第12話 どこへいった?
翌朝。
教室に入ると待ち構えていたハルヒが声をかけてきた。俺が座るまで待てんのか、お前は。
「キョン、授業が終わったら、赤ちゃんに会いに行くわよ」
「今日の午後はちょっと予定があるし。電話でも確認できるだろ」
「子供の命より、団長の命令より重要な予定ってなんなの?」
そう目に力を込めていわれると返す言葉もないが、ナイスタイミングで岡部教諭が入室し、そこで会話は途切れた。
休み時間になっても話をハルヒが蒸し返さないところを見ると、どうやら俺が行くものと決めてかかっているらしい。けれど俺は朝比奈さんのいるところで長門から話を聞き出すという最重要ミッションを抱えている。古泉の同席についてはわからない。ハルヒは絶対ダメだ。
午後から急に暗くなってきた。
厚い雲が空を覆って今にも雨粒がダダ漏れになりそうな雰囲気である。電灯をつけるほどではないがほどよい陰りのおかげで、俺はきのうの疲れがどっと出て、最終コマの授業は眠ってすごした。
教師も同じくらい気の抜けた様子で板書していたのをうっすらと覚えている。こんなんでまたクラスの学力が低下したらヅラ校長を刺激することになるかもな、と思ったのが最後の思考で、目が覚めると放課後になっていた。
こんな時に限ってホームルームはつつがなく終了し、俺は岡部に呼ばれることもなくハルヒも俺も掃除当番からはずれている。谷口と国木田はさっさと帰っている。
このまま一直線でハルヒと部室に行くのはまずい。ほかの連中がそろって部室にいたら、すぐに出かけるはめになる。
風が出てきたようで、部室の古い窓のすきまからドア側に空気の流れを感じた。朝比奈さんがいないかわりに、珍しく古泉がお茶を煎れている。
「お茶を入れるんならお前もコスプレしたらどうだ?」
「朝比奈さんは補講で遅れるそうなので。コスプレについてはご要望があれば」
古泉は軽く流して茶碗にお茶を注ぐ。
朝比奈さんは三年だからそんな授業があっても不思議じゃない。普通のクラブ活動や部活なら、まもなく進学のために自分から退部するころだ。
「お二人が来る少し前に鶴屋さんが来られて、せっかく企画したのに残念なことになって申し訳ないと」
「全然気にしてないのに。気をつかってもらって悪いわね」
と珍しくハルヒが
「今度は鶴屋さんの紹介であの温泉にタダで行けるわけだし、結果的に良かったわ。今度は本格的なミステリー旅行ね」
これが本心ってとこだろう。もうあの温泉に行くことは確定らしい。宿代がタダかどうかは知らない。
長門は窓側で古風な装丁のハードカバーを読んでいたが、表題は俺の知るいかなる言語表記とも無縁だった。人類の言語かどうかも疑わしい。
「みくるちゃんが補講なんて珍しいわね。中間テストの成績でも悪かったのかしら。そんなことなら部室で自習すればいいのに。数学と英文法くらいなら教えてあげんのにさ」
それが上級生に言う言葉か。だいたい朝比奈さんなら両方とも得意なはずだし、それにお前は部室で勉強するのを禁止してたろ。
俺の意見など一向にお構いなしでハルヒは続けた。
「赤ちゃんもみくるちゃんになついていたし、一緒に行った方がいいわ……ありがとう古泉君」
お茶を受け取ったハルヒは、団長席にすわってパソコンを起動した。
「昨日の赤ちゃんのこと、地方紙くらいには載ってるかもしれないわ」
あったとしても埋め草的な記事だろうよ。事故だとしたら親が名乗り出ていないとも限らない。
「キョン、最近パソコンの起動が遅いわよ。スイッチ入れた瞬間に立ち上がるように出来ないの?」
「お前が情報収集とやらでデータをタメこんでるからだ」
いつぞやの朝比奈さんを驚嘆させたハルヒ純正の正体不明図面とかその類がハードディスクの肥やしになっている。俺がいないときもどんどん増えているんだろうし、それを俺とハルヒのいない間に、宇宙人・未来人・超能力者連合でデータ解析していても俺は驚かない。
っていうか本来必要でもないこいつらのハルヒ挙動監視ソフトがてんこ盛りで遅くなっているとか?
「じゃ、重いファイルをどっかにやりなさいよ。コンピ研から最新のハードディスクでも借りればいいじゃない」
お隣から調達ってのも勘弁して欲しい。いまだにコンピ研の連中はハルヒが入室するたびに緊張しまくりだし。まあ、俺も共犯者だからな。
外付けディスクを購入しようにも部費は先月の「サバイバルキャンプ事件」のおかげで残高不足だ。ここは長門の技術力でなんとかならんか。機関製の監視ソフトについては古泉に確認しよう。俺にもいろいろと見られたくないファイルがMIKURUフォルダに溜まってる。
俺は黒板を背にして定位置に座った。古泉茶を一口のんだが、なんだこりゃ。渋すぎ濃すぎでお前いつもこんなん飲んでんのか。
「先日はいつもよりバイトが長引いて帰りが遅くなったものですから。つい濃いめになったのかもしれません。正直、午後からの授業はつらかったですね」
と、わざとらしく口を覆ってあくびをした。
「あたしはこれくらいがいいかも。お代わりお願い」
古泉はハルヒからうやうやしく茶碗を受け取り、急須の茶葉を捨て、おかわりの用意をしている。こいつのバイトと言えば、アレに決まっている。
古泉は朝比奈さんほどではないが、それなりに丁寧な動作でお茶を煎れ、団長席に再び献上した。
「キョン、今度はあんたの番だからね」
「なんの番だよ」
「古泉君を見なさいよ。みくるちゃんが遅れるのが分かって、代わりにお茶を入れてくれたんだから。あんたも明日、お茶しなさい。コスプレでね」
「なんでそうなる」
「昨日あたしが言ったじゃない。たまにはみくるちゃんを助けてあげなさいって。コスプレは自分から言いだしたことでしょ」
どこをどう曲解したらそんな結論になるんだよ。古泉の野郎、余計なことをしやがって。
……まてよ。ハルヒが俺に朝比奈さんを助けてあげろ、と言ってるのはお茶だけの話か? 本人は意識しているかどうか知らないが、別の意味で助けろ、ということなら、俺はトナカイコスプレでお茶を校内全域に配り歩いても後悔しないぜ。
古泉は儀式が終わったあとの僧侶みたいに静かに俺の真向かいにすわったかと思うと前もって用意していたらしいチェス盤を広げた。
「朝比奈さんが来るまで一局いかがですか」
今はあまり気分が乗らない。だが、打つ手を考えているフリをして、目下の問題に集中するというのも手だ。
俺が盤面に集中するふりをしつつ、これまでの危険兆候を羊が一つ一つ柵を越えていくようにゆったりと数え始めたとたん……。
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