市立病院に搬送されたようです」
「なら助かったわ。場所もわかるし。いくわよ」
「明日にしませんか」
「どうして」
「この時間だと面会時間もあまりないですし、親族でもない制服姿の集団が行くと目立ちます。明日、授業が終わって私服に着替えてから行きましょう」
「それまでに引き取られたら会えなくなるでしょ」
古泉は言い返すわけでもなく、自分の鞄を持ち上げた。
「了解しました」とあっさり引き下がる。
こいつは俺と違って引き際を心得てる。長門も立ち上がったので全員が部室を退去する準備を始めた。
当たり前の話なんだが、診療時間もとうに過ぎた夕方に高校の制服を着た集団が窓口に襲来して、はいそうですかと赤ちゃんの居場所を教えてくれるほど病院は甘くない。このごろは個人情報がうるさいし、コンプライアンスもあるんだろう。
「ご家族のかたですか?」
「いいえ」
「一般のかたのお見舞い時間はまもなく終了です」
「でも!」
「残念ですが」
ってなもんで門前払いである。
ハルヒは珍しく大騒ぎする分けてもなく、引き下がった。
いったん院外に出たハルヒは右手のほうに折れて、急患搬入口――救急車が横付けして急病人を運び入れる場所――に向かった。
「あっ、だめだろそこは」
「まだお見舞い時間は十五分もあるじゃない。中に入って広い病院で迷ったことにして、ゆっくり出てくればいいわ」
「がっ!」
ネクタイを引っ張るんじゃねえよ。古泉もなんとか言え。これは不法侵入だろ。
「みくるちゃんいくわよ」
ハルヒは俺の言葉をスルーして非常口にはいった。
仕方なく俺と古泉も後に続く。エレベータのまえに案内盤があった。
「小児科、いや産婦人科じゃない?」
「新生児室というのがありますが」
「そこはこの姿じゃ入れないだろう」
「じゃ小児科病棟にいってみましょう」
というハルヒの企てはエレベーターを降りてすぐ、小児病棟ナースステーションの看護師に阻止された。棍棒を持たせたら似合いそうな太った女性の看護師はハルヒの抵抗も何のその、俺たちを追い払った。まあ、この集団なら目立つ。
渋々、といった感じでハルヒは諦め、病院の玄関ホールに集まった。
「どうするよ。これから」
「今日のところはこれで引き上げるわ」
……意外とあっさり
そんなわけで俺たちはその場で散会した。
家までは距離があるが歩くことにする。俺には色々と考えたいことがあった。一昨日から立て続けに謎がぽこぽこ生まれているが、いっこうに解答が見えない。このまま未解決のままで進めば、長門が危惧する最悪の結果になることは目に見えている。
「キョン!」
後をつけてきたのか帰路についたはずのハルヒが横に並んだ。セーラーカラーが俺に触れるくらい接近して、
「あんた、なんか隠してることない?」
「なんでそう思うんだ?」
「まあ、あんたも意外に強情だから簡単に吐くとはおもっちゃいないけどね」
「なら訊くな」
「みくるちゃんとなんかあったの?」
「…………ないけど」
「はっ! ひっかかったわね。あんたは迷いがあると解答に一瞬のタイムラグがあんのよね。今回のはあからさまに長かったわ」
「答えがゆっくりだと有罪かよ。いてっ」
ハルヒは俺のネクタイをまたつかんだ。なんつー馬鹿力だ。周囲の歩行者が数人こっちを見ている。二人とも比較的声がでかいから目立つったらない。
「去年も、みくるちゃんと出かけたのよね。まあお茶の買い出しってことでそれこそお茶を濁しちゃったけど、昨日からみくるちゃんの様子もおかしいし」
「どうおかしいんだよ」
「沈みがちというか」
「お前があちこち引っ張り回すからだろ。もう朝比奈さんは三年なんだしさ……」
「話をそらさないの!」
ハルヒは手を離し俺の横に並んだ。
「じつはさ、」
と、ハルヒは言葉を切った。俺は黙って聞くことにする。
「あの赤ちゃんが現れてからなの。みくるちゃんの様子がおかしいのは。でね、考えたんだけど……。あたしはみくるちゃんの住んでいるとこも知らないし、家族構成も分からない。根掘り葉掘りきくのはいやらしいからね。ひょっとして、みくるちゃんには故郷か実家に小さい弟か妹がいるんじゃないかなって。ほら、あんたの妹さんにはとっても優しいでしょ。それで思いだしたんだわ」
……あり得る。
俺は四月の驚愕事件の最後、あの野郎の叫びを思い出す。そうなのか。やっぱり朝比奈さんには兄弟がいるのか。
「キョン、あんたみくるちゃんからそんな話を聞いてない?」
「自分で訊けばいいじゃないか」
ハルヒは俺から目をそらし、前を向いた。
「あたしもね。これでも団長として気を配ってきたわけ。あたしの団員が一人でも苦しんでいるなら助けてあげたいのよ。分かる? 指導者の苦悩が」
ひとかけらの悩みもなさそうなハルヒはしれっと言った。すべての原因はお前だろうが。
「ま、今回の件が決着したらあたしも考えてることがあんの。文化祭も近いし」
何をするつもりだ、と俺が言葉にする前にハルヒはくるりときびすを返し、走って行った。
あいつ、いつも走ってるよな。どこへ向かってるんだろう。
俺は遠ざかるハルヒの背中と揺れるカシューチャを眺めつつ、溜息をついた。
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