第14話 既定事実
「朝比奈さん! いったい……」
「その服装から察するに、昨日の朝比奈さんですね」
時間旅行ときいて目の色を変えるはずの古泉はなぜかいたって冷静だ。
「あ、あたしはキョン君達とわかれたところで、長門さんに頼まれたの。申請もあっさり通っちゃって。キョン君、これいったいこれはどういうこと?」
俺が聞きたいくらいですが。
「皆さん落ち着いて、まず座ってください」
なんでお前が仕切るんだよ。長門はこの件の首謀者にもかかわらず、いつものように無感情な瞳を俺たちに向けていた。
「つまり、これは長門の予定通りってことなんだな?」
「そう」
「説明してくれないか」
長門は椅子を動かして団長席を背にするように机に向かった。黒板側に朝比奈さん、俺と古泉はその向かいだ。
着席したところで、少し間を置いて長門が言った。
「複数の未来存在が生存確率を強化するために近隣の世界線の工作を行っている」
「過去をいじったら自分達も変わってしまうんじゃないのか」
「過去に何かが選択されるたびに新しい時間の流れがそこから発生する。時間の流れは同様な流れがあるほど安定する……ということでしょうか?」
古泉は単なる興味を超えて、相当研究しているらしいことがわかる。内容はよく理解できないが。
「違わない」
「じゃあ、そいつらは近くの平行世界を次々と自分達とそっくりに変えようとしている、ということか」
「概ね妥当。これまでは情報統合思念体に影響を与えない
長門は震え始めた朝比奈さんを見ながら淡々と言った。
「今回の干渉により将来的には数億人規模の人的損失が発生する。これほど多数の知的生命体の損失は我々も看過できない」
「じゃあ、とっととそいつらを無効化するとかすればいいんじゃないか」
「それは涼宮ハルヒの望みに反する」
「やはりあの子なんですね?」
朝比奈さんが消え入るような声で言った。長門は朝比奈さんを見てゆっくりうなずいた。古泉が口を開く。
「あの赤ちゃんが将来、戦争か災害かはわかりませんが、それを引き起こす。僕たちが助けなければ、それは起こらないはずだった」
ようやく俺にもわかった。つもりこういうことだ。
一、このままハルヒが赤ん坊を守る。数億人が苦しむ。
二、ハルヒから赤ん坊を取り上げる。閉鎖空間の発生、人類滅亡。
どっちにころんでも悲劇は避けられない。だから長門はここで判断できなくなったんだ。
「ハルヒの関心をどっかにやって、赤ん坊を何とかすれば、閉鎖空間は発生しないんじゃないか」
「99%の確率で発生する」
「未来との同期は断ったんだろ?」
「現時点での情報統合思念体の判断」
そうだった。長門でも可能性の高い未来となら同期できる。ましてこいつの親玉なら途方もない同期、というか未来情報の奪取が可能なんだろう。
「閉鎖空間なら古泉に任せりゃいいだろ」
「長門さん、どれくらいの規模になりそうですか」
「初期状態で推定直径70キロ、神人は520体以上」
古泉は沈黙した。こいつはたしか閉鎖空間で戦える能力者はそんなに多くないと言ってなかったか。
「今まで多くても七体を超えたことはありません。それくらいが『機関』の限界です」
なんてこった。じゃあ打つ手なしかよ。
しばらく、俺たち全員が長門並みの沈黙にひたるなか、まだ俺には割り切れない感じがつきまとっていた。なにか見落としてないか。
「朝比奈さん、今から俺と昨日に戻れませんか。助けたという事実はもう動かせないから俺達が温泉にでも行っている間に診療所に行ってあかちゃんを連れ出すんです」
「残念ですが、それはもうできないでしょう」
「なんでだ」
「僕が先ほど確認してしまいましたから。いまや市立病院にいるというのは既定事実。過去に戻ったところで問題は複雑化するばかりです」
「じゃ、機関の力で何とかならんか」
古泉はちょっとの間、俺を見つめてから淡々と言った。
「長門さんや朝比奈さんにも手に負えず、『機関』ならば可能などという状況におちいるとは思いもしませんでしたよ。しかし、」
「あなたの選ぶ朝比奈さんの未来と数億人を守るために、赤ちゃんを“なんとかする”ということでいいんですね? そして破れかぶれで数百体の神人に立ち向かえと?」
笑っていない古泉というのは顔が整っているだけになんかすごみがある。
「すまない」
一方的に古泉に出来もしないことを振った俺がバカだった。
別の解決法はないのか。なぜ、ハルヒはあの赤ちゃんにこだわるのか。
普段からハルヒは小さな子どもたちには優しい。俺の妹もその対象だったりする。普段から地域の子供会でボランティアらしいこともしているようだし、例のハカセ君の勉強を見てやったりもしている。なぜなんだろう。
最終時限の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「まもなく涼宮さんがこの時点の朝比奈さんを連れてくるはずですが」
朝比奈さんが席を立った。
「あたしはもどります。今のあたしもこの会話を覚えています。だから」
そこから先は言葉にならなかったのか、切ない視線を俺に投げてよこし、用具箱の扉を閉めた。
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