第13話 くちびるにシャーペン

「キョン!」

 マウスを転がしていたハルヒが叫んだ。叫ばなくていいから。

「この記事おかしいわ。流れてきたボートに子供が乗っているのを近くにいた高校生が発見、川に飛び込んで救助……ってことになってるけど、赤ちゃんのことが載ってない」

 古泉が助けた子供と俺が拾った赤ん坊の話がごっちゃになっている。これだから地方紙のニュースサイトは信用ならない。

 ハルヒは腕を組んで天井を見上げている。

「溺れた子供の救助、上流から流れてきた赤ちゃんと、焦げた岩。そして曖昧な記事……ふむ」

 またしてもこの女の頭の中で邪悪な分子活動が沸点を目指して活発化しているのが俺にもわかった。アヒルぐちにした上唇うわくちびるにシャーペンをのせて腕組みをする姿はまず、ロクでもないことを考えているときのハルヒの様態なのである。


「キョン。これって何か全部つながりがある、とは思わない?」

「ぜ、全然」

 という俺の声がこころもち裏返って我ながら演技が下手だ。

 一方、古泉はさらりと受け流す。

「子供を助けたのは事実ですが、ほかの重要度の高い事件に押されて、記事が簡略化されたのでしょう。よくあることです」

「ほかには秋の防災訓練とか、運動会とか、子供稲刈り体験とかどーでもいいような記事しかないわよ。とりあえずこの記事は記録しておくわ」

 またハードディスクのゴミが。



「みくるちゃん遅いわね」

「一限多いんだから、まだしばらくかかるだろ」

「診療所までバスの本数も少ないし早く出かけた方がいいわ。みくるちゃんのとこいってくる」

 と言うなり、部室を飛び出していった。俺の話なんか聞いちゃいねぇ。

 まさか授業中に引きずり出すつもりじゃあるまいな。朝比奈さんにはハタ迷惑な話だ。

「みんなで赤ちゃんに会いに行くつもりらしいぜ」

「念のため確認しましょうか」

 古泉は携帯をとりだし、指を滑らせること一秒でつながった。すでに診療所の連絡先は調べてあるようだ。


「診療所ですか? 先日そちらに赤ちゃんが預けられて……いえ違います。僕たちは発見者です。……そうですか。わかりました。ありがとうございます」

 古泉は携帯をポケットに戻し、肩をすくめた。

「赤ちゃんは大事をとって、市立病院に搬送はんそうされたそうです」

 なら遠出せずにすみそうだ。

 俺はパソコンの前に座って、ハルヒの検索していた記事を読んだ。助けた親や子供の年齢、性別、氏名など一つくらい載っていてもいいはずだが何もない。

 ひょっとして赤ちゃんのニュースが故意に溺れた子供のニュースに差し替えられたってことはないか。鶴谷家、いや『機関』なら?


「古泉、ちょっと聞きたいことがあるんだが」

「なんでしょう」

「『機関』なら、記事の書きかえなんか簡単じゃないのか。だいたい一昨日おとといの晩、お前が朝比奈さんから聞いた話と、そのあと俺が聞いた話は同じか? お前にだけなんか付録でも付いてたんじゃないか」

「朝比奈さんは自分たちの未来につながるような選択をして欲しいといいました。僕もそれ以上のことは聞いてません」

「朝比奈さんは具体的な情報をなぜ教えてくれないんだろ」

「完全にあなたの自由意志で判断しなければならないから、ではないでしょうか」

 しかし俺には判断材料がない。もちろん朝比奈さんへと続く未来を選択したい。もう一方の未来なんかどうでもいい。

 もう一つの未来……そういえば長門、お前なんか話したいことがあったんじゃないのか。

 長門は読みかけの本を閉じ、立ち上がって用具箱の扉に手をかけた。

「あっ」

「わわっ」

 カーディガンと古風なチェックのスカート姿の朝比奈さんが中から転がり出てきた。

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